第5章閑話
時は四日前。雅がまだウェストナリアに滞在していた頃。
某所、とある家の一室にて。
男が一人、椅子に座っている。
もう夜遅くだと言うのに、部屋の明かりは点けていない。
彼は以前、雅と黒いフードの『何か』が戦っている映像を眺めていた男と、同一人物だ。
彼はあの時と同じように、目の前に映像を映し出し、それをジッと見ている。
映っているのは、天空島がガルティカ遺跡から飛び立つところ。遠くから撮影されているものだ。
天空島が上昇を止めた瞬間、天空島のある一点がチカチカと小さな光を放つ。
男はそれを見ると、映像を消し、机の引き出しから羊皮紙を取り出して手紙を綴り始める。
内容は暗号化されており、分かる人にしか分からないようになっていた。差出人も書く必要が無いから不明だ。
手紙の内容も、誰に向けて書いている手紙なのかも、男にしか分からない。
手紙を書き終えると、それを魔法で誰かに送り届け、立ち上がる。
そして最小限の身支度を済ませて、部屋を後にするのであった。
***
時は少し前。丁度、天空島がドラゴナ島を飛び立つ数秒前の頃だ。
時刻は午前十時二十三分。
サウスタリアのシェスタリアへと向かう馬車の客車の中に、三人の女性がいた。
それぞれ、ブラウンのコートと黒いハーフパンツ姿の薄紫色のウェーブ掛かったセミロングの娘と、小柄で白衣のような白いローブを纏い、サイドを三つ編みにした金髪ロングの女性に、金髪の女性と同じような見た目のローブを着た、クセっ毛のある緑色のロングヘアーの娘だ。
ファム・パトリオーラとミカエル・アストラム、ノルン・アプリカッツァの三人である。
「思ったよりも早くミヤビのところに行けそうで良かったよ」
「ええ。丁度良いタイミングでこっちに来てくれて助かったわ」
「もっと早く分かっていれば、ミヤビさんと一緒に行けたんですけれどね……」
三人はそんな会話をする。
三日前、雅から、二人の仲間に助太刀の連絡を入れて欲しいと依頼された三人。
本来の予定ではアランベルグに向かい、雅の二人の仲間に会いに行くはずだったのだが、諸事情があってその二人はウェストナリアに来ていたのだ。
聞くところによれば、その内一人は以前逃げられた『パラサイト種レイパー』を捜索しており、もう一人の女性もそれに協力しているとのこと。
元々は雅と二手に分かれて捜索していたのだが、あまりにも見つからない上、天空島という不穏な物体が出現したと聞いたため、一旦雅と合流しようと思っていたのだとか。
一歩間違えれば入れ違いになっていたと思うとぞっとしたものの、雅の伝言はきっちり伝えたミカエル。
二人は状況を理解し、現在、シェスタリアに向かっている。
三人と一緒の馬車に乗っていないのは、彼女達が二人乗り用の巨大な運び鳥をレンタルし、ウェストナリアまでやって来たからだ。そのままその鳥と一緒にシェスタリアへと旅立った。
内心、それを羨むミカエル。運び鳥のレンタルは結構値がするのである。とても手が出なかった。
そういうわけで役割を果たしたので、三人もこうして雅の元へと向かっているというわけである。
そんな中、ふと何かを思い出したように、ミカエルが呟く。
「それにしてもライナさん、無事にサウスタリアに到着出来たかしら?」
聞いていたファムとノルンも思案顔をする。
実は雅が旅立った三十分後、セントラベルグ行きの馬車が来たのだが、そこでライナが宿屋に忘れ物をしていた事に気が付いたのだ。どうしても必要な物だということで、その馬車に乗るのを諦めたライナは大急ぎで取りにいったものの……その後、三人は彼女の姿を見ていない。
見送りをしようと思っていたのに一向に姿を見せない彼女を心配していたら、一本の連絡がミカエルに入った。
何と彼女は目的地をサウスタリアに変更したとの事。
理由を聞けば、サウスタリアにも図書館があり、もしかすると何かあるかもしれないと考えたらしい。何度も訪れているセントラベルグ図書館より、一度も訪れた事の無いサウスタリアの図書館の方が、手掛かりが見つかる可能性も高いと踏んだと本人は言っていたのだが……それにしても、随分急な進路変更である。
「もしかしたら、向こうでミヤビさんと合流出来ているかも」
「そしたらミヤビ、大喜びでしょ。ライナにべったりだったし」
ノルンの言葉に、ニヤニヤしながらファムが続ける。
ミカエルが相槌を打とうとした時、彼女の眉がピクリと動く。
「ごめんなさい、ちょっと連絡が――……っえ?」
誰かと話し始め、その途中でミカエルの顔が険しくなる。
不穏な様子に、ファムのノルンの顔も不安に染まる。
通話を終えると、ミカエルはゆっくりと口を開いた。
「……誰から?」
「バスターの人。サウスタリアの……」
ミカエルの声は震えており、その先は二人は聞きたくなかった。
だが、知らない訳にはいかない。
「そ、それで……?」
勇気を出して、ノルンが先を促す。
「たった今……ドラゴナ島に着陸した天空島が、再び飛び上がったって……」
聞いていた二人の口から、驚愕の声が漏れる。
だが、情報はそれだけでは無かった。
「それとミヤビさんなんだけど……今日の六時半ちょっと過ぎに、飛竜みたいなレイパーにドラゴナ島まで攫われたみたい。天空島が飛び上がった後、竜に乗って跡を追う姿が目撃されたから、無事なのは間違いないらしいんだけど……」
「え、ちょ……理解が追いつかないです師匠っ?」
「無茶しないって言ってたのに……あのバカ!」
「急ぎましょう。この先にはバスターの詰所があったはずよ。事情を話せば、そこでバスター用の馬車を借りられるはず……。ちょっと車掌さんと話をしてくるわ!」
ミカエルはそう言って、席を立ち上がるのだった。
***
時刻は午前十時四十三分。
シェスタリアの、とある物影にて。
誰も来ないような暗がりに、それはいた。
今朝、雅を襲った、黒いフードの『何か』である。
相変わらず全身がフードで覆われているものの、その手には羊皮紙が握られている。
どうやら黒いフードの『何か』は、それに目を通している最中のようだ。
読み終えると、羊皮紙を握る手に力が入ったのか、紙に皺が入る。
そのままグシャグシャに丸めてしまいそうな雰囲気を出していたが、思い留まったのだろう。羊皮紙を丁寧に畳むと、懐にしまった。
そして、空中に佇む天空島に顔を向ける。
刹那。
地面が光り、魔法陣が出現したことで、黒いフードの『何か』はひどく焦った様子を見せた。
再び空に顔を向けると、そこには天空島を追ってシェスタリアにやって来る雅と竜の姿が。
そして黒いフードの『何か』は走り出すのだった。
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