第389話『青豹』
一体何事かと、ラティアとペグを除いた四人は講義棟の外へと出る。
それ程、不穏でのっぴきならない騒ぎの音だった。
そして、逃げ惑う人々の中――
「な、何じゃ、これはっ?」
地面に伏した何人もの女子生徒が目に飛び込んできて、シャロンが悲痛な声を上げる。
無残な姿の女子生徒。四股は変な方向に曲がり、肉から骨が突き破って表に出ている始末。
挙句全員、喉を噛み千切られており、完全に絶命していた。
それを見たファムが、青い顔で小さく震え、一歩後退る。
すると、
「クッ……気を付けロ! レイパーがいるゾ!」
志愛がそう叫び、指を差した方に、化け物がいた。
そいつは、
「あれハ……ヒョウ?」
「はい! 多分、ナリアパンサーです! 昔、ナリアに生息していた猛獣! だとすれば、相当高い身体能力があるはずです! 気を付けて!」
全身に花びらのような、黒い斑点がある四足歩行の化け物。手足の爪は長く、口元からは血が滴っている。
口をモゴモゴとさせ、何かを咀嚼し……時折口の端から零れるのは、人の肉片らしき小さな塊だ。
皮膚がうっすらと青みがかっているが、その姿は、志愛達の世界にいるヒョウによく似ている。
異世界にもヒョウと同じ分類をする生き物が存在しており、こいつはノルンの言葉通り、『ナリアパンサー』と呼ばれる生き物に酷似していた。レイパーが出る前までは、人間以外にこれといった天敵のいない、『ナリアの帝王』という異名を持つ哺乳類である。
最も、今四人の目の前にいるこの化け物は、ナリアパンサーとは異なる、禍々しい殺意を瞳に宿らせていたが。
分類は『ナリアパンサー種』。ここの学生を襲いに来たのだろう。
「どんな奴じゃろうが、関係無い! 皆で協力して奴を倒すぞ!」
シャロンがそう指示しながら、腕や尻尾、翼等の体の一部分だけを竜化させる。
志愛が「はイ!」と返事をすると同時に、彼女はポケットからペンを取り出し、右手の薬指に嵌った指輪が光を放つ。
ペンが変形し、出来上がるのは先端に紫水晶を咥えた虎が付いた棍。志愛のアーツ『跳烙印・躍櫛』である。
続けて、ノルンが取り出したのは黒い杖。先端に赤い宝石が付いたそれは、杖型アーツ『無限の明日』だ。
そしてファムも、背中から白い翼を出現させる。彼女が操る『シェル・リヴァーティス』である。
しかし、
「ファム! 君は下がっていロ!」
「はぁっ? 馬鹿言わないでよ! 放っておけるわけないじゃん!」
「だガ――」
「おい! お主ら! 来るぞ!」
ファムを心配して身を引くよう指示する志愛と、反発するファム。そんな二人に、シャロンは厳しい声で注意を促す。
既に、ナリアパンサー種レイパーは四人に向かって跳びかかってきていたのだから。
シャロンが前に出て、勢いよく突っ込んでくるレイパーを、竜の鱗で受け止めるが、
(こ、こやつ……想像以上に重い……!)
敵の肉体が引き締まっているからか、見た目は軽そうな印象を持っていたシャロン。しかし、それは間違いだと知る。骨や筋肉の密度が違うからなのか理由は定かでは無いが、シャロンの感覚的に、二百五十キロ近くはあるようだった。
それが、ヒョウをも超える速度で突っ込んでくるのだから、竜人のシャロンですら、気を抜くと圧し負けそうな威力があった。
「シャロンさん! そこから動かないでください!」
ノルンがそう叫ぶと同時に、彼女のアーツに集中していく魔力。
ノルンから放たれるは、緑色の風を集めて作った球体。彼女の得意魔法だ。
シャロンの後ろから弓なりに飛んできたその魔法は、レイパーの背中に直撃。
その直後、
「そぉぃっ!」
「ハァッ!」
ノルンの魔法でレイパーが怯んだ隙に、その顔面へと、志愛の棍による渾身の突き、そしてシャロンが爪の一撃を叩き込む。
二人のダブルアタックで、軽く吹っ飛ばされるレイパー。
その額には、紫色の虎の刻印が刻まれるが――すぐに消えてしまう。
「やはリ、一筋縄ではいかないカ……」
顔を歪ませ、思わずそう呟く志愛。
昔は、レイパーの体に渾身の一撃を入れれば、刻印はあっという間に広がり、爆発四散させられていた。今のようにかき消されても、それなりに弱らせることは出来た。
だが最近のレイパーには、どうにも志愛の攻撃が通用しない。今のように、虎の刻印は、何事も無かったかのようにすぐにかき消されてしまう。
(やはリ、あれが必要……!)
