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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第44章 ウェストナリア学院
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第387話『傷心』

 一月三十一日木曜日、午前十一時一分。


 灰色の雲がひしめく空の下、太平洋の上空を飛ぶ、一匹の竜がいる。山吹色の鱗をもった竜――言うまでもなく、シャロン・ガルディアルだ。


 エンドピークを出発したシャロン。大西洋やアメリカの上空を通り過ぎた彼女は、ナランタリア大陸のナリアを目指していた。


 その背中に、二人の少女が乗っている。


 一人は桃色のボブカットに、ムスカリ型のヘアピンと黒いチョーカーを身に着け、メカメカしい見た目をした剣を背負った少女。束音雅、その人である。


「うぅ……少し冷えますねぇ……」


 シャロンの上で、体をブルリと震わせる雅。彼女は白い上着を羽織っているものの、その下には、ふだん着ているブレザーが無い。あのブレザーは保温性に優れており、あると無いとでは大違いだった。


「ラティアちゃん、寒く無いですか?」

「うん。大丈夫。だけど――」


 雅が、前にいる白髪の少女、ラティア・ゴルドウェイブにそう尋ねる。雅に抱きしめられているラティアは控えめに頷くが……直後、自分の手に抱えているゲージに、恐る恐るといった様子で目を向けた。


「ペグちゃんが、大丈夫なのかどうか……」


 ゲージの中には、緑色の毛並みをした猫が丸まっている。カレンの飼い猫、ペグだ。先日、キャピタリークにて雅が引き取った猫である。


 竜の背に乗り、中々の強風にさらされているにも拘わらず、まるで微動だにしないペグは、傍から見ると生きているのか不安を覚えてしまう。


(カレンさん……大丈夫ですよね?)

【うん、平気平気。いつもこんな感じだし。いやー、我が猫ながら豪胆だねー】

(あ、あはははは……)


 呑気なカレンに、雅も苦笑いを禁じ得ない。


 そこでペグが大きな欠伸をして、ラティアは「良かった、生きてる……」と安堵の声を漏らす。


 普通に生きていればまず見ることが無い、大空からの光景だが、ペグ的にはさして興味も無いらしい。


「シャロンお姉さん、ナリアまで、あとどれくらい掛かりそう?」

「もうそろそろじゃな。三十分もすれば着く。――ほれ、大陸が見えるじゃろ。もう少しの辛抱じゃ」

「長旅でしたしねぇ。……まぁ、ナリアでもやることが山積みですし、気合入れないと」


 そう言って、雅は深く息を吐く。


 ナリアに行く理由は、四つ。


 一つは、雅のアーツを収納する指輪と、ブレザーの回収のため。タイムスリップの際、指輪はガルティカ遺跡で無くし、ブレザーはエスカに渡した。故に、その二つは、今は雅の手元に無い状態だ。アーツ収納の指輪は無いと不便だし、エスカとの約束でブレザーは返してもらう必要があった。ついでに、向こうのバスター達に、タイムスリップの一件の説明もするつもりだ。


 二つ目は、ネクロマンサー種レイパーの対処法を、ミカエル・アストラムと相談するため。先日そのレイパーと戦った雅とシャロン。しかし倒す直前で、魔法による瞬間移動で逃げられてしまったのだ。これを毎回されては手も足も出ないため、同じく魔法使いであるミカエルに知恵を借りに行くのである。


 三つ目は、言うなれば『墓参り』だろうか。


 そして四つ目だが……


【ファム、まだ引き摺っているんだね。……ヨツバが死んじゃったこと】


 のっぺらぼうの人工レイパーと、喜怒哀楽のお面が引き起こした事件が一旦の終わりを迎えた後、段々とファムの様子が変わっていたのだ。


 様子が変わったと言っても、暴力的になったとか、引きこもるようになったとか、そういった大きな変化では無い。気持ちが沈んだような、暗い顔をすることが増えた感じだ。


 三ヶ月近くが経過し、先日の作戦会議の際は普通そうにしていたが、ミカエル曰く、今も同じような様子らしい。最も、傍からは分からないようで、親友のノルンだけがそう感じているとのことだが。


(表向きは元気そうだけど、私が思っていた以上に傷は深いみたいです。ほら、ウラに遠征した時、結構四葉ちゃんと仲良くなれたから……)

【正直意外だった。ノルンやライナ、それにラティアが、ちゃんと立ち直れたからさ……。ヨツバが死んだって聞かされた直後だって、そんなに変わった様子も無かったし……】

(多分、大分無理していたのかも。向こうに行ったら、それとなく様子を探りましょう。引き摺っていると言っても、時間が解決してくれそうならノータッチも選択肢です。無遠慮に突っ込み過ぎると傷つけちゃいますから、慎重に。話を聞いた方が良さそうなら、そうですね……お風呂に一緒に入りながらの方が良いかな?)


