第384話『溢涙』
ユリスやその家族を家まで送り届け、午後十時半。宿にて。
「ふぅ……やっと、宿に戻って来れましたぁ……!」
「ミヤビお姉ちゃん、お疲れ様」
部屋に入るや否や、壁にアーツ『百花繚乱』を立てかけ、ポスっとベッドにダイブする雅。
柔らかな羽毛の感触が心地良く、このまま眠りに堕ちてしまいそうだ。
「……しかし、あのユリスという娘、大丈夫かのぉ?」
そんな雅を見つめながら呟いたのは、シャロン。雅が宿にお願いし、追加料金を支払ったことで、シャロンもこの部屋に泊めさせてもらえることになったのだ。
「大丈夫……だと思う。凄く叱られていたけど、心から娘が心配だったからみたいな様子だったし……」
「ユリスちゃんを助けた事、凄く感謝されましたしねぇ。当分、ユリスちゃん一人で散歩は出来ないかもしれませんけど、まぁ考えようによっては良い機会かもしれません。やっぱり、夜遅くに出歩くのは危ないですし、これを機に控えるようになってくれれば……」
「……さて、タバネ。こんな遅い時間に悪いんじゃが、お主にはまだ、すべきことがあるじゃろう?」
「…………」
何時までも起き上がろうとしない雅に、シャロンが真剣な眼差しを向ける。
「あー、そう言えば、ミヤビお姉ちゃんはどうしてニイガタにいたの? 今日の午前中は、キャピタリークにいたはずなのに」
「……そう、ですねぇ。まだ、もうひと頑張りしなきゃ」
苦しそうな声で、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くと、雅はゆっくりと上体を起こす。
【……ミヤビ、大丈夫?】
(ええ、何とか。……カレンさんこそ、大丈夫ですか?)
【うん。もう落ち着いた。……心配かけてごめん】
(……もう少しだけ、休んでいて下さい。多分私の話、長くなるから)
【ミヤビ……】
自分が今まで何をしていたのか、何を見たのか、何をやらかしたのか……それらを全て、皆に話すという、一番大きく、そして一番大事なミッションに取り組まねばならない。
例え体力がもう限界でも、休んでいる時間は無いのである。
「今、こっちが夜の十時半過ぎってことは、新潟やアランベルグは午前の十一時くらいですかね? 愛理ちゃんもまだ起きているはず……。問題は、優香さん達と話が出来るかどうか、か。でも、多少無理をしてでも聞いてもらわないと。シャロンさんとラティアちゃん、携帯用の立体映像射出機の準備、お願いしてもいいですか? ……あー、もしもしさがみん? ごめんなさい、緊急で話したいことがあるので、ちょっと皆をうちに集めてもらって――」
ブツブツ言いながらULフォンを起動させ、シャロンとラティアに指示を出し、仲間達にメッセージや電話でやりとりし始める雅。
そして、その一時間後。
宿の一室に、仲間達の立体映像が続々と現れる。
レーゼにライナ、セリスティアやミカエル、ノルンとファム達異世界組。優に愛理、志愛、希羅々と真衣華、優香と優一、伊織達新潟組。この場のシャロンとラティアも合わせると、雅本人、さらにカレンも含めて総勢十八人ものメンバーが揃う。
この人数になると、最早部屋の床が見えず、一部壁にめり込む人もいるくらいだ。最も、話を聞く上では支障はない。
『お待たせ、ミヤビ。全員揃ったかしら?』
『こっちは全員いるよ、みーちゃん』
立体映像の、青髪ロングの少女、レーゼ・マーガロイスがそう言いながら辺りを見回すと、黒髪サイドテールの少女、相模原優が、雅の自宅からそう答える。
「んー……全員いますね。それじゃ突然お時間頂き、ありがとうございます。ちょっと緊急で話をしたいことがあって」
そして雅は、ひと呼吸置いてから、ゆっくりと口を開く。
「皆に、助けてもらいたいことがあるんです。――レイパーが出現し始めた頃からずっと、佐渡の隣にいるあの巨大なレイパー……あいつを倒したい」
