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第372話『年功』

「ほらほらほらぁっ!」


 狂気に満ちた笑い声を上げる、メタモルフォーゼ種レイパー。


 その腕は弓に変化しており、体の一部を千切って変形させて作った矢を、逃げる雅と麗へと放つ。


 二人がジグザグに動きながら矢の攻撃を躱す中、麗の左手の薬指に嵌った指輪が輝き――直後、彼女の手に握られるは、鮮やかに彩られた扇。


 麗の使う扇形アーツ、『永垂不朽(えいすいふきゅう)』だ。


「おっと!」


 広げた扇を巧みに操り、麗は自分に迫る矢を受け流す。見た目はただの扇のようでも、扇の面の部分は強化ガラスよりも高い強度があり、充分防御に耐えうるものとなっている。


 さらに、


「ババア、くだばれ!」

「あらあら!」


 速度を増して飛んでくる矢に対し、麗は扇をたたみ、なんてことの無いように叩き落した。


 扇の骨は骨で、鉄並の強度を誇っているのだ。また骨は同時に、鋭利な刃物にもなっており、小刀のようにも使える作りにもなっていた。


 余裕で攻撃を捌く麗に舌打ちしながらも、レイパーはさらに矢を乱射。


「くっ……!」

「防御はこちらに任せて。あなたは走ることに集中を。さぁ、そっちの道へ」


 苛烈になっていく敵の攻撃に、雅も防御に加わろうとするが、麗は落ち着いた声でそう指示をする。


 しかし、その指示に、雅の頬に嫌な汗が流れた。


「お、おばあちゃん! こっちは――」

「大丈夫よ」


 雅を先導させ、自身は殿(しんがり)を務めながら、移動ルートの指示までこなす麗。


 だが麗の指示する先は、浜辺近くの林、飛砂防備保健保安林……ではなく、それに沿った道。


 林に入れば身を隠したり、奇襲を掛けたりするにはもってこいなはずだが、麗は敢えて林の中には向かわない。


 今、二人が走っている道は見通しも悪くなく、しかも一本道。こうなると純粋な速度勝負になり、驚異的な身体能力をもつレイパー相手には分が悪い。


 故に雅はその指示に疑問を孕んだ声を上げるが、麗は指示を変えることはなかった。


 道を進みながら浜辺の方へ向かう麗の顔は、雅とは対照的に、意外にも冷静なもの。


 戦闘には、常に予想外というものが付いてまわる。作戦通りにいかないこと等、珍しくない。


 大事なことは、そうなった時に慌てないこと。そしてもっと大事なのは、『想定外』を想定し、サブプランをいくつも立てておくことだと、麗は思っていた。


 つまり、奇襲が失敗することなんて想定済み。


 その時は浜の方まで逃げるつもりであったし、そのためのルート選定もしていた。


 その結果が、このルート。


 敵から逃げるのでなく、自分達の戦いやすいフィールドまで連れていくのだから、ある程度レイパーが、心理的に「追える」と思うような道を通るのは当然の行動だ。


「ふっ、ほっ! おっと!」


 麗は背後から迫ってくる矢の嵐を、扇で的確に防ぎ、叩き落とす。


 ほとんどバック走しながら、足を止めることなく、正確に、だ。とても老人のする動きとは思えない程だ。


 無論、雅に攻撃を被弾させることなど、ありはしない。


 長い人生経験、戦闘経験から、これくらいのことは朝飯前にやってのけるだけの技術が、麗にはある。


 そして、遂に――




「つ、着いた……!」

「ふふ、上手くいったわね」

「……ちっ」




 雅と麗は、メタモルフォーゼ種レイパーを砂浜に誘導しながら、浜辺へと辿り着く。


 レイパーは辺りを見回し……ここで自分がようやく、雅達に誘導されたのだと理解したのか、小さく舌打ちをする。


 しかし、だからどうしたと言わんばかりに、すぐに余裕の表情を浮かべた。


「ババアと小娘だけで、何が出来る」


 だが……麗はまるで焦った様子もなく、呼吸を整えるように軽く深呼吸すと、


「さて、そろそろ老体にはキツくなってきたし――本気、出さないとねぇ」


 そう呟いた、その瞬間。




 麗を、白い光が包みだす。


 日が落ち、薄暗くなったこの空間だからか、その光はあまりにも眩しく感じられる。


 それにレイパーが一瞬目を閉じた、その直後。


 光が弾け、現れ出でた『その人物』に、流石のレイパーも困惑の声を漏らした。


 今まで麗が立っていた場所……そこにいたのは、今までの麗ではない。


 もっと別の、若い女性だ。


 黒髪のボブカットに、てっぺんから伸びたアホ毛。やや柔らかな目尻。眼には、見た目の年齢不相応な、落ち着いた輝きがある。


「……ゾイゾ?」


 心底驚かされたという顔のレイパーとは対照的に、近くでそれを見ていた雅に、驚きの色は無い。


 彼女が誰か……否、()()()()であることを、雅はよく知っていたのだから。