 何せ、直接顔を見て話をする機会が少なかったのだ。雅も、ファムの状態を正確に把握はしていない。


 雅が、どうやってファムと話をしようかあれこれ悩んでいる内に、ナリアの陸地が近づいてくるのだった。




 ***




 そして、ナリアに到着後、馬車で西へと移動し、ミカエルやファムがいるウェストナリア学院までやって来た一行。


 馬車停を降りた、その直後。




「おーイ! こっちダ!」




 そんな声が聞こえてきて、雅達はそちらを見ると――


「あっ! シアお姉ちゃん!」


 そこにはツリ目をした、ツーサイドアップの少女、(クォン)志愛(シア)の姿があった。


「ラティア、雅! 久しぶりだナ! シャロンさン、長旅お疲れ様でス!」

「流石にエンドピークからナリアまでは遠かったのぉ。馬車移動は楽じゃった。遅いのが難点じゃが」

「志愛ちゃんも船旅、お疲れ様でした。一人で無事に来られて、良かったです」

「私も安心しタ。馬車停の場所が分からなくテ少し迷ってしまったシ、乗り継ぎも間違えそうになったシ……実は私も今着いたばかリ」


 何故ここに、志愛がいるのか。それは――


「全く、お主もパトリオーラが心配じゃからと、無理をするのぉ」


 呆れ半分、尊敬半分の眼差しを向けるシャロンに、快活に笑う志愛。


 雅がナリアに行って、ファムと会おうとしていることを聞いた志愛は、「なら自分も行ク」と言ってきたのだ。志愛もファムのことは気にかけており、話をしたかったらしい。わざわざ学校を休んで、ナリアまで来たのである。


【そう言えば、ウラに行った時も通知が凄かったよね。ファムやノルン、ラティアの様子はどうだーってさ】

(ええ。ほぼ二時間おきくらいに来ていました。本人も最初は一緒に来るつもりだったくらいですし。イージスのパワーアップの都合で、先発組に入れませんでしたけど……)

「本当はもっと早く来たかったのですガ、お金の問題、それに両親から許可が下りなくテ……。優も危なっかしくて心配だったシ」


 ここに至るまでの苦労を思い出してか、志愛がげんなりとした顔になる。


 しかし、ふとラティアの側に置かれたゲージの中が見えると、頭に『?』を浮かべて口を開く。


「雅、その猫ハ? 緑の毛なんテ、珍しいナ」

「ペグです。カレンさんの飼い猫なんですよ。うちで引き取ることになったんです」

「成程、カレンさんの猫ネ。……そういえバ、雅の中にカレンさんがいると言っていたナ。この会話も聞いているのカ?」

「ええ。私の目を通して、景色とかも見れますし、食事すると味とかも共有出来るんですよ。あっ、ちなみにカレンさんが、【シア、久しぶりー】って言ってます」

「えっト……初めましテ、権志愛でス。――ン? いヤ、私のこト、もう知っているんだっケ?」

「志愛ちゃんと一緒に過ごした時間だけで言うなら、私と同じですよ」

「……ナァ、私はどう接すればいいんダ?」

【普通でいいよー。いつも通りでオッケー】

(いや、カレンさん。それは難しいですって)


