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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第43章 キャピタリーク
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第386話『演奏』

 次の日。一月二十九日火曜日、午前十時。


 雅はキャピタリークの外れにある、とある店の前で、緊張の面持ちで立っていた。


(……カレンさん、いいですか?)

【……うん。大丈夫】


 塗装が比較的綺麗だが、壁の傷等から築百年はありそうな古い建物。


 二人の記憶とは少し違うところは少しあれど、ここは間違いなく『メリアリカ楽器店』である。


 今日、雅とカレンは、ここで店主をしている女性……カレンの親友、アングレー・カームリアに会いに来たのだ。


 目的は、先日の一件――メリアリカ楽器店の倉庫裏に隠していた杭を、ラティアに持ってきてもらったこと――について、ちゃんと事情を説明すること。


 そして、アングレーの様子を、自分達の目でちゃんと確認することである。


 最初のタイムスリップの際、アングレーはメタモルフォーゼ種レイパーに殺されてしまった。だが、雅が過去のメタモルフォーゼ種レイパーを倒したことで、その出来事が無くなり、アングレーは今も生きている。


 これは、雅が明確に歴史を変えてしまったことだ。映像で一度会っているものの、何がどうなっているのか、雅には直接会って確認する義務があると思っていた。


 ……しかし。


【ミヤビ……】

(……ごめんなさい。分かってはいるんです。けど――)


 雅は、入口の前で立ったまま固まっていた。


 頭では分かっていても、足が動かない。


 もし何か、アングレーの身に取り返しのつかない異変があったら……その考えが、雅の体を硬直させてしまっていたのだ。


 ジワリと滲む、脂汗。


 早く入らないと、という想いだけが先走るばかりで、体はちっとも言うことを聞かない。


 そんな時。




「そこ、引き戸なの。分かり辛かったでしょ? ごめんなさい。――あら?」


 目の前の扉が、突然開く。




 呆気に取られた雅の前にいたのは――ブロンドの髪に、切れ長の目の女性。


 雅とカレンが会おうとしていた、アングレー・カームリアその人であった。




【アングレー……!】


 店内にいたアングレーは、人の気配には気が付いていた。中々入ってこないことにも。


 この店の入口の戸は、カラクリ屋敷に使われていたものを貰って来た特注品。見た目は開き戸だが、実は引き戸になっている。初めて来る客は全員混乱するため、雅が入口で立ち止まっていたのも、そのせいだとアングレーは思ったのだ。よもや、自分のことを案じるあまりのことだったとは、思いもしない。


「あなたは……この間の?」

「ご、ごめんなさい! 実は、話があって……この間のこと、ちゃんと説明しなきゃって……」

「……取り敢えず、入りなさい。私、ここの店長なの。大丈夫、バスターからざっくりとした事情は聞いているから、そんなに緊張しなくていい。怒っているわけじゃないし」


 とにかく店の中で、ゆっくりと話そう。……アングレーはそう伝えるように、雅を中に招き入れたのだった。




 ***




「……成程、大体の話は分かった」


 三十分後。


 テーブルを挟んでソファに座る雅とアングレー。


 カレンよりもしっかり者のアングレーが店長をやっているからか、掃除や清掃が行き届いているものの、古びた楽器や灯りの温かみ等は、雅とカレンの記憶のままだった。


 アングレーに見つかり、店内に入ったことで覚悟が決まった雅。そこから先は、スムーズに話が進んだ。


 先日の非礼を詫び、事情を説明した後のアングレーの第一声が、今の言葉である。


「……巨大なレイパーが突然消えたという話は聞いている。それにあなたが関わっているというのは驚いたけど……一方で、少し納得もしている」


 あの時、アングレーも杭を直接見ている。エネルギーが注入されていた、あの杭を。


 初見で、普通の杭ではないと、すぐに理解出来たアングレー。あれに、巨大なレイパーを封印するだけの力があると言われれば、納得が出来た。


 アングレーはティーカップに淹れたお茶を一口すすると、口の中の熱を吐き出すように軽く溜息を吐く。


「それにしても、タイムスリップを可能にするアーツがあるなんて……もう動かなくなってしまったのが惜しい。もしまだ動くなら、私も使わせて欲しかった。――いや、実はこの店、元々は私の親友がやっていてね。いきなり消えてしまって、行方が分からなくて……」

「カレン・メリアリカさんですよね? ユリスちゃんから聞いています。銅像も見ました。本当に、私そっくりな人で……」

「なんだ、君はユリスと友達なのかい? そうそう。昔、色々あって……タイムスリップが出来るなら、彼女がどこへ行ってしまったのか、調べたかったのだけど……」

「…………」

(……カレンさん、これで良かったんですか? 私の中に、カレンさんがいること……それを伝えなくて)


 雅がアングレーに説明したのは、ラージ級ランド種レイパーを封印したことに直接関連することだけ。杭の説明のため、タイムスリップした件と、世界が破滅した未来については最小限説明したが、それ以外の話はしていなかった。


