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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第43章 キャピタリーク
503/669

季節イベント『南瓜』

 人工種のっぺらぼう科レイパーの事件が収束した後……今日は十月三十日水曜日。


 つまりは、ハロウィンの日である。そんな夕方六時ジャスト。


「ト、トリックオアトリート!」


 束音家の玄関で、少し緊張気味だが、元気な声が響く。白髪の美しい少女、ラティア・ゴルドウェイブだ。今は黒魔女のコスプレ


 最近声が出せるようになった彼女の声に、この家の主、束音雅がニコニコとしながら口を開くと、こう言った。


「トリックでお願いしまーす!」

「じゃ、じゃあコチョコチョー!」

「やーん! くすぐったいですぅ!」

「な、何をしているんですか二人とも……。えっと、はいラティアちゃん、お菓子です」


 呆れ半分、しかし微笑ましさ半分の表情をして後ろから突っ込みを入れたのは、銀髪フォローアイの髪型をした少女、ライナ・システィアである。


 小さな籠一杯に詰め込まれたアメやクッキー、チョコレートを渡されると、ラティアは「ありがとう、ライナお姉ちゃん!」と言って、雅から離れてお菓子を受け取りに行く。


「あぁん、もう、私はもっとくすぐられたかったんですけど……あ、ライナさんにイタズラされるのも、全然ウェルカムですよ!」

「はいはい。それよりミヤビさんもほら、お菓子お菓子」

「おっと失礼! ――はい、これ! 食べ過ぎないように気を付けてくださいね!」

「うん、ありがとう! ――じゃあ、お隣のお家に行ってくるね!」


 雅とライナからお菓子を受け取ったラティアは、嬉しそうにそう言うと、足早に次の家に向かっていく。


 因みに、他の家の子供達も、同じように色々なお宅に伺い、定番のやりとりをしている姿があった。


 このハロウィンイベントは、雅が子供の頃から毎年行われている。この町内全体で行っているイベントで、以前は雅の祖母、麗が中心となってまとめていたが、今は雅がその役目を担っていた。


「不思議な娘ですけど、こういうところはやっぱり年頃なんですね。はしゃいじゃって、可愛い」

「ええ。ああやって笑顔も見せてくれるようになりましたし、正直ホッとしています」


 雅の言葉に、頷くライナ。


 四葉の死に直面し、ラティアは心に大きな傷を負っているはずだ。あの事件が終わって数日くらいは随分と精神をやられていたが、それを引き摺り過ぎることなく、何とか前を向けていることは、雅の言葉以上に、誰もが安心していた。


「それにしても、ファムちゃん達も参加できれば良かったんですけどね」


 今、ファムとノルンは学園に戻っている。長期休暇が終わり、授業が始まったからだ。


 最初はリモートで参加してもらおうかとも思ったが、肝心のお菓子を向こうで用意してもらわないといけない事実に気が付いてしまった雅達。これではファム達が楽しくないだろうと、泣く泣く断念することになったのである。


「やりたいですけど、時期的に、どうしても難しいですよね。ファムちゃん達も、ミヤビさん達も学校がありますし」

「んー……そうですねぇ……」

「でも、どうにか工夫してやれるといいですよね。折角ニホンには、ULフォンとか色々面白い技術がありますし。あの立体映像の技術とか上手く使えば、ファムちゃん達も楽しめるように出来るかもしれません」


 そんな話をしていると、ラティアと入れ替わるように、少女がやって来る。青髪ロングの異世界人、レーゼ・マーガロイスだ。仕事が終わり、今帰ってきたのである。


「ただいま、ミヤビ。大分賑わっているみたいね」

「ええ。さっきラティアちゃんも来たんですよ。帰ってきたら、レーゼさんにも『トリックオアトリート!』ってするかもしれません」

「ならお菓子、いつでも渡せるように出しておかないとね。――ところで、セリスティアは?」


 今、束音家には、この場の三人以外にも二人の住人がいる。シャロンとセリスティアだ。


 シャロンは真衣華の母が経営している喫茶店『BasKafe』でアルバイト中なのは知っているが、もう一人がいないのはどうしたものか。


 セリスティアがいれば、きっと雅達と一緒に表に出ているだろう。そうでないということは、どこかへ行っていると思ったレーゼがそう聞くと、雅とライナは何故か苦笑いを浮かべた。