 呑気な返答をするカレンに、苦笑いを浮かべる雅。


 志愛からしてみれば、今まで顔も名前も知らない他人が、いきなり旧知の友になっていたような感覚だろう。困るのも当然で、普通に接するなんて無理難題もいいところだ。


「むむム、マァ、おいおい慣れていくとしよウ。――おっト、迎えが来たゾ」


 志愛が指を差した方を見れば、


「みんなー! 久しぶりー!」


 遠くから、鍔の広いエナン帽を被り、白衣のようなローブを纏った金髪ロングの女性がやってくる。


 必死で手を振り、雅達に声をかけてくるのはミカエル。ウェストナリア学院所属の研究者だ。


「ミカエルさーん! 久しぶりですー!」

「いや、お主ら一応、キャピタリーク行きの船で会ったじゃろう。……む?」

「あっ、あぶなーい!」


 ミカエルの足元に落ちていた、ちょっと大きめの石ころ。


 それに気が付かないミカエルは、思いっきり石を踏みつけ――ラティアの叫びも空しく、ミカエルは「あっ!」という顔をしながら、盛大に体勢を崩すのだった。




 ***




「い、いたた……」

「ミカエルさン、大丈夫ですカ? 一応手当はしましたガ……」

「え、ええ。ありがとう、シアちゃん……。大丈夫、痛みはするけど、我慢できるわ」


 転んだ時に擦ってしまった腕や足の、ヒリヒリとした痛みに涙目になるミカエル。


 一行は、学院の中に入る前に、バスター署へと向かっていた。一先ず、雅のブレザーや指輪を回収するためである。ミカエル曰く、簡単な手続きで返してもらえるということで、すでにこの時間に訪れることも先方と了承済みだ。時間も掛からないだろうということだったため、皆で一緒に行くことにしたのである。


 ……のだが、ウェストナリアのバスター署に入った直後、




「おぉ、アストラムさんとタバネさん! お待ちしておりました! ささっ、向こうの部屋へどうぞ!」




 担当署員の待っていましたと言うような対応に、誰もが目を丸くする。


 どう見ても、遺失物を受け取りに来た市民への対応では無い。


「あ、あの、これは……?」

「ガルティカ遺跡の調査員の方も、既にいらしていますよ。興味深いお話が聞けるからと、ソワソワしております」

「ガ、ガルティカ遺跡の調査員の方っ? 来ているのっ? 私に会いにっ?」


 嘘でしょ! というような顔のミカエルに、担当署員はキョトンとして頷く。


「この時間に、一緒に打ち合わせするという話だったと思いますが……」

「ええっ? そんな話、私聞いていないわっ?」

「いえいえ。アストラムさんに、文書にて通知していたはずですが……。こちらの記録にも残っているので、確実に届いているはずですよ?」

「ぶ、文書っ? 私、そんなものは見ていな――」


 そこまで言ったところで、ミカエルの顔が凍り付く。


 思い出したのだ。昨日、自分に重要書類が来ているとノルンから聞いていたことを。


(しまったわ……忙しくて、目を通すのを忘れていた……っ!)

「ええっと、研究員の方は、どういう用件で?」

「遺跡で見つかったものが、実は遺物では無く一般人の落とし物だということでしたし、詳しい話を聞きたいとのことでしたが」

「そ、そうよね。当然よね……」


 ブレザーも指輪も、二百年前に雅がガルティカ遺跡に遺した後、最近になって見つかったもの。元は雅の持ち物でも、今の持ち主はイーストナリアということになっている。返してもらうのなら、相手方に諸々説明が必要だ。後で良いかと思っていたが、そういう訳にはいかなかったようだ。とんだ間抜けだったと、ミカエルは自分を呪う。


 どうしましょう……と、隣にいる雅に視線でそう聞くと、雅は小さく頷く。


「遺跡の研究員の方がいるのなら、丁度良かったです。バスターの人達もいるから、順番は前後しますけど、ブレザーと指輪を返してもらう前に、こっちの話もしましょうか」


 そう言いながら、雅はスカートのポケットから、今は壊れた時計型アーツ『逆巻きの未来』を取り出す。


「そう。なら、そうしましょう。――そういうわけで、皆、ごめんなさい! これは相当時間が掛かりそう!」

「仕方ないのぉ……。なら、儂らだけでも学院の方に向かうか」

「ですネ。早くファム達にも会いたいですシ」

「ミヤビお姉ちゃん、ペグちゃん、預かっておくね」

「ああ、すみません。助かります。――ペグ、良い子にしていてくださいね」


 雅がそう言うと、ペグは無言で、ゲージの中で大きく伸びをする。


 こうして、ミカエルと雅は署員に案内され、部屋へ。


 志愛、シャロン、ラティアはウェストナリア学院へと向かうのだった。

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