『佐渡の隣? 今日、突然消えたっていう、あいつを?』
「ええ。……あいつが突然消えたのは、私が今日、あいつを封印したからなんです」
「封印した? ……タバネ、もしやお主……!」
「はい。セリスティアさんとシャロンさんには驚かせてしまいましたけど、おばあちゃんの部屋に杭を打ち込んだのは、そのためで……これから事の次第を、順を追って詳しく説明させて頂きます。ちょっと長くて、それに信じがたいかもしれませんけど、とりあえず最後まで聞いて下さい」
そして雅はスカートのポケットから、小さな懐中時計を取り出す。時計型アーツ、『逆巻きの未来』を。
「これ、アーツなんですけど、タイムスリップが出来るんです。実は私、これで過去に行っていました。過去のキャピタリークやガルティカ遺跡に……過去の新潟に……」
雅は話し始める。事件の詳細を。
カレン・メリアリカに化けたメタモルフォーゼ種レイパーに騙され、『逆巻きの未来』で百年前の異世界にタイムスリップしてしまったこと。
そして山の洞窟に刺さった杭を抜かれてしまい、封印されていたラージ級ランド種レイパーを復活させられてしまったこと。
その後、図らずとも二百年前……レイパーが出現し始めた当時の異世界に再度タイムスリップしてしまったこと。
そこでシャロンの母、エスカ・ガルディアルと会い、ガルティカ遺跡へと向かい――そこで、衝撃の真実を知ってしまったこと。
ガルティカ遺跡から再度、百年前のキャピタリークにタイムスリップし、杭を打ち込んでラージ級ランド種レイパーを再度封印したこと。
しかし、メタモルフォーゼ種レイパーに邪魔をされてしまったことで頭に血が上り、『メタモルフォーゼ種レイパーがタイムスリップする』という歴史を消し去るために、十一年前のキャピタリークに四回目のタイムスリップをしたこと。
十一年前のキャピタリークにて、過去と現在、合計二体のメタモルフォーゼ種レイパーと交戦し、その際に新潟に転移してしまったこと。
そして――
「そこで、私のおばあちゃんと会っちゃって……まぁその、流れで一緒に行動することになってしまったんです。おばあちゃんのお蔭でレイパーは倒せたんですけど……ここら辺の一連の出来事のせいで、歴史が変わってしまいました」
その後、本当のカレン・メリアリカとの邂逅を果たしたこと。
さらに『逆巻きの未来』が、今よりも未来でラージ級ランド種レイパーが世界を滅ぼす光景を見せられたこと。
それを防ぐために、雅の家の、祖母、麗の部屋に杭を打ち込み、佐渡の隣のラージ級ランド種レイパーを封印したこと。
「その後は、ラティアちゃんを迎えに行くため、シャロンさんと一緒にまたキャピタリークに向かって、今に至ります」
そう言って、雅の話は終わる。
シーンと静まり返る室内。誰もがポカンと口を開け、何も言えないでいた。
タイムスリップしていたことを先に伝えていたシャロンでさえ、エスカに関連するところ以外の話を聞いて、その情報を整理するので手一杯のようだ。
たっぷり一分後。
『に、俄かには信じがたい話だが……いや、しかし……』
最初に声を発したのは、三つ編みで長身の女の子、篠田愛理。ひどく困惑した顔で、雅の持つ逆巻きの未来に視線を向ける。
信じられないと思ったとて、それを為し得た証拠が目の前にあれば、こんな反応になっても無理はない。
説明の際、雅はULフォンで撮っていた動画等も交えていた。嘘のような話でも、真実味は充分に感じられてしまう。
『タイムスリップも驚いたけど、一番は、あの巨大なレイパーのことよね……輪廻転生? なによ、それ……』
『ミヤビがいきなり帰ってきた時は何事かと思ったけどよ……あんなに慌てていたのは、それが理由だったって訳か……』
『正直、現実味がありませんが……しかしこうして映像を見せられると……』