 これは全て、カレンの頼みであった。


【うん……これでいいんだ。言葉だけで説明しても難しいし、何より下手をすると、君がアングレーに恨まれてしまうかもしれない。それは避けたい】


 その言葉とは裏腹に、カレンが感じているもどかしさや苦しさが、雅にも伝わってくる。


 カレンも言いたかった。自分がここにいる、と。


 アングレー、やれやれといったような顔をしているが、付き合いの長いカレンには分かる。アングレーは間違いなく、自分の身を深く案じていると。


「……しかし、世界には三人、似た顔の人がいるって話を聞いたことがあるけど……君は、本当にカレンにそっくりだ。実はカレンの双子の片割れとかだったりする?」

「い、いえ、私も正直驚いているんです。――ああ、そうだ。あの、アングレーさんはどうしてここのお店の店長を? 昔はバスターをされていたと伺いましたけど……」


 これも、カレンから頼まれたことだった。何故アングレーがバスターを辞め、この店の店長をしているのか、その理由を本人の口から聞いておきたかったのである。


 しかし、アングレーは「別に、大した理由なんかない」と言って、何てこと無さそうに首を横に振る。


「……ここはカレンの居場所だから。彼女が帰ってくるまで、誰かが守らないと。まぁバスターはやりがいもあったし、心残りもあったけど、それでもその役目は、私が負いたかった」

【アングレー……】

「最も、もう戻ってこないかもしれないけど。でも、諦められない。カレンの死を確認した訳じゃないし」

「……そっか」


 そんな話をしていた、その時。


 僅かに開いていた店の窓が、古びた音を鳴らして開く。


 二人がそちらを見れば、そこにはエメラルドグリーンの毛並みをした猫がいた。


「あっ、ペグ!」

「なんだ、珍しい。店内に君が入ってくるなんて……ん?」

「おっと?」


 ペグは雅の方へ一直線にやってきて膝に飛び乗り、大欠伸をして丸まり――そのまま居眠りを始める。


「……君は、不思議な子だ」


 アングレーは、それをポカンと見つめながら、そう呟いた。


「カレンに似ているだけじゃなくて、普段は人に寄り付きもしないペグが、何故か君には懐いているみたい。もしかして、どこかで会っていたりする?」

「タイムスリップした時、一度だけ。でも、大した交流はしていなくて……」

(カレンさん、やっぱりペグは、あなたが私の中にいることを……)

【うん。分かっているんだと思うよ。野生の勘なのかな?】


 そんな会話をしながら、雅はペグの背中を擦る。心なしか、少し毛並みがごわついていた。


 それでも無抵抗に撫でられるペグからは、確かな温もりが伝わってきて、思わず雅も顔を綻ばせてしまう。


 すると、


「……ペグ、貰ってくれないかな?」


 そんな雅を見つめ、アングレーがそう言ってきた。


「えっ? いいんですか?」

「ええ。私は触らせてもらえないし、今なんか、野良猫みたいな感じになってしまっているし……初めて会った人にこんなことを言うのも難だけど、あなたになら安心してペグを任せられる気がするの。勿論、無理なら仕方ないけど……」

(カレンさん、どうします? うち、ペットは飼えますけど、ただ……)


 今回のように、国外で生活することもある。毎回ペグを連れていければ良いが、戦いの都合でそうも出来ないこともあろう。人に預けようにも、ペグは人見知りの激しい猫のようだから、それも難しそうだ。


 それが引っ掛かっての、カレンへの問いかけ。カレンも同じ考えだからか、【うーん……】と悩み、唸る。


【……まぁでも、今は野良猫みたいな感じになっているって言うのなら、ミヤビの家で引き取った方がまだペグにとっても良いかも】

「分かりました。……それじゃ、こっちで引き取ります」

「助かるよ。あ、リードとかキャリーゲージ持ってくるから、ちょっと待っていて」

「リード? ペグって、散歩するんですか?」

「いやぁ……私も驚いたんだけど、カレンは時折散歩させていたんだ。多分カレンが犬の飼い方と間違っていただけだと思うんだけど……」

【失礼な。ペグは散歩したがるんだよ。私も驚いたんだけどさぁ】


 カレンの、軽く頬を膨らませて言ったような声色に、雅はクスリと笑うのだった。




 ***




 その後、他愛も無い世間話をして、メリアリカ楽器店を出て宿へと向かう雅とカレン、そしてペグ。


「おっと、ペグ! テクテク速すぎです!」

【はっはっは。きっと、誰かと一緒に散歩なんて久しぶりだから、楽しいんだろうね】


 存外に強い力でリードを引っ張るペグに、雅は少しつんのめり、カレンは笑う。


(ね、猫を散歩させるなんて初めてです。犬ならさせてもらったこと、あるんですけど。……あの、散歩って毎日させた方が良いんですかね?)

