第374話『愛孫』
「……ぅ、うん? ここは……?」
メタモルフォーゼ種レイパーの凶刃に倒れた雅が目を覚ますと、見知らぬ、木造の天井が目に飛び込む。
起き上がり、吊るされたランタンライトの光に照らされた室内を眺め……雅は朧気に、ここが海の家ではないかと思った。
椅子を集めて簡易的なベッドにし、そこで寝かされていた雅。
腹部には応急処置がされており、まだ多少は痛むが、動くことは出来そうだ。
掛けられていた毛布をゆっくりとどかし、雅は視線を、チラリと横へ向けた。
そこにいたのは、椅子に座り、コクンコクンと船を漕いでいる麗。
辺りを見回すが、他に人がいる様子は無い。時刻は夜の八時半。メタモルフォーゼ種レイパーを倒すために集まってくれた大勢の人達は、もう帰ったのだろう。
スカートのポケットの中には、時計型アーツ『逆巻きの未来』がちゃんとある。壁の方には、剣銃両用アーツ『百花繚乱』が立て掛けられていた。
それを確認すると、雅は息を潜め、音を立てないように細心の注意を払い、椅子を集めて作られたベッドを抜け出す。
「おばあちゃん、色々ありがとう。……さようなら」
そう呟いてペコリとお辞儀した雅は、百花繚乱を持って、海の家の出入口へと向かっていく。
メタモルフォーゼ種レイパーを倒した以上、この時代にこれ以上留まる訳にはいかない。
だが、その時だった。
「どこへ行くつもりかしら?」
背後から投げかけられた言葉に、雅は跳びあがる。
顔を青褪めさせ、口をパクパクしながら振り返れば――寝ていたと思っていた麗が、ジト目で雅を見つめていた。
「ね……寝たふりですか……!」
「ちょっと確かめたいことがあってねぇ。意地が悪いと思ったけど、許して頂戴」
悪戯を成功させた子供のような顔をして、麗はそう言う。
「怪我はもう、いいのかしら?」
「ええ。運良く急所は外れていたみたいで、ちょっと痛むけど……もう大丈夫」
「本当は、病院に連れていくべきとも思ったし、駆け付けてくれた救急隊員もそうすべきだって言っていたんだけど……あなたには、どうやらのっぴきならない事情がありそうだったからねぇ」
「あ、あはは……すみません、助かります」
過去の世界で病院に連れ込まれる訳にはいかない。雅はこの時代の人間ではないのだから。
しかしそれを悟られるとは思っていなかったから、雅の心臓はバクバクだ。
さらに、
「篠田愛理さんと名乗っていたけれど……多分、偽名よね?」
「……ぅ」
「初対面の相手に、本当の名前が言えないってことは……余程の理由があるからかしら?」
「……ごめんなさい。事情は言えないんですけど……でもまさか、そこまで見破られていたなんて……」
「これも、年の功ってやつかしらねぇ。……あぁ、そうそう。私、自分のアーツのことを、どこかであなたに話したことがあったかしら?」
「えっ?」
「いえ、さっきの戦闘……あなたは私の戦い方を、よく知っていたような、そんな動きだったから。私が『春巡』で若返った時も、特に驚いた様子は無かったし」
その言葉に、しまったと言うように口を開ける雅。
戦闘中はそんな余裕が無かったが、振り返ってみれば確かに、自分の動きや反応は、麗からしてみれば不自然なところがあった。
雅が、どう言い繕うかと迷っていると、麗は控えめな笑みを浮かべる。
「……最近、物忘れするようになっちゃって……もしかしてどこかで話したことを、私が忘れちゃっただけね。歳を取るのは辛いわぁ……」
「…………」
「さて、そろそろ私も帰らないとねぇ。実は最近、孫と一緒に暮らすようになったのよ。今日は幼馴染の子と一緒に遊んでいるんだけど、遅くなっちゃったし、流石に迎えに行かないと。旦那も、そろそろ仕事が終わる頃かしらねぇ」
そう言って、麗は海の家を出る。
遠ざかっていく背中をジッと見つめていた雅だが……不意に、「あのっ!」と声を掛ける。
何を思って声を掛けたのか、雅は自分でもよく分からなかった。気が付けば、口が動いていたのである。
そして、
「お孫さんは……どんな子……なんですか?」
何を思ったのか、そんな質問をしてしまう。
雅自身、聞いてしまった直後に、それを後悔したような表情になるが、麗はそんな雅に対して特に突っ込むこともなく、口を開いた。
「実はあの子……少し前に親を亡くしてしまってねぇ。ひと月前くらいまでは、酷く焦燥していたんだけれど……」
「……っ」
「最近は明るくなったの。きっと、周りの人達に恵まれたのね。笑顔も見せるようになって……そう言えば孫の髪色も、あなたみたいに綺麗な桃色なのよ」
「……そっか」
「……それじゃあ、もう行くわね。あなたとは、またすぐに会える気がするわ」
「ええ。私もそう思います。……それじゃあ、本当に、ありがとうございました」
麗は手を振ってから、雅に背を向ける。そんな彼女を、今度こそ見送り……雅はギュッと、唇を噛んだ。
夜闇に、控えめに聞こえてくる波の音。
月明りと星の光に照らされた海岸を眺めながら、雅は独り、砂浜の上で、穏やかに揺れる海を見つめる。
その遠く……佐渡の隣。
そこに佇むは、真っ白な島のような生物。『ラージ級ランド種レイパー』だ。
メタモルフォーゼ種レイパー……奴は過去に戻り、エンドピークの海底に封じられた、もう一体のラージ級ランド種レイパーを復活させようと目論んでいた。
それを阻止した以上、この長いタイムスリップの旅も、もう終わり。
過去のメタモルフォーゼ種レイパーを倒したことで、雅のいた時代でアングレーを唆し、タイムスリップさせたメタモルフォーゼ種レイパーもいなくなった。
これは、つまり、
(……これで、アングレーさんは助かった……はず)
その希望を胸に、雅はポッケから逆巻きの未来を取り出し、スイッチを押した。
光りに包まれる雅。
一瞬の内に、彼女はこの時代から、姿を消した――。
***
そして、その頃。
束音麗は、星空を見上げながら、足早に、雅がいる相模原家へと向かっていた。
「すっかり帰るのが遅くなってしまったわ……。相模原さんに、ちゃんとお礼を言って、後日手土産でも持って行かないと……それにしても、今日は久しぶりに、激しく動いちゃったわねぇ」
時折全身から、骨や筋肉が軋むような音がして、麗は顔を顰めた。
雅の前ではカッコつけたが、スキルで若返ったとて、流石にあのレベルの強力なレイパーと戦うのはしんどい。
それでも、何とか倒せて良かった……麗はそう思い、ホッと胸を撫で下ろす。
だが、
「……年寄りだからと言い訳していたけど、少し鍛え直そうかしら。雅を守れるようにしないと。……それにしても」
そこまで独りごちてから、麗は左手の薬指に嵌った指輪を見る。
思い出すのは、雅の百花繚乱との合体アーツ。
「他の人のアーツと合体出来るアーツ……あんなものがあるのね。雅が大きくなったら、ああいうアーツを持たせようかしらねぇ。――コホッ、コホッ……。あら、風邪かしら……?」
年寄りの喉に、潮風は少しキツかったのかもしれない……麗はそう思いながらも、老体に鞭打ち、走り出すのだった。
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