 彼女は、若き日の麗だ。




 麗が永垂不朽から授かったスキル『春巡(タイムリープ)』。


 効果は……若返り。


 自分の体を、今の年齢の三分の一……つまり、おおよそ二十二~二十三歳頃の時の体に変化させる効果を持ったスキルである。


「さ……この姿なら、この子と協力すれば何とかなるかしら?」


 そう言う麗の声も、見た目の年相応に若々しい。


「おばあちゃん……いきます!」

「ええ!」


 百花繚乱を構える雅に、永垂不朽を構える麗。


 二人が並び立つその様は、知らない人が見れば、まるで姉妹のよう。


「……ラカヘアレヨドゾ。トオ、ヨノヘカケヒニンアル」


 ボソリと呟かれる、OLの姿をしたメタモルフォーゼ種レイパー。


 瞬間、


「……あら?」

「…………っ」


 その姿がぐにゃりと歪む。


 OLだった顔や体がねじ曲がり、形を変えていき……新たな姿へと姿を変える。


 月の光に照らされ、レイパーの顔を見た刹那。


「お前は……どこまでも……!」


 雅の握る拳……その手の平から、血が零れる。彼女の声は掠れ、しかし明確な怒りが、確かにあった。


「いやぁ、そこのババアは兎も角、君にはこっちの姿の方が、精神的に効きそうだなと思ってね」







 ブロンドの髪に、切れ長の眼。


 その姿は、そう……キャピタリークのバスター、アングレー・カームリアのものだ。







「外国人かしら? 知り合い?」

「あいつが殺した女性の一人です。私の、友達で……!」

「なんと……!」

「この女には、一度してやられたからねー、ちょっとした復讐も兼ねてって感じかな。さぁ――」


 アングレーの姿をしたレイパーがそう言った途端……両腕が変形する。


 五十センチ近い刃渡り、そして盾のように付いている巨大な、シンバルの見た目をした小手。見た目はまさに、アングレーが使うアーツ『サーベリック・シンバル』。


「ノタヘレモエタ、ソデコエゾ」


 とてもアングレーのものとは思えぬ程邪悪な笑みを浮かべてそう言うと、両腕のサーベリック・シンバルの形をした武器を構え、二人に勢いよく接近してくるレイパー。


 そしてすぐさま放たれる、二つの斬撃。


 その剣戟の重さたるや、アーツで防御した二人がよろめかされる程。


 無論、敵の攻撃が一撃で終わるはずもない。


 二発、三発と、アングレーとは比べ物にならない程の速度で振るわれる刃。


 雅と麗は、それを防ぐので手一杯だ。


 額に汗を滲ませ、必死で攻撃を凌ぐ中――麗の眼光が、鋭くなる。


 一瞬……ほんの僅かに出来た、攻撃の隙間。


 それを見つけた麗の反撃は、レイパーでさえ反応出来ぬ程、早かった。


 鋭く放たれる、たたまれた扇による突き……それが、レイパーの肩口を僅かに掠る。


 刹那、チリっとした痛みが走り、攻撃の手が僅かに鈍った。そしてこの瞬間を、雅は見逃さない。


 頭上から降り落ちてくる刃を紙一重で躱し、お返しと言わんばかりに百花繚乱を振るう。


 狙うは首元。


 だが、


「おっとぉ!」


 レイパーが体を後ろに逸らしたことで、ギリギリのところで攻撃を躱されてしまった。


 しかし、この瞬間。


 雅は『共感(シンパシー)』のスキルで、愛理の『空切之舞』を発動。


 攻撃を躱された時、瞬発力を大幅に上げる効果をもつこのスキルで、雅は一瞬の内に、レイパーの背後に回り込み、再び斬撃を放つ。


 直後に響く、金属音。


 レイパーが振り返り、雅の一撃を、難なく腕の剣で受け止めたものだった。


 が……攻撃を防がれたことに、雅が慌てている様子は無い。


 目的は……別にある。


 レイパーがそれを察した時――雅の左手の平は、既にレイパーへと向けられていた。


 そこから打ち出されるは、音符。


 敵の体に蓄積させ、次に当てた攻撃で大ダメージを与えるための布石。


 近距離から放たれたそれを、レイパーが避けられるはずもない。


 音符を体内に注入され、レイパーのくぐもった声が漏れる。


 次の一撃をもらったら、マズい。レイパーがそう思った、その時。


 レイパーは見る。雅の視線が、自分には向いていないことに。


 雅の狙いは、別のところにもあった。


 レイパーは知らないが、雅は知っている。――麗の、本当の戦い方を。


 永垂不朽の、真の使い方を。


 レイパーが雅の視線の先を見ようと振り返った時には既に、麗はバックステップで大きく距離を取っていた。


 たたまれていた扇は、今は広がっている。


 瞬間、麗は舞う。永垂不朽を手に、優雅に。


 彼女が、クルリと回った次の瞬間――




 夜空を美しく彩るように、赤、青、黄の三色のエネルギー弾が、無数に出現する。




 これが、永垂不朽の本当の能力。


 その場で舞うことで、このようにたくさんのエネルギー弾を呼び出し――放つことが出来る。


