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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第43章 キャピタリーク
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第379話『対面』

 一月二十八日月曜日、午前五時十二分。


 まだ暗い空の下、日本海の上空を飛ぶ一匹の竜と、その背中に乗る少女の姿がある。


「タバネ、寒くは無いか?」


 そう尋ねたのは、全長三メートル程の、山吹色の鱗を持つ竜。シャロン・ガルディアル。


「ええ。シャロンさんの背中、暖かいですし」


 そう答えたのは、桃色のボブカットに、ムスカリ型のヘアピンと黒いチョーカー、そしてダッフルコートを羽織る少女、束音(たばね)(みやび)だ。


 何故、二人がこんなところにいるのか。それは――


「向こうに着いたら、ラティアちゃんに謝らないといけませんねぇ……。勝手に置いてきてしまったわけですし……はぁ」


 キャピタリークに置き去りにされているラティアを迎えに行くためである。


 不可抗力の事態だったとは言え、子供一人を残してきてしまったことは、雅としても大いに反省すべきところだった。


 すると、


【ミヤビ、佐渡が見えてきたよ!】

(ええ。……良かった、奴はいない。ちゃんと、封印されたみたいです!)


 心の中から、雅に話しかけてくる声が聞こえる。


 かつて落石で死にかけた雅の命を、その身を犠牲にして救った女性……雅によく似た顔で、バイオリニストのカレン・メリアリカの声だった。


 佐渡の隣に、元々存在していた超巨大生物……『ラージ級ランド種レイパー』。つい六時間前まではそこにいたはずの白いレイパーは、今は影も形もない。雅が杭を使い、封印したからだ。


 既にそのことは大きなニュースとなっており、日本のみならず、韓国や中国、その他あらゆる国で、今頃研究者が大慌てで、何が起こったのか調査中だ。真実を知っているのは、まだ雅とカレンのみである。


 本来なら、各所にきちんと説明すべきだというのは重々承知なのだが、事情が事情。雅が時計型アーツ『逆巻きの未来』で、破滅の未来を見たからラージ級ランド種レイパーを封印しました、と伝えたところで信じてもらえるとも思えない。


 故に、まずは仲間達に説明し、レーゼや優一、伊織から各所に説明してもらう方が良いだろうと雅は考えた。ラティアのこともあるし、自分の頭の中を整理したいという気持ちもあったため、一旦キャピタリークへと向かっているというわけである。


 それはともかくとして……一応、ちゃんとレイパーが封印されているのを確認出来たことで、雅は大きく、安堵の息を吐く。


 その直後、シャロンが静かに口を開いた。


「タバネや。流石にアーツはしまっても良いのではないかの? 空にいる内は、そう警戒する必要もあるまい」

「あぁ、ごめんなさい。実は、指輪を落としてしまって……」

「……落とした?」

【それと、制服も取りにいかないとだよね。ミカエルさんが持っているのかな?】

「あの後、ミカエルさんがウェストナリアのバスターに渡していませんでしたっけ? 後で確認しないとですよねー」

「……お主、誰と話しておるのじゃ?」

「おっと失礼」


 声の向きが、明らかに自分に向けられていないと思ったシャロンは、怪訝な顔になる。


 突然日本に帰ってきた雅。随分バタバタしており、カレンの話もまだしていない。カレンとの会話は、わざわざ声を出さずとも念じれば可能なのだが、うっかり普通に喋ってしまうこともまだあった。


「まぁ良い。……ところでタバネ。そろそろ、話してくれんかのぉ。お主、儂に何か話があると言っておった。じゃが、わざわざ『海の方まで飛んでから話しますね』なんて言ったのには、何か理由があるのじゃろうて。……聞かれたくない話か?」

「……ええ。二人きりで話したいことがあって。ここまで来れば、充分か」

「……タバネ?」


 ひどく緊張した声色になった雅に、シャロンは不安そうに声を掛ける。雅が身を硬くしたのは、背中でも感じとれた。どうやら良い話ではなさそうな気配だと、シャロンは悟る。


【ミヤビ……頑張れ】

(……ええ)


