第42章閑話
『ミヤビお姉ちゃんっ! 今、バスターの人に杭を渡したよ!』
一月二十七日日曜日、夜十一時十七分。
ここは新潟市中央区、紫竹山二丁目。
「ありがとうございますっ! 後はこっちが、間に合うかどうか……っ!」
自宅までの道を全力疾走しながら、お礼を言ってULフォンを切る雅。
やっと、束音家が見えてきて、雅はさらに足に気力を込める。
【頑張れミヤビ! 配達の魔法は早い! きっと、もうレーゼさん経由で、セリスティアさんに届いている頃のはずだ!】
(分かってますっ! セリスティアさんは家にいる! 後は私が到着すればいいだけだけど……!)
既に、限界を超えている雅の体。
メタモルフォーゼ種レイパーにタイムスリップさせられてから、休む時間は殆ど無かった。エスカの背に乗り、ガルティカ遺跡に向かっていた時くらいか。それでも、そこから先は、緊張と激動で肉体、精神共に相当にすり減らしながら行動していた。
アドレナリンがドバドバ出ているから何とか動けているものの、足腰を始めとした全身のあらゆるところが、もう千切れてしまいそうな感覚だ。
特に、レイパーに刺された腹部の激痛は甚大だ。
それでも、まだ雅は止まらない。
苦しくたって、関係無い。今は動くべき時で、泣き言を言っている暇など無いのだから。
(あと……っ、あと一息だから……っ!)
声にならない叫びを上げ、雅は己の体に鞭を打つ。
後ろの夜空から、こちらに向かって山吹色の竜……シャロンが飛んできていたことには気が付いていない。
のっぴきならない状況だということを聞いたシャロンが雅を迎えにいったのだが、運悪く入れ違いになったのだろう。
シャロンよりも早く、雅はあっという間に玄関前へと辿り着く。
家の中は何やら騒がしい。セリスティアがレーゼと何かやりとりしているようだ。雅が突然帰ってくると聞かされ、しかも何やら緊急事態とのことで、挙句詳しい説明もされていないのだから、ドタバタするのも無理はない。
セリスティアの名を呼びながら、玄関の扉を開ける雅。
セリスティアはもう、すぐそこにいた。その手に、送られてきた杭を持って。
玄関の戸がどこか壊れたような嫌な音を置き去りにし、靴も脱がずに廊下に上がり、セリスティアが何か言う前に、ひったくるように杭を取り、家の奥へと直行。
「お、おいミヤビっ?」
「タバネっ! 何があったのじゃっ?」
「後で説明しますっ! もう一仕事、頼みたいです!」
セリスティアと、戻ってきたシャロンの声を背中に聞きながら、雅が向かったのは――祖母の部屋。
普段は偶にしか入らない、麗の和室へと、雅は杭を持ったまま飛び込む。
最近は少し薄れてきたイ草の香りに、部屋の隅に置かれたちゃぶ台や箪笥。そして仏壇。
束音家に杭を打ち込むことにした雅とカレン。だが問題は、家の『どこに』打つか。
そう、彼女がこの部屋に来たのは――ここに、杭を打つ場所を、ここにしようと決めたから。
他の部屋は洋室で、床は硬く、杭を打ち込めない。もう一室だけ和室があるが、実はフローリングの床に畳を敷いてあるだけの作りであり、やはり打ち込めない。
しかし麗の部屋……ここだけは、麗の希望で、ちゃんとした和室の作りになっている。
これはつまり、どういうことか。
「セリスティアさん、シャロンさんっ! 畳をひっぺがえすの、手伝ってください! どこか一枚でいいですから!」
「おいおいっ! いいのかよっ?」
「ちぃっ! 後で説明してもらうからのっ!」
爪型アーツ『アングリウス』、そして腕だけを竜化させたシャロン。
二人の巨大な爪が、畳を一畳、勢いよく引っぺがすと……荒板が現れる。
その刹那、
「二人とも下がって!」
既にライフルモードにしていた剣銃両用型アーツ『百花繚乱』……雅はその銃口を、荒板へと向け――セリスティア達が止めるより先に、桃色のエネルギー弾をぶち込んだ。
爆音と共に開く、大きな穴。
その下には、地面。
そう――杭を打ち込むのに、これが必要だった。
「おばあちゃんっ、ごめんなさいっ!」
【ミヤビっ! いけぇぇぇぇえっ!】
「あぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
絶叫と共に、雅は手に持った杭を、大きく振りかざす。
破滅の未来を変えるため。
タイムスリップから始まった事件に、終止符を打つため。
躊躇うことなく、やりなさい……不意に雅の頭に、誰かの声が小さく木霊する。
一人では無い。色んな人の、後押しする言葉が。
エネルギーを大量に含んだ長い杭……それを、雅は、ありったけの力を込めて地面に振り下ろす。
「あぁぁぁぁぁぁあっ!」
【押し込めぇぇぇぇえっ!】
その時――セリスティアとシャロンは、見た。
一瞬……ほんの一瞬だけ、杭を地面に打ち込む雅の姿に、彼女によく似た女性の姿が重なったのを。二人で共に、杭を打ち込んでいる、その姿を。
杭の三分の二程が刺さった、その瞬間。
「っ?」
「なんじゃっ?」
部屋の空間……いや、世界の空間が、うねる。
そして杭から広がる、超巨大な魔法陣。
あまりの眩さに、シャロンとセリスティアは勿論、近くにいた雅は目を瞑る。
(と、取り敢えず……終わっ……た……!)
【うん……少し、休もう……か……】
どっと疲れが湧き上がってくる中、雅とカレンははっきりと聞いた。
デルタピークで同じことをした時に聞いた、あの音を。そう……
日本海の方から聞こえてくる、悲鳴にも似た微かな雑音を。
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