 たためば小刀、広げれば盾、舞えば出でたる光珠……麗が永垂不朽のことを人に話す時、よくこのように表現するのだ。


「はっ!」


 麗の、気迫の籠る声と共に、エネルギー弾が一斉にレイパーへと向かっていく。


 雅だけを器用に避け、敵にだけ当たる、絶妙なコントロール。これだけのエネルギー弾を同時に制御させるのは難しいはずだが、長年これを扱ってきた麗ならば可能な芸当だ。


「ッ!」


 エネルギー弾が触れる度に、衝撃と共に激しい熱、凍り付くような冷たさ、痺れるような感覚に襲われるレイパー。


 三色のエネルギー弾は、ただのエネルギーの塊に非ず。


 赤色のエネルギー弾は炎の力、青色のエネルギー弾は冷気の力、黄色のエネルギー弾は雷の力を宿しているのである。


 ――そしてこのことは、当然雅も知っている。


 レイパーがエネルギー弾に怯む隙に、雅は赤色と黄色のエネルギー弾を、百花繚乱の刃で捕らえ、二つのスキルを発動させた。


 アーツに炎を宿す、『ウェポニカ・フレイム』。


 そして雷のエネルギーで身体能力をアップさせる、『帯電気質』。


 髪を逆立て、炎を纏った剣を構え、雅はレイパーへと一気に突っ込んでいく。


 エネルギー弾のせいで全身に傷を負ったレイパーに、雅の勢いは止められない。


「はぁぁぁぁぁあっ!」


 夜闇に轟く、雅の咆哮。


 目にも止まらぬ速度で放たれる、斬撃の嵐。


 未だ止まる気配のない麗のエネルギー弾乱射。


 これら全てが、レイパーを攻め立てる。


 その攻撃に、流石に余裕が無くなってくるレイパー。


 辛うじて直撃は免れているが、雅の刃は着実に、己の体に肉薄してきていることを、レイパーは肌で感じていた。


 大きく舌打ちを鳴らす、レイパー。


 次の瞬間だった――


「――っ?」


 雅の刃が、レイパーの腕に命中する。


 刹那、協和音と爆音が響き、吹っ飛ばされるレイパー。


 しかし、これは雅の狙いではない。彼女は、敵の胴体や首を狙っていたのだから。


 このままでは致命的な一撃を受けると悟ったレイパーが、自らの腕を犠牲にし、敢えて雅から距離を取ったのである。腕を再生させられるからこそ、とれた戦法だった。


 さらに、麗が空中に呼び出したエネルギー弾も無くなり、絶え間なく続いていた攻撃が止まってしまう。


「いやぁ……こりゃ、参ったね」


 吹っ飛ばされ、よろよろと立ち上がるレイパーだが、その顔は不気味に明るい。


 無くなった腕を、グチョリと音を立てて再生させ、動きを確かめるようにグルグルと回しながら、口を開く。


「あー、やっぱ使えないわ。アーツとかいう武器。全然体に合わないしー……まあ、いっか」

「……っ! このっ!」


 雅が百花繚乱の柄を曲げ、ライフルモードに変形させると、全身の雷と、アーツが纏っていた炎が銃口へと吸い込まれていき――雷と炎を纏った、桃色のエネルギー弾が放たれる。


 普通に受ければひとたまりも無いはずのエネルギー弾。速度もあり、レイパーには避けられない……はずだが。


「っとぉ!」

「っ?」


 レイパーは腕を変形させて盾を作り出し、そのエネルギー弾を弾き返した。


 砂浜に着弾し、大爆発を起こすエネルギー弾。その衝撃で、雅と麗は悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。


 そんな二人を見て、レイパーは高笑いを上げた。


「さぁ……やっと、吸収した()()が、馴染んできたかもねぇ! さぁ……本気でやろうか!」

「ぐっ……馴染む? ……はっ!」


 しまったと言わんばかりに目を見開く雅。


 今の言葉の意味が、分かったのだ。


 メタモルフォーゼ種レイパーは、未来の自分自身を吸収していた。雅と共に新潟に転移してきた、その時に。


 吸収直後は苦しんでいたのだが……今はもう、それが無くなっているように見える。


「……っ! 来るわよ! 気を付けて!」


 麗の警告の声が轟いた直後。


 レイパーの身体が、激しくぐにゃりと歪む。


 刹那、その体から溢れてくる、身が竦むような恐ろしいオーラ。


 雅と麗がヤバいと思った、次の瞬間。


 レイパーの体から、夥しい衝撃波が迸り、再び二人を吹っ飛ばす。


 吹きすさぶ砂の嵐。


 近くの木々や、海の家の壁が、ギシリと軋む。


 それが止んだ時――




「くっ……!」

「あら……これは……!」




 アングレー・カームリアの姿をしたままの、メタモルフォーゼ種レイパーは、そこに立っていた。


 ニヤリと歪む、レイパーの顔。


 今までとは比べ物にならない程の『力』が、奴から溢れていた。

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