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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第44章 ウェストナリア学院
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第391話『励押』

 レイパー騒ぎが起こって、少し経った午後二時十三分。


「あっ、シアお姉ちゃん! どうしたの? 他の皆は?」


 中々戻ってこない志愛達を心配し、探しにきたラティア。


 人気の無いところで壁に寄りかかってうなだれている志愛を見つけ、これは様子が変だと、ラティアは困惑した顔でそう尋ねる。


「アァ、ラティア……いヤ、すまなイ。ファムとトラブってしまっテ……。それよリ、君もまだ隠れていた方がいイ。レイパー、うろついているんダ」


 学院の先生達があちこちでレイパーを探しているが、未だ見つかっていない。構内放送の魔法により、生徒は建物の中に隠れているよう通達もされている。


 だが、ラティアは首を縦に振りつつも、志愛の手首をそっと掴む。


「それなら、シアお姉ちゃんも一緒に中に入ろう。……ファムお姉ちゃんと何があったのか、教えて欲しいし」

「……私が悪かったんダ。ファムの気持チ、ちゃんと考えてやれなかったかラ……。私ハ、ただ気を遣っただけのつもりだったんだけド、ファムには嫌だったみたいデ……」

「余計な気遣いだった?」


 ラティアの言葉に、唇を噛んでコクンと頷く志愛。


 そして溜息を一つ吐くと、再び口を開く。


「アニメや漫画のようにハ、いかないナ……」

「えっ?」

「いヤ、そういう世界の主人公とかなラ、きっとファムとも上手くやれたのだろウ。だけど現実ハ……私なんテ、こんなものダ」


 ファムを元気づけに来たつもりなのに、このザマだ。


 雅の言う通り、焦り過ぎていたのだろう。振り返ってみれば、自分でも上手くなかったと思う発言はある。


「雅にハ、『ちゃんと謝れば大丈夫。拗れたりなんかしませんヨ』って言われたが、正直自信が無イ。どうしたものカ……」


 志愛には、予感がした。次にファムを怒らせてしまえば、彼女とは永遠に分かり合えなくなってしまう、と。


 しかし、だ。


「……困ったことニ、私にモ……譲れないところが(ひと)ツ、あル」


 それも、ファムが嫌がりそうなところ。


 志愛の中の、ある種の『信条』ともいえる部分。


 これを曲げる訳にはいかないと思う一方、曲げなければならないという現実に、志愛は深く葛藤する。


 故に、悩む。ファムと、どう接すれば良いか。


 すると、


「……喧嘩するのって、嫌だよね。今の二人は、私も見ていて辛い」


 ラティアの、志愛の手首を握る手に、僅かに力が籠る。


「だけど……このまま何もしなかったら、悪い方にしかいかない。怖いかもしれないけど……逃げちゃいけないと思う」

「それハ……」


 言い淀む志愛。


 そんな彼女に、ラティアは力強く頷く。


「前に、シアお姉ちゃんに凄く怒られたこと、あったよね。ほら、カームファリアの時の……」

「アー……そうだナ。ラティアが夜中、独りで抜け出しテ……」

「うん。でもあの時、シアお姉ちゃんは私のことを想って叱ってくれた。大丈夫。シアお姉ちゃん、ちゃんと相手の気持ちとかを考えられる人だよ。……だから、きっとファムお姉ちゃんとも仲直り出来ると思う。――二人が喧嘩したままなのは、嫌だよ」

「……そウ、だナ」


 このまま何もしなければ、ファムとは喧嘩したまま、もう戻れない。それは志愛にも分かっていた。


 そしてラティアにこう言われたにも拘わらず、このままグズグズ何もしないのは、あまりにも彼女に失礼なことだろう。


 雅にも「大丈夫」と言われた。ならきっと、ファムとちゃんと仲直りも出来よう。


(……あレ?)