「セリスティアさんも『BasKafe』に行きました。真衣華ちゃんからSOSがあって……。なんでも、ハロウィン用の特別メニューが評判良くて、お客さんが一杯だと」

「あぁ……うん」


 そこまで聞いて、レーゼは大いに納得した。


 かつて、レーゼも『BasKafe』でアルバイトをしたことがある。普通の日でさえ、目の回るような忙しさだったのだ。客がいつもより多ければ、ヘルプは必要だろう。


「人手が足りないなら、私も……と思ったんですけど、マイカさんから『未経験者に仕事教えている余裕無い』って言われてしまって」

「真衣華ちゃん、滅茶苦茶ガチトーンでそう言いましたもんね。ちょっと怖かったです」

「なら、もう向こうは戦場確定じゃない……。想像もしたくないわ」


 いつもは穏やかで明るい真衣華がガチトーンになるということは、それだけの異常事態ということなのだろう。喫茶店の忙しさと、現場の盛況っぷりを想うと、レーゼの目が遠くなる。


「あの二人が帰ってきたら、労ってあげないと。……それにしても、ニイガタにはこんなイベントがあるなんて、面白いわね。それ、カボチャで作ったランプでしょう? よく出来ているわ」


 話題を変えるようにレーゼが指差したのは、雅の家の玄関に飾られたカボチャのランタン。昨日、雅がこしらえたものだった。


「ハロウィンの発祥は新潟じゃないんですよ。ヨーロッパだったかな? それがアメリカに伝わって、その後全国に広まったみたいです。因みにこれ、ジャック・オー・ランタンっていうんですよ」

「ふぅん。……そういえば、カボチャを使ったお祭りごと、セントラベルグでもあったわよね? 子供の頃、一度だけ参加した記憶があるのだけれど」

「あぁ、カボチャ祭りのことですね。言われると確かに……」

「カボチャ祭り?」


 ライナとレーゼの言葉に、首を傾げる雅。


「ええ。でも内容は、ハロウィンって感じじゃなくて……ミヤビさん達の世界で楽しまれている『肝試し』に近いかも」

「祭りの最後に、『カボチャ採り』っていうのをやるのよ。確か、暗い夜道を進んで、奥に置かれたカボチャを持ち帰るのよね」

「ええ。途中でお祭りの運営の方が、色々な方法で参加者を驚かせるんですよ」

「おぉ、まんま肝試しじゃないですか」


 異世界と言えども、似たような度胸試しがあるのかと、雅は感嘆の息を漏らす。


 すると、


「あー……そう言えば、昔ちょっと、忘れられない事件があって――」


 ジャック・オー・ランタンを見つめながら、苦い顔でライナは話し出す。


 まだ雅達と会う前――二年前の、ある出来事を。




 ***




 ある日の夕方。


(うわぁ、賑わっているなぁ)


 ヒドゥン・バスターになって、少し経った頃のライナ・システィアは、セントラベルグの裏通りを歩きながら、そんなことを思う。


 今日はカボチャ祭り。


 普段は比較的閑散としているこの通りも、この日は人でごった返し、稼ぎ時と言わんばかりに露店が並ぶ。


 賑わいと対照的に、建物はおどろおどろしく彩られ、ともすればゴーストタウンのような不気味さを醸し出していた。


 そんな中を、ライナは我関せずといった様子で通り抜ける。彼女はこの通りにあるお店に用があるだけで、カボチャ祭り自体にはそれほど興味が無い。基本的には不参加で、毎年、他の人からお祭りの感想を聞いて終わり……そんな感じだ。


 故に、今年も同様だろうと、ライナは思っていた。お店で用事を済ませた後、折角だから適当な露店で何か食べ物でも買って帰る……それで終わりのつもりだった。


 ……のだが。


「……ん?」


 裏通りの奥へと進んだところで、ライナの目に、何やらおろおろとした様子の男性の姿が映る。


 服装からして、カボチャ祭りの主催の人か。


(どうしたんだろう? 何か事件かな?)


 男性の雰囲気から、どうものっぴきならない様子。


 隠密任務が主なヒドゥン・バスターとは言え、バスターには違いない。街で困っている人を助けるのは、バスターの大事な仕事の内だ。


「あの、どうされたんですか?」

「おっとっ? あ、あなたは……? あぁ、いえ、誰でも良いんです。助けて!」

「ええっ?」


 まさかこんなにダイレクトに助けを求められるとは思っていなかったライナは、目を丸くする。


 聞けばこの男性は、カボチャ祭りの最後に行われる『カボチャ採り』を取り仕切るリーダーとのこと。


 それも今年、初めてリーダーを任されているそうだ。


 が、しかし。


「準備は何とか滞りなく終わったんですが……実はお化けを担当する一人が『今年は私もカボチャを取りに行く側になるんだぁぁぁあっ!』って叫んで、さっき突然辞めてしまって……」