未だ開発中の『とあるアイテム』を思い浮かべ、志愛は唇を噛む。
すると、
「四足歩行の奴なら、空から攻撃すれば安全でしょ!」
そう叫び、高く飛び上がるファム。
そのまま、敵の手が届かない位置から、羽根を飛ばして攻撃するつもりだった。
だが、
「ファム! 駄目! ナリアパンサーは――」
空高く飛んでいる生き物すら、獲物として捕らえる程のジャンプ力がある。
ノルンがそう言い放った時にはもう、レイパーはファムのところまで跳んでいた。
ファムが驚くよりも早く、鋭い爪による一撃が放たれる。
あまりにも想定外の行動に、ファムが出来たのは、羽を体の前まで曲げ、盾にすることだけ。防御用アーツ『命の護り手』を発動させる余裕は無かった。
レイパーの前足から繰り出された強烈な一撃を受けたファムは、悲鳴を上げながら落下していく。
「ファムっ?」
「――ぃてて……!」
背中から地面に激突し、その衝撃で視界がチカチカしながらも、ファムはよろよろと体を起こし、再び翼を広げる。
そんなファムに、地面に着地したレイパーの眼に光が宿る。
獲物を捕らえる……そんな気配を押し殺した光だ。
「ファム! 危なイ!」
「あっ! ちょ、バカ! 私は――」
ファムの制止の声は、あまりにも遅すぎた。
ファムを守るように、突進してくるレイパーの進行方向に割り込んだ志愛。
跳烙印・躍櫛でタックルを受け止めるが、その衝撃は志愛が思っているよりもずっと重い。
「ッ?」
念のために命の護り手を発動させ、体に白光のバリアを纏っていたが、それでも骨が軋み、肉が悲鳴を上げる。跳烙印・躍櫛は派手な音を立てて圧し折れ、体も同じようにポッキリ逝くのではないかと錯覚するような痛みが、志愛を襲った。
当然、あっという間に跳ね飛ばされてしまい、ファムのところまで吹っ飛んでいく。
飛んでくる志愛の体を受け止めようとするファムだが、受け止め切れず、二人一緒になって地面を転がっていく。
「くっ……シア……! なんで……!」
「はヤ……逃ゲ……」
「あぁ、もう! うるさいなぁっ!」
未だファムを遠ざけようとする志愛に、ファムの声が爆発する。
今のレイパーのタックルは、ファムにとっては避けられる攻撃だった。レイパーとファムとの間にそれなりの距離があったので、シェル・リヴァーティスの飛翔速度なら、回避は充分間に合っていたはずだ。
何なら、敵をなるべく引き付けてから躱し、隙の一つでも作る余裕すらあった。
今のは完全に、志愛の余計な行動であった。
大きなダメージを負った二人は、すぐには起きられない。
そんな志愛とファムに、今度こそ止めを刺そうと、レイパーは姿勢を低くする。
だが、
「こっちです!」
ノルンの声が轟いた直後、レイパーの体にまたしても風の球体が直撃する。
一発だけではなく、二発、三発……大量の風の球体魔法を、ノルンは半ば我武者羅に敵に撃ちまくっていた。
そして、
「アプリカッツァ! 離れよ!」
シャロンの声が、空中から轟く。
ノルンが言われた通りにその場から跳び退いた刹那――高密度の雷が地面に叩きつけられ、この場全員の毛を逆立て、強い衝撃波でレイパーを吹っ飛ばす。
竜化したシャロンが、ブレスを放ったのだ。
地面が抉れ、辺りを茶色い煙が覆う。
しかし、シャロンは心の中で舌打ちをした。
本当はレイパーを狙ってブレスを放ったのだが、狙いが少し逸れてしまったから。
故に、
「……ぐっ、すまぬ!」
煙が晴れた時、レイパーの姿は無い。
煙に乗じて、逃げられてしまった。
がっくりと肩を落とすシャロンに、徒労感でその場にへたり込むノルン。
そんな中、
――もう、いい加減にしてよ!
この場の誰も……ノルンでさえ聞いたことがないようなファムの本気の叫び声が、木霊した。
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