 ふと、雅の言葉を思い出す志愛。


 彼女は言っていた。自分が学園に着いたら、志愛とファムの仲裁をノルンにお願いする、と。


 仲裁なら、ラティアにも出来る。ULフォンで連絡が付くのだから、依頼するのは簡単だろう。どうして雅はそれをしなかったのか。


 その意味を考え始めた、その時――。




 少し離れたところの建物の辺りから、鈍い音が聞こえる。学校生活では聞くことが無いであろう、違和感のある音が。




「ン? なんだ今の音? ――ッ?」


 志愛が怪訝な顔で、音のした方を見て……「ラティアは中で待っていロ!」と言って、血相を変えて走り出す。


 何かが爆発した時の、白い煙が上がっていた。




 ***




 時は、少し前に遡る。


 ここは美術学科棟の屋上。ファム、ノルン、シャロンがいるところだ。


「どうする? シアさんと仲直り、出来そう?」

「んー……その前に、レイパーを見つけたい。シアと会うの、まだちょっと心の準備がいるっていうか……」

「レイパーを探しておれば、クォンともばったり出くわすじゃろうに。そっちの方が――」


 気まずくないか、と言いかけたシャロンは、不意に言葉を止める。


 美術学科棟から少し離れたところ……その道を横切るようにサッと通り過ぎた、妙な影を視界に捉えたのだ。


「すまぬ、お主らは、ちょっとここで待っておれ」

「どうしました?」

「いや、多分気のせいじゃと思うが……」


 ほんの一瞬の出来事だ。……しかし、どうにも胸騒ぎがする。


 体の一部を竜化させ、シャロンは妙な影がいた場所へと飛んでいった。


 だが、


「……おらぬか」


 地上に降り、周囲をキョロキョロと見回して、シャロンはそう呟く。辺りには、人っ子一人いなかった。


 志愛とファムの一件で、少しナーバスになっているのかもしれない。そう思い、再び翼を広げかけた、その刹那。


「――っ!」


 シャロンの眼に、はっきりと映る。


 自分の側を通る、黒い影を。


 シャロンは察する。


 自分に向けられた、獣の殺意を。


 鳴り響くは、シャロンの舌打ち。


 すぐ側に、いる。奴が。


 青み掛かった皮膚。黒い斑点のある、四足歩行の化け物。


 先程逃がしてしまった敵……『ナリアパンサー種レイパー』が。


 とにかく敵との距離を取ろうと、空へと舞い上がるシャロン。


 しかし、次の瞬間――


「っ!」


 シャロンの目の前に、レイパーが一気に迫る。


 爪の生えた腕を、大きく振り上げて。


 シャロンは忘れていた。ナリアパンサー種レイパーは、空を飛んでいる相手に届く程のジャンプ力があることを。


 刹那、響く鈍い音。レイパーの攻撃が、シャロンを襲った音だ。


 辛うじて、敵の爪の一撃は腕でガード出来たが、それでも敵のパワーに墜落させられるシャロン。


(この……ファルトみたいなことをしおってぇ……!)