 その言葉に、苦笑いを浮かべるライナ。直前になってドタキャンとは、中々の人物である。


 何故こんなことになったのか。それは、カボチャ採りの景品が理由だ。


 無事に最奥のカボチャを取って戻ってきた人には、セントラベルグで使える金券が貰えるのだ。それも、割と太っ腹な額を。


 ドタキャンした人は、余程それが欲しかったらしい。


「で、でも、お祭りの運営の人にも、報酬は出ますよね?」

「いや、それがですね……このお祭りの報酬は、歩合制なんですよ」

「歩合制? なら、頑張って驚かせれば――んん?」


 仕事を頑張れば良いだけだろう、と言いかけたライナだが、そこであることに気が付く。


 それを肯定するように、男性は頷いた。


「そうなんです。最近は、お化けのレベルが低くなってきていて……参加者の方を怖がらせることが出来なくて、カボチャを持ち帰られてばかりなんです。お蔭で去年なんて、我々の報酬はゼロで……」

「そ、それはそれで問題な気もしますが……」

「ただでさえピンチなのに、いきなり人数が減っては、また我々の報酬もゼロになってしまう! お願いします! 逃げた担当の代わりに、お化け役をやって下さい!」

「え、そんなっ、自信無いです!」

「そんなこと言わずに! さぁ! さぁ!」


 涙目でそう言いながら、男性はライナの腕を掴んで、控え室まで連れていくのだった。




 ***




(な、なんでこんなことに……)


 十分後。結局押し切られ、脅かし役をやる羽目になってしまったライナ。今は真っ黒な布に身を包み、カボチャ採りのルートの途中の木陰で待機させられていた。


 曰く、参加者がここに来たら、恐怖を煽れば良いとのことだが……むやみやたらに、怖がらせればよいというわけでは無い。


 あまり怖くし過ぎて、参加者が誰もいなくなれば、無論報酬は減額となる。より多くの参加者を集め、なるべく多くの参加者にリタイアしてもらうのが、ライナを含めた脅かし役のミッションだ。


 ……いきなり捕まえた素人には、あまりにも大きくて重い目標と責任な気がするが、こうなってしまえば仕方ないと、ライナは溜息を吐く。


 そして、十分後。


(……来た)