 ひと呼吸して覚悟を決め、雅は口を開く。


「実は私、過去のエンドピークに行っていたんです」

「か、過去ぉっ?」

「二百年前……丁度、レイパーが出現し始めた頃です。そこに至るまでの経緯は、後で皆を集めてちゃんと説明するんですけど……そのエンドピークで、とある竜に会いました。紫色の鱗で、雷の力を持った竜です」

「…………」


 背中越しに雅に伝わる、シャロンのビクンと跳ねた心臓の鼓動。


 心のどこかで、シャロンは気が付いていた。雅の体に残る、『どこか懐かしい香り』に。


 しかし、シャロンの常識的な思考が、その香りが何か考えることを、無意識にシャットダウンしていた。一瞬シャロンが浮かべた想像は、現実に起こりえないもののはずだから。


 そして――


「エスカ・ガルディアルさん。……シャロンさんの、お母さんです」


 その名を聞いた時、シャロンは、その想像が正しかったのだと悟り――彼女の中の時が止まる。


 うっかり翼まで止めてしまわなかったのは、ある種、褒めるべきことか。それでも頭の中は、雅の今言った台詞が無限に反芻し、ただ呆然と空を飛び続けてしまっていたのだが。


 雅が話し始めた、エスカとのガルティカ遺跡への旅の話に、シャロンは曖昧な相槌を打つことしか出来ずにいた。


「――それで、十一年前のエンドピークに戻ったんです。この後にも色々あったんですけど、それは皆が集まってから、ちゃんと話しますね」


 そこで一旦、話を終わらせた雅。


 シャロンは、無言だ。


 正直、話の中身はあまり頭に入ってこなかった。


 しかし、シャロンは言葉を探すように、徐に口を開く。


「わざわざ海のど真ん中でそんな話をしたのは……まさかお主、それを聞いて怒った儂が、何時でもお主を捨てられるようにするためか?」


 その言葉に、今度は雅が無言になる番だった。


 それが、何よりも雄弁に、シャロンの言葉を肯定してしまうと分かっていても、何も言うことが出来なかった。


「……馬鹿者め」

「……ごめんなさい」

「……しかし、道理で母の死体が見つからぬわけじゃ。ガルティカ遺跡の、誰も入れぬところでひっそりと死んでおったのなら……」

「正直、あの白骨死体がエスカさんだなんて、当時は思いもしませんでした」

「人間の姿になると、骨格も変化するからの。そのまま死んで骨になれば、当然人間と大差ない見た目になる。……母の死体は、まだガルティカ遺跡にあるのか?」

「いえ、ミカエルさんが回収して、ひっそりと埋葬しました。後で案内します」

「礼を言う」


 安堵したように、シャロンはそう言った。


 その後、少し躊躇うような唸り声を上げると、


「母は、何か言っておったか? 儂について……何か」


 聞きたいような、聞きたくないような、シャロン自身にも分からぬ複雑な心持ちで、そう尋ねる。


「未来のシャロンさんのこと、気にかけていましたよ。多くは語りませんでしたけど、シャロンさんが今、何をしているのかとか、凄く知りたがっていました。……エスカさんからシャロンさんに伝えたいことは、多分ここに書かれているのだと思います」


 言いながら、雅はスカートのポッケの中に手を入れる。


 そこには……エスカに託された、シャロンへの手紙。


 戦いがあったせいで、少しクシャっとしてはいるが……雅はちゃんと、それを持っていた。


 シャロンは、「後で受け取ろう」とボソリと言い、しばらく無言になる。


 しかし、やがて躊躇いがちに、再び口を開いた。


「……正直、母のことはあまり好いておらんかった。人を守ることも、生きるために逃げることも、どちらも中途半端にしていた気がして……嫌いという程でも無いが、何となく、胸を張って誰かに話が出来る竜とは思うておらんかったのじゃ。

 しかし、そうか……。母は、お主()を守って死んだのか……」

「ごめんなさい……っ、私のせいで、エスカさんが……っ!」

「謝るでない。謝るな……儂は……母は、お主を責めぬ……っ」


 日本海の上空。


 様々な感情で溢れ、堪えきれなくなった雫が、落ちていくのだった……。

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[良い点] エスカの死は辛い……悲しさを感じます……
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