 油断していたところに、このレイパーの一撃はあまりにも重い。咄嗟に防御出来たのは、ほぼ奇跡だ。


 地面に堕ちたシャロンの体に、ズシッとした重さが圧し掛かる。


 レイパーが、シャロンに止めを刺そうと覆い被さっていた。


 牙を剥くレイパー。その瞳に、野蛮な野生の殺意が光る。


 むせ返るような臭いと共に、熱のある唾液が飛び散り、まさに絶体絶命。


 だが、その瞬間――シャロンの周りを、風が吹き荒ぶ。


 円を描くように渦巻く風は、あっという間に勢いを増していき――


「ッ!」


 大きな竜巻となって、レイパーを派手に吹っ飛ばした。


「シャロン!」

「シャロンさんっ!」

「ぐ……すまぬ、助かった……!」


 声のした方を見れば、ノルンがファムに抱えられ、杖型アーツ『無限の明日』の先端をレイパーへと向けてこちらへ超特急で来ているのが見えた。


 今のは、ノルンが放った風魔法だ。


「シャロン、一旦隠れて! 私ら二人で何とかするから!」

「いや、じゃが――アプリカッツァ! 来ておるぞ!」

「えっ? ――きゃっ!」


 たった今、敵を大きく吹っ飛ばしたことで、少し油断していたノルン。


 そんな彼女に、ナリアパンサー種レイパーは既に跳びかかっていた。


 間一髪、敵の体がノルンに触れるより先に前に出るシャロン。尻尾を振り回し、跳びかかってきていたレイパーを弾き飛ばす。


 そして同時に、光を放つシャロンのアンクレット。彼女の腕の周りに出現するは、十二個もの雷球だ。


 シャロンのアーツ、『誘引迅雷』である。


「はぁっ!」


 雷球から迸る電流を操り、巨大な電気のネットを創り出すと、シャロンはそれで、既に走り出していたレイパーを捕らえようと放り投げる。


 捕まえられれば良し、軽く触れるだけでも、少しは動きが鈍るはず……そういう狙いだったのだが、


「なにぃっ?」


 レイパーはシュルル、と音が聞こえる速度で動き回り、電気のネットを躱してしまった。


 そのまま、呆気に取られているシャロンのボディに、強烈なタックルをかます。


 鉄球がぶつかったような衝撃に襲われ、気が付けばシャロンの体は弧を描いて飛んでいき……何が起こったのか理解するより早く、背中から地面に激突する。


 くらつく思考と視界の中、とにかく早く起き上がろうとするが――


(ぐ……っ!)


 激痛を訴える体。動かそうとすれば、耐えがたい痛みに思考を奪われる。しばらくは動けそうにない。


 レイパーの攻撃に、あっという間にノックアウトさせられてしまったシャロン。彼女に跳びかかって追撃せんと、ナリアパンサー種レイパーは身を屈める。


 だが、次の瞬間。


「ッ?」


 レイパーの体に、空中から白い羽根が突き刺さり、爆発。


 ファムの翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』による攻撃だ。空からファムが、五発、十発と、レイパーに次々に羽根を撃っていた。


 ダメージこそ大して無いものの、爆発の音と衝撃は鬱陶しい。それでもファムは、攻撃を止めない。


 そんなファムに向かって、羽根をその身に受けながら、跳躍するナリアパンサー種。


 だがその瞬間、ファムの口角が僅かに上がった。


 離れたところには――


「ノルンっ! 今だ!」


 ノルンが、既に杖に大量の魔力を込めている。


 ファムが空から攻撃し、レイパーの意識を自分に向けさせたのはわざと。こうすれば、自分を捕まえようとジャンプするはず……そう思ったのだ。


 いくら地上での動きがすばしっこかろうが、ジャンプしている間なら自由には動けない。


 その瞬間を、ファムとノルンは待っていた。


「やぁぁぁぁっ!」


 ノルンが声を張り上げ、レイパーに向けて放ったのは、彼女の最大魔法、緑風で作られた巨大なリング。


 切断性に富んだその魔法は、空気を切り裂く音を鳴らして弓なりにレイパーへと飛んでいき――その胴体に直撃し、轟音を轟かす。


「よしっ!」


 巻き起こった爆発に、ガッツポーズするファム。


 今のノルンの魔法は、レイパーの体に完璧に命中したのを、ファムはしっかりと目撃している。巻き起こる白い煙の中、敵の姿は見えないが、流石に生きてはいまい。そう思った。


 ホッと胸を撫で下ろし、ファムが地上に舞い降りると、


「ファム! やったね!」

「んっ!」


 笑顔で駆け寄ってきたノルンと、大きくハイタッチする。




 が、しかし。




「逃げよ二人とも! 奴は――」


 飛んでくる、シャロンの警告。


 この瞬間、二人は己の迂闊さを知る。


 立ち込める煙を振り払い、二人に迫る『何か』。そう、そいつは――


「レイパーは――まだ生きておるぞ!」


 ファムとノルンが見たのは、魔法が命中したところだけ。


 敵が爆発四散したその決定的瞬間は、まだ見ていなかった。




 煙の中から、勢いよく出てきたナリアパンサー種。


 奴は、愕然とした顔のファムとノルンに、跳びかかっていた――。

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