第5章幕間
雅とシャロンが、天空島を追ってシェスタリアに向かった頃。
雅の元の世界では。
今日は六月二十一日の木曜日。時刻は昼の十二時四十三分。新潟県立大和撫子専門学校付属高校にて。
「…………」
「相模原、どうした?」
授業が終わり、今から昼休みに突入したにも関わらず、椅子に座ってボーッとしている優に、愛理が声を掛ける。
「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事」
「……束音の事か?」
「うん……。そろそろ、みーちゃんの誕生日だなーって」
雅の誕生日は六月二十五日。
毎年、優は誕生日を祝い、プレゼントを渡していた。逆も然りである。
だが、今年は叶いそうも無い。
「今の段階で手掛かりすら全然見つからないし……。私の予定じゃ、一ヶ月前には再会出来ているはずだったんだけど……」
「いやどんな予定だ……」
行方不明の友人を探すのに、予定とは一体……と思ってしまう愛理。
優はぐっと背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。
「どこにいるのかなー……みーちゃん……」
「……そう弱気になるな」
愛理は、優しく優の肩に手を置く。
「私も相模原も、それに束音のたくさんの友人達も彼女を探している。きっと、見つかるさ」
「……うん。ありがとう、愛理。……って、あれ?」
すると優は、教室の外からこっそりとこちらを伺う女子生徒の姿を見つけた。
つり目が特徴的な、ツーサイドアップの彼女は権志愛。クラスメイトである。
手にはお弁当箱。恐らく、お昼ご飯を一緒に食べようと思っていたのだろうと優は思う。
しかし、と心の中で『?』を浮かべる。志愛と優は一緒のクラス。何故教室の外にいるのか、優は疑問だ。
志愛の存在に愛理も気が付き、同じ事を思ったのだろう。
二人は顔を見合わせるも、すぐに視線を志愛に戻す。
「志愛―、おいでー」
優が手招きするも、志愛はブンブンと勢い良く首を横に振る。
一体どうしたというのか。怪訝に思う優。
志愛は必死な様子で愛理のことを指差す。
ふと、思い出した。
「……そう言えば、志愛は愛理には中々近づかないわよね」
「何かしてしまっただろうか……。身に覚えが無いのだが……」
しょげる愛理。流石にちょっと可哀想である。
「ちょっと聞いてみようか……。二人掛りなら捕まえられるし」
「い、いいのだろうか? 嫌われてしまっているのなら、無理強いするのはちょっと……」
「大丈夫じゃない? 悪い子じゃないし……」
そう言って優が立ち上がる。
教室の外に向かう動きを見せた途端、外の志愛の体がビクンと跳ねた。
***
そして三分後。
優の言った通り、二人掛りなら素ばしっこい志愛も簡単に捕らえられた。
「は……はなセ優!」
「いや、だって志愛逃げるから」
「あー、権。ちょっと話を――」
「そ、それ以上近づくナ!」
優に羽交い絞めされながらも慌てて拒否する志愛に、ショックを隠せない愛理。
「志愛、なんで愛理を避けるのよ。良くないよそういうの」
流石にちょっと……と思い、窘めるような声で、優は志愛を拘束する腕の力を強める。
くぐもった声を上げながらも、志愛もそれは分かっていたのだろう。
バツの悪そうな顔で、心中を告白する。
「こ……声ガ……」
「声?」
「声ガ……好き過ぎテ……堕とされル」
「……あー、納得」
「待つんだ相模原。納得するんじゃない」
予想だにしていなかった答えだった。
動画投稿者、所謂Waytuberとして活動している愛理には、ファンが多い。志愛もその一人ということだ。
「いやー、愛理の声は聞いていると気持ちよくなっちゃうからねー。でもいいんじゃない? こんなに近くにいるんだし、折角だから耳元で何か囁いてもらったら?」
「駄目ダ! 人間としての尊厳が無くなってしまウ!」
「それはどういう意味だっ? 褒められているのかっ? ちょっと落ち着いて話を――」
「やめロー! 雌の顔にされてしまウー!」
「待て! 誤解を生むようなことを言うんじゃない!」
志愛の叫びに、側で聞いていた他の女子生徒達の顔が多様なものに変わるのを見て、愛理は大慌て。
すると、クスクスという笑い声が、愛理の背後から聞こえてきて、三人の騒ぎは一旦止まる。
愛理が振り向けば、そこにはエアリーボブという髪型をした、ちょっとなよっとした感じの低身長の女子生徒がいた。
「あぁ……ごめんごめん。邪魔するつもりじゃなかったんだけど、面白くってつい」
「真衣華! 助けてくレ! 私の貞操がピンチなんダ!」
「ピンチじゃないぞっ? 助けなくていいからな橘!」
彼女は橘真衣華。優達のクラスメイトである。使うアーツは片手斧型だ。
そんな彼女の視線は、志愛の手に握られているお弁当箱に注がれていた。