【いや、私は月一から二くらいしかさせていなかったよ。ペグの方からねだってくるんだ。散歩させろーって】

(ほえー)


 野良猫みたいに外をぶらついていたらしいため、外が好きなのだろう。随分とアグレッシブな猫である。


【今思えば、ペグの、私への気遣いだったのかもしれない。ほら、私ずっとヴァイオリン弾いてばかりだったから、ちょっと運動不足気味っていうか】

(リフレッシュも出来たんじゃないですか? ほら、たまに軽く運動すると、凄く気持ちがいいじゃないですか)

【そうかもね。……それにしても、帰りは大丈夫かな? 猫一匹とは言え、シャロンさんの負担にならないといいんだけど】

(最悪、私達だけは船で移動しないといけないかもしれません。……エンドピークとも一旦お別れですね。カレンさん、どこか行きたいところとかありますか?)


 今後のことを考えると、しばらくこの国に来ることは出来ないだろうと思った雅。出来れば、カレンに故郷を少しでも楽しんで貰いたかった。幸い、少しくらいなら時間も作れそうだったから。


 しかし、


【いや、いいよ。アングレーの様子も確認出来たから。歴史が変わった影響とか心配だったけど、元気そうで良かったよ。ホッとした】

(……そっか)

【私、アングレーのヴァイオリン演奏、好きだったんだ。勿論シンバルも好きだけど……なんていうか彼女の演奏、こう……『壁を乗り越えてやる!』って熱が凄く籠っていてさ。気合とやる気満々っていうか……】

(…………)

【でも、辞めちゃった。私のせいだ、なんて言うつもりは無いよ。だけど……やっぱりちょっと申し訳なさというか、責任とか……上手く言えないけど、そういうの感じちゃって……。だけど……】


 カレンとの才能の差を理解し、バイオリニストになるのを諦め、バスターの道へと進んだアングレー。


 そんな彼女は、またしても道を変えなければならなくなった。


【アングレー、心残りがあるみたいだった。私がいなくなったせいで、アングレーは楽器店をしなくちゃいけないってなって……それは正直、凄く悪いことをしたって思っている。だからといって、ミヤビを助けたことは後悔していないけど……】

(……カレンさん、私、探してみます)

【……ミヤビ?】

(カレンさんと私を、分離する方法。一時的にでもカレンさんが表に出て来られるような方法でもいいですけど、とにかく、カレンさんが直接、アングレーさんと話せる方法を。タイムスリップ出来るアーツなんてものがあったんですから、きっとそういうのもあるはずです)

【ミヤビ、だけど……】

(勿論、目先の問題の解決が優先ですよ。ただ、少し時間が空いた時とか、何かのついでに、とか……だから実現するの、十数年後とかになるかもしれないですけど……)

【……君が責任を感じる必要はないんだ。ミヤビは何も、悪くないんだから】


 カレンの言葉に、雅は小さく首を振る。


 自分を助けたことで、カレンが消えたこと……それは、雅も気にしていた。悪いと思うようなことではないと分かってはいても、カレンにもアングレーにも、罪悪感に近いモヤモヤとした感情が湧き出るのだ。


(自分のこの気持ちを少しでも和らげるための、ある種の自己満足的な行為をしようと思っているだけです。――ところで、あれ、アングレーさんに伝わりましたかね? 私、カレンさんみたいには上手く出来なかったけど……)

【大丈夫。多分、伝わったと思うよ。驚いた顔していたし。――ミヤビ、ありがとう】


 なら良かったと、雅は空を仰ぐのだった。




 ***




 一方、メリアリカ楽器店。


 アングレーは一人、ソファに座ってボーっと天井を仰いでいた。


「……本当に、不思議な子だ」


 ボソリと、そう呟くアングレー。


 雅は帰る前、何故か「ヴァイオリン、少し試し弾きしてもいいですか?」と聞いてきた。特に断る理由も無かったため、一丁貸したのだが……。


「あのミヤビって子、見た目だけじゃなくて、ヴァイオリンの弾き方まで、カレンにそっくりだなんて……」


 流石にカレン程ではない。


 しかし不思議と、彼女の演奏のところどころに、カレンの面影があった。


 偶然か否か。


 雅がその時弾いた曲は、学生時代、かつて心が折れていたアングレーを復活させてくれた、あの曲。


(まるでカレンが、『自分はここにいるよ』って言っているような……タバネミヤビ、彼女は一体、何者なの……?)


 そう思いながら、アングレーは壁に立てかけていた楽器……いや、ナックルソード型アーツ『サーベリック・シンバル』に手を伸ばす。


 バスターを辞めてから、あまり触ることが無くなってしまったそれを、アングレーは手に取った。


 なんだか無性に、何でもいいから演奏したい気分だったから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もいい話でした。ヴァイオリンは演奏を見た事がありますが、弾きたくなる気持ちが分かります!
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