第383話『改変』
「ミヤビお姉ちゃん! シャロンお姉ちゃん! 大丈夫っ?」
「あぁ! ラティアちゃん! ええ、こっちは無事です!」
「敵は逃がしてしまったがのぉ。……む? どうした?」
「あ、いや……」
「ユリスちゃん、大丈夫ですよ! このドラゴンさんは味方ですから」
どこかおっかなびっくりといった様子のユリスに、雅がそう言葉を掛けると、シャロンは低く笑い、その体が光に包まれる。
その巨体が段々と収縮していき、形作られるのは山吹色のポンパドールの髪型の幼女の姿。シャロンの人間態だ。
「ええっ?」
「驚かせてしもうて悪かった。シャロン・ガルディアルじゃ。よろしくの。――それよりタバネ、お主、その姿……」
シャロンが、燕尾服姿の雅を見て目をパチクリとさせると、雅の格好がスーッと元に戻る。
「ええ。やっと自在に引き出せるようになったんです。……ただ、またすぐ変身ってわけにはいかないみたいですけど。『共感』と同じです。一度変身を解除したら、一日待たないといけないみたいですね」
「なんじゃ。中々、扱いは難しいのぉ……」
【使うタイミングは、要注意だね】
「……あっ、バスターの人、来たみたい!」
辺りが騒がしくなってきた気配に、ラティアがそんな声を上げた。
雅達が戦っている間、ユリスがバスターに連絡を入れていたのである。
「おー、結構来たのぉ。遅めの時間じゃが、まぁ事が事じゃ。こりゃ、長くなるかもしれん」
これから始まるであろう事情説明等を想像して、辟易とした顔になるシャロン。背中も痛むし、少し休みたいのだが、どうにもそれが叶うのは、もう少し先になりそうだ。
集まってきて、現場検証等が始まり、慌ただしくなってくる。
だが、
【あれ? アングレーは?】
カレンは、そこで気が付く。
アングレー・カームリア……彼女が、この場にいないことに。バスターなのだから、レイパー絡みの事件があれば、やってくるだろうと思っていたのだ。
生きていることは確認している。メリアリカ楽器店で、彼女のことを見たのだから。
【今日は非番? いや、そうとも思えないけど……】
「ちょっと聞いてみますね。――すみません!」
たまたま近くを通りがかった若手のバスターに、声を掛ける雅。
そして、アングレーのことを聞いたのだが、
「アングレー・カームリア? いや……知らないかな?」
「……えっ?」
そんな回答が返ってきて、雅とカレンは目を丸くする。
そんなはずはないと思った。雅は、このバスターがアングレーと何度か会話している姿を、前に見たことがあったからだ。ここのバスター署は、決して小さくはないが、それでも署員八十人程度の規模。顔と名前を知らないとは思えない。
すると、
「ねぇ、ミヤビさん。もしかしてミヤビさんが探しているのって、メリアリカ楽器店の店長さんのこと?」
「っ? ユリスちゃん、アングレーさんのこと、何か知っているんですか?」
「うん。色々良くしてもらっているお姉さん。寧ろ、ミヤビさんが知っていることが驚きというか……。そう言えば、昔はバスターだったって言っていたかも」
「そっか……多分、歴史が変わった影響で……」
「歴史?」
「いえ、こっちの話です。ごめんなさい」
【…………アングレー】
(……カレンさん)
【…………】
心の中でカレンに声を掛けるも、返事はない。
雅には分かる。カレンが、ひどく落ち込んでいることが。
今はそっとしておこう……そう思った。
***
その後、バスター署の休憩室にて。時刻は午後九時五分。
「あ、ミヤビお姉ちゃん! お疲れ様!」
「ミヤビさん……」
「ラティアちゃんニユリスちゃん、先に終わっていましたか。早かったですね」
バスター署に連れて来られた雅達は、各自別れて治療や事情聴取を受けていた、それが終わったら、休憩室で待ち合わせしようと約束していたのだ。
雅は敵と交戦しただけのため、そんなに長く話をすることは無く、メインは怪我の治療。故に、自分が一番乗りだと思っていたので、少し驚いた。
「子供だからか、そんなに長い時間にならないように気を遣ってくれたみたい。――はい、お茶」
「おっと、ユリスちゃん、ありがとうございます。――ラティアちゃん、怪我とかはどうですか? 私達が駆け付けた時、盾、使っていましたよね? 腕とかは……」
「ちょっと痛むけど、大したことないみたい。少しすれば、治るよ」
「独りで無理させちゃって、ごめん。……私、怯えるだけで、何も出来なかった……」
「アーツを持っている訳じゃないですし、仕方ないですよ。それに、バスターの人を呼んでくれたのはユリスちゃんですよね? 助かりました」
「……ニホンだと、皆アーツを持てるんだよね? いいなぁ」
「ニホンというか、私の世界の国はほぼ全部そうですけど……んー、それはそれで、色々危ない時もあるので、持てばいいってものでも無いですよ」
以前、レーゼとした会話を思い出して、苦笑いになる雅。アーツを持てば、レイパーと戦う術はあるが……それが原因で無茶をして、却って殺されてしまう女性は少なくないのだ。
「ユリスちゃん、ご両親には、もう連絡は……」
「うん。もうした。迎えに来てくれるって。すっごい心配されちゃった。……多分、怒られるかなぁ。こりゃ当分、散歩は禁止かも」
「少し、我慢しないといけないですねぇ。私達も一緒に、家まで送ります。一応バスターの人も一緒に送っていってくれるみたいですけど、護衛は多い方がいいですし」
「ありがとう。……こんな形になっちゃったけど、ミヤビさんとまた話せたのは嬉しい。あの事件以来、全然会えなかったから……」
「…………」
雅の記憶では、ユリスとは今日の午前中に、メリアリカ楽器店で再会しているはずだ。しかしそれは、無くなっているらしい。
「……ラティアちゃん、変なことを聞くようですけど、私って今日、なんて言って外出したか、覚えていますか?」
「え? んーと、ちょっと出かけてくるって言っていたよ。どこに行くって話はしていなかったけど……。そうそう、その後、あの変な揺れがあって心配していたんだよ? そしたらミヤビお姉ちゃんから連絡が来て……」
「楽器店に向かってくれ、なんて話が来たわけですか……むむむ」
(これも、歴史が変わった影響……私があいつを、倒したから……)
メタモルフォーゼ種レイパーを倒したことを、後悔しているわけではない。しかし、細かいところで歴史が変わっている現実を目の当たりにすると、自分の行いが正しかったのか、不安になる。
(……まずは、状況の確認からしないと。大まかな歴史が変わっていないかだけでも確かめる必要が……)
そんなことを思っていると、シャロンが「やっと終わったわい!」と伸びをしながら、休憩室に入って来たのだった。
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