先程から結構アクロバットに動いている。となれば当然――
「お昼ご飯、大丈夫なのそれ?」
「あアッ?」
「あぁっ、ごめん志愛!」
真衣華が指摘すると、悲鳴のような志愛と優の声が響くのだった。
***
教室にて。机を四つくっつけ、四人は座っていた。
「しクしクしク……」
「ご、ごめん志愛! 私のお弁当、ちょっと分けてあげるからさ!」
「あ、ああ。私のおかずも提供しよう」
現代のお弁当箱の技術はかなり進化している。多少箱を振り回したくらいでは、中身がグチャグチャになることは無い……が、それでも限度はある。
開いて見れば、悲惨な有り様になっていた。
これは流石に申し訳無いと感じる優と愛理。
「いやー、私まで御一緒しちゃって悪いねぇ。あ、私のおかずも上げるよー」
「すまないな橘。元は私達のせいだというのに……」
「いいのいいの。困った時はなんとやらーってね」
志愛の弁当箱の蓋の上に焼鯖の切り身を置きながら、大した事無いといった様子の真衣華。志愛は「ありがとウネー」と何故かおばあちゃんのような口調でお礼を言うと、三人から貰ったおかずに箸をつける。
そこで、優が思い出したように口を開いた。
「そう言えば真衣華ちゃん、私達と一緒でいいの? いつもは希羅々ちゃんと一緒だけど……」
実は橘真衣華は、桔梗院希羅々の親友だ。小学生の時からの付き合いだと言う。真衣華の父親が希羅々の父親の経営する『StylishArts』というアーツ製造販売の会社に勤めており、その関係で出会ったのだ。
彼女だけは、希羅々を『希羅々』と呼んでも本人は怒らない。
真衣華は、優の質問に首を横に振る。
「あー、いいのいいの。希羅々も、私が他の子と一緒にお昼ご飯食べてるくらいで怒るような器の小さい子じゃないしね」
と、言い終わった瞬間、「あ、でも……」と小さく漏らし、若干「やっちゃったー」と言う様な顔をする。
「ちょっと拗ねるかもしんない。後でジュースでも持っていこ」
「す、拗ねるんだ……」
「親友冥利には尽きるんだけどねー」
あっはっはーと笑う真衣華に、聞いていた三人は苦笑いを浮かべるしかない。
愛理はコホンと咳払いをすると、口を開く。
「桔梗院と一緒だと橘も大変だろう? ……主に相模原のせいで」
そう言いながら、当の本人にジト目を向ける愛理。
「私のせいとは何よ私のせいとは。突っかかってくるのはいつも希羅々ちゃんの方なんだからね!」
「いヤ、優も優だと思うゾ」
「うむ、私もそう思う」
「そんなっ? ひっどーい!」
反論するも、志愛と愛理に揃って否定された優は納得がいかない様子。
真衣華は、芝居がかったような困り顔をすると、
「いやー……実際大変なんですよー。言う事聞かないとお父さんを首にするぞっていつもいつも言われてまして……」
と、心底辛そうで泣きそうな声で言った。
「何て奴。悪い金持ち娘ね」
「最低だな桔梗院ほんと最低だな」
「これが権力の力ってやつカ……」
「ちょっと、でたらめ言わないでくださいまし?」
突如そんな声が優と愛理の背後から聞こえるが、その存在に気が付いていた二人は全く驚かない。寧ろ、そこにいたのに気が付いていたからこそ、わざと言った。
振り向けば、そこには呆れ顔の女性が仁王立ちしていた。パーマっ気のある、ゆるふわ茶髪ロングの女性。今話題の桔梗院希羅々である。
自分の話題が出てきたので、話に加わろうと近づけば、妙な言い掛かりを付けられてしまったのだ。
無論、希羅々はこのやりとりが唯の冗談だとは分かっているのだが……随分な弄られ方をされて全くカチンともこなかったわけでは無い。
故に、元凶の親友に若干攻撃的な笑みを向ける。
「真衣華あなた……わたくしが、いつあなたのお父様を首にするぞなんて脅しましたかしら?」
「いえいえ、あれは言葉の綾でして……って痛い痛い痛い! 希羅々ごめんって! ごめんって!」
わざとらしく手揉みしながら胡麻擦りの真似事をする真衣華の背後に回ると、希羅々は素早く間接を極める。
その手際は実に見事で、志愛でさえ「やるナ……」と舌を巻くほどであった。
真衣華を懲らしめた後、希羅々は近くの机と椅子を借りて、四人が使っている机にくっ付ける。
どうやら希羅々も四人とお昼を一緒にするらしい。
時折優と希羅々の煽り合いが発生して三人が落ち着かせるのに苦労することもあるのだが、この場の誰一人として、こんな時間も悪くないと思っていた。
優は想像する。この場に親友がいたらどんな感じだったのかな、と。
どんなやりとりが繰り広げられるのか優をして想像もつかなかったが、きっと悪いものじゃないんだろうなと確信だけは出来た。
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