レーゼにセリスティア・ファルト、桔梗院希羅々が、険しい顔で、ラージ級ランド種レイパーの映像を見つめている。
受け入れが痛い真実と、未来の映像だ。実際、自分の目で見た雅でさえ、どこか信じられない、信じたくない想いを抱えている。
しかし……
「こいつを倒さなければならない理由は、二つある」
現実から目を背ける暇なんて無い。
「一つは……この破滅の未来を防ぐため。二体いる内の一体は杭で封印されているけど、これだって何時まで持つか分からない。万が一封印が解けてしまえば、世界が滅茶苦茶になる。百人、千人なんて規模じゃない。きっと、何億という命が失われてしまう。こんな未来、絶対許す訳にはいかない」
だけど、それ以上に――雅はそう続ける。
「奴は、レイパーを輪廻転生させる力を持っている。これがある限り、何体レイパーを倒したところで、いずれ復活させられてしまうんです。……奴を倒さない限り、私達の戦いは終わらない!」
雅は、はっきりと理解していた。
自分が何をすべきなのかを。
「全てのレイパーを倒し、皆が明るく、安心でき、希望を持って人生を歩んでいける世の中を取り戻す……それが私の目標です。それを成し遂げるために、あいつとの戦いは避けて通れない!」
苦しい現実、不安な未来のずっと向こう――そこに、希望という名の光がある。
「二百年も前から続いてきた戦い……それを終わらせるため、私は奴を絶対に倒したい。だけどあんな巨大なレイパー、私独りじゃ絶対に倒せない。皆の力が必要なんです。だから、力を貸して下さい!」
雅は深く頭を下げて、そう言った。
無茶なことを言っている自覚はある。なにせ、桁違いの大きさの化け物だ。わずか数日で、世界の地形を大きく変えてしまう程の力だってある。立ち向かうのは、怖いに決まっている。
断られることも、覚悟していた。僅か数人だけでも着いてきてくれるのなら、それだけで充分だと思っていた。もしかしなくても、誰も味方がいないことすら、想定していた。
だが――
『……なら、きっちり作戦を立てないとね』
「……レーゼさん?」
『みーちゃん、何、目を丸くしているのよ。倒すんでしょ、あいつ』
「さがみん……」
『私の想いは、ミヤビさんと共に……数が必要なら、私のスキルでいくらでも増やしてみせます』
「ライナさん……」
『何のために、私が魔法を覚えようとしていると思っている? こういう時のためだろう』
『こちとら、ミヤビと同じ方向を向いているつもりだぜ。んな改まんなっての』
「愛理ちゃん……セリスティアさん……!」
『奴らとの戦いに、魔法は不可欠でしょう? 知識だっているはずよ。任せて頂戴』
『やりましょう、ミヤビさん!』
『うん』
「ミカエルさん、ノルンちゃん、ファムちゃん……!」
『腕が鳴ル……! 私だって戦うゾ!』
『私の力も必要でしょう? お父様にも、勿論協力させますわ!』
『怖いけど、そうも言っていられないしねー! いっちょ、力を奮いますか!』
「志愛ちゃん……! 希羅々ちゃんに真衣華ちゃんも……!」
「ふん! 儂を忘れるな! やるぞ、タバネ!」
「シャロンさんまで……!」
『この人数でも、人手は足りんはずだ。各警察署、それにバスターとも連携をとらねばな。そこは、私が何とかしよう』
『戦いは苦手だけど、調査や分析とかなら専門よ。何でも言って!』
『警察所属の大和撫子が、レイパー相手に逃げる訳にはいかねーっすねぇ』
「優一さん、優香さん! 伊織さん……!」
【皆……協力、してくれて……!】
そして、雅の腕に、そっと寄り添う幼き手が一つ。
「ミヤビお姉ちゃん。……やろう!」
「ラティアちゃん……! はい……!」
溢れそうになる涙を堪えながら、雅は想う。
自分は、なんて良い仲間に恵まれたのだろう、と。
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