 最初の参加者が、こっちに向かって歩いてくる。


 男女二人のペア。カップルだろうか。朗らかに話しながら歩いてきており、怖がっている様子は微塵も無い。


 ライナの前には他にも二人の脅かし役がいるはずだが、どちらも失敗したのだろう。


 控えめに、しかし大きく深呼吸するライナ。


 タイミングを見計らい――そして、


「お、おどろけー!」


 いっきにバッと、参加者の前に姿を見せる。


 少ない時間で、どうやって驚かそうか考えた結果が、これ。


 だが、


「…………は?」


 ライナなりに頑張って驚かそうとしたものの、返ってきたのは『何やってんだこいつ』みたいな反応。


 ライナのハートに、パキリと音を立てて罅が入る。


 いや、分かってはいる。自分でも幼稚な驚かし方だというのは。


 しかし、自分は素人。道具も無ければ時間も無い中、どうしろと言うのか。そんな考えが、ライナの頭の中を占める。


 カップルの参加者は、小馬鹿にしたように小さく笑うと、何事も無かったかのように過ぎていく。それが、無性に腹立たしかった。




 ――それから、三十分後。


 その後も何人も参加者がやって来たが、結果は全て失敗。


 そして……これが何組目なのかも分からなくなってきた頃。


「おどろけー!」

「……ぷっ」

「うわー、きっつ。え、それやってて恥ずかしくない?」

「っ?」


 やって来た男性ペアに、今日イチに煽られ、ライナの表情が凍り付く。


 それに気づかないのか、男性参加者の口は止まらない。


「ははっ、こりゃ、今年のカボチャ採りも楽勝だな。脅かし役、ザコ過ぎって皆に触れて回ろうぜ」

「どいつもこいつも、歯ごたえ無いよなー」


 ゲラゲラと笑いながら、ライナの横を素通りする男性参加者二人。


 それだけでも大いにプライドを傷つけられたが、通りすがりに、「ま、精々頑張りな、嬢ちゃん」なんて追撃を喰らう始末。


 ショックで頭は真っ白。


 どれくらいの時間が経っただろうか。既に、先程の参加者達の姿は遥か彼方。


 やっと思考が戻ってきた、その時。


「ふ、ふふふ……ふふふふふ……」


 何故ここまで言われねばならぬのか。そう思って俯いたライナの口から、低い笑い声が微かに木霊する。


 ゆっくりと顔を上げたライナの目は――彼女にしては恐ろしく珍しいことに、中々に剣呑な光を帯びていた。


「い、いいです……! そこまで言うのなら、本気で怖がらせますからね!」


 もうどうにでもなれ……そんな気持ちを、声に乗せて彼女は叫んだ。




 ***




「ぴゅーぴゅー、ぴゅぴゅぴゅぴゅー」

「ふぁぁぁ……」


 方や上機嫌に口笛を吹きながら、方や大欠伸をしながら、カップルの参加者が歩いてくる。


 他の参加者の例に漏れず、ここまで難なく進んできていたこの二人は、『今年の脅かし役もレベル低いなー』なんて思っているのが丸分かりだ。


「ぴゅー……おっと、そこに何かいるじゃん」


 口笛を吹いていた男性が、木の影に立つ、女性の人影に気づく。


 無論、ライナだ。


 しかし、身に着けていたフードは、今は脱いでいる。


「あ、ほんとだ。ま、どうせ大したこと、してこないでしょ。平気平気」


 女性の方も人影に気づくが、完全に舐め切っている。


 既にカボチャ採りを終えた人が、『今年も簡単だったわ』なんて話しているのを聞いていたので、二人とも何も警戒していない。


 まぁ、精々どんなことをしてくるのか、半笑いで見てやろう……そんな心持ちで近づいて行く――のだが。


「……ねぇ、なんか変じゃない?」

「あ、ああ」


 何時になっても驚かせに来る様子が無く、流石に訝しむカップル。


 いくら脅かし役のレベルが低いとは言え、何もしてこないのは妙だ。


 と、その時。




 ――突如……誰もいないはずの男の背後から、肩に手が置かれる。




「っ?」


 流石に飛び上がる男性。


 だが、驚くのはまだ早い。


 慌てて後ろを振り向いた男は――絶句する。


「ちょ、どうし――っ?」


 女性も後ろを振り向き……目を大きく見開いた。


 そこには――




 前方の木の影……そこにいたライナと、全く同じ顔をした人がいたから。




 その直後、


「ひっ?」


 女性の口から、悲鳴が漏れる。


 ユラリ、ユラリと……ライナの後ろに、地面から湧き上がるように、続々とライナが出現してきたから。


 後ろだけでない。


 辺りを見回せば、いっそ寒気がする程の数の女。それら全てが、ライナと同じ顔。


 挙句、全員がその手に持っているのは、紫色の鎌。紛れもなく鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』である。




 何度も馬鹿にされ、プライドを傷つけられ、ついにキレたライナは――余りにも大人げないことだが――スキル『影絵』を使い、大量の分身を呼び出していたのだ。




「か、え……れ……!」


 己の全ての演技力と、ここまで受けた屈辱をあらん限り乗せたライナの声。タイミング良く、冷たい風も吹く。


「わぁぁぁぁぁあっ!」

「きゃぁぁぁぁあっ!」


 これには堪らず、カップルは大きく悲鳴を上げ、脇道へと逃げていく。


 それを見たライナは、


「よぉーし! まずは一組!」


 そう叫んで、拳を強く握りしめるのだった。




 そして、それから一時間後。


「ぎゃぁぁぁぁぁあっ!」

「ヤバ過ぎヤバ過ぎだってぇぇぇぇえっ!」


 ついに、十組目の参加者がライナの前から脱兎の如く逃げていく。


 その背中を見て、ライナは珍しく、力の籠ったガッツポーズを取る。


「はっはー! 大・勝・利っ!」


 そんな調子に乗った高笑いをしたライナ。


 が、しかし。


 ――パスン。


 そんな音と共に、ライナの肩が、後ろから強めに叩かれる。


「はい? ――ぁ」


 振り返れば、そこには、おっかない笑顔の、お祭り主催のリーダーの男性が立っていた。




 ***




「結局、その後めちゃくちゃ怒られちゃいました」

「ええっ? 要望通りお客さんを怖がらせたのに、なんでっ?」


 とほほ、という顔で空を仰ぐライナに、雅は眉を顰める。


「いえ、確かに『怖がらせてくれ』とは言われたんですけど……私のせいで、順番待ちしていた人の大半が逃げてしまったらしくて……」

「あぁ、参加者がいなくなったんじゃ、報酬も減額よね」


 聞いていたレーゼは、少し呆れ気味の表情。祭りの主催者も主催者だが、ライナの行動も、傍から聞けば突っ込みどころがある。


「それにしたって、急遽脅かし役になってもらったライナさんに要求する成果では無いですよ、もう」

「ふふ、ありがとうございます。――まぁでも、いい経験になりました」


 もう一度やりたいか、と言われれば、断固拒否だが……振り返ってみれば、こうして雑談のネタになるなら、悪くない。


 そう思っていたら、近所の子供達がやって来た。


「トリックオアトリート!」という声と共に。

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ハロウィンは楽しくて良いですね。ドキドキします!
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