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第371話『祖母』

 十一年前の新潟にタイムスリップし、祖母の麗と出会ってしまった雅。


 麗の押しに負け、一緒にメタモルフォーゼを探すこととなってしまい――程無くして。


「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったねぇ」


 そんなことを言いだしてきて、雅の表情が凍り付く。


 何故これを聞かれることを想定していなかったのか……雅は自分を、大いに呪った。


 そりゃあ逆の立場なら、雅だって同じことを聞く。相手のことを知りたいから当然だ。それは祖母、麗も同じこと。


 しかし、まさか本名を言う訳にはいかない。言えば間違いなく、正体がバレるから。


 言葉に詰まり、しかし雅はかつてない程に頭をフル回転させ、この質問へのベストな回答を捻り出し――


「し、篠田(しのだ)愛理(あいり)って言います! えっと……お婆さんは、何てお名前なんですか?」


 ギリギリ不審に思われない程度の()の後、雅は友の名前を使わせてもらった。


 そして即座に話題を逸らすべく、必死でそう尋ねた。


「私かい? 束音麗って言うのよ。春麗の麗。そういう愛理さんは、なんて字を書くのかしら?」

「人を愛するの愛に、理由の理です」


 言いながら、心が軋む感覚に襲われる雅。


「あら、良いお名前ね。……っと、そこの方、ここらでレイパーが出たらしいから、気を付けて頂戴」


 途中ですれ違った、OL風の格好の女性にそう声を掛ける麗。


 OLは「あぁ、はい。ありがとうございます」と会釈しながらも、雅の方へと怪訝な目を向け、しかし何も言及せずに通り過ぎていく。


 そして、そのOLの後ろ姿を眺めながら、麗は口を開いた。


「……この辺に出たっていうレイパーは、人の姿に化けるのよね? しかも、人の言葉を話せる……」

「ええ。それに、その能力を応用して、体の一部を剣や斧等の武器に変形させられるんです」

「だとすると、厄介ねぇ。人だと思って近づくと、いきなりグサっとやられちゃうかもしれないってことでしょう?」


 再び歩き出しつつ、雅は麗の言葉に難しい顔になる。


「正直、簡単には見抜けないと思います。……おばあちゃんは、そういうレイパーと戦った経験は……」

「私自身には無いわ。相当若い頃に、友達から、似たようなレイパーの話を聞いたくらいかしら? ただ友達が言うには、そのレイパーは化けるのがちょっと下手だったみたいで、どこかしらに不自然な点があったから、何とか見抜けたらしいけど……」

「うーん……あいつに関しては、そういったところは無さそうです。なにせ、十年以上も、その人の親友を騙していたくらいでしたから」

「それと、倒しても、肉体の破片から再生出来てしまうのも困るわねぇ……。どうやって倒しましょう?」

「んー……なるべく、派手に爆散させないように戦うしかないですね」


 問題は、それが実行出来るか。


 あれこれと作戦を練りながら、レイパーを探すこと十分程。


「……ん?」


 ふと、前の方からやってくる女性……彼女を見た雅が、妙な声を上げる。


「あら、どうしたのかしら?」


 そう尋ねながらも、麗は雅の手を引き、視線で『先へ進みましょう』と伝えてくる。


 そして……その女性と擦れ違った直後。


 麗が体の陰でこっそりと指を動かし、ULフォンを起動させてウィンドウを呼び出し、雅にそれを見せた。


「……っ!」


 息を呑む雅。


 ウィンドウには、こう書かれていたのだ。


『この先の角を曲がり、上手く奇襲をしましょう』……と。


 麗も気が付いたのだ。今擦れ違った女性に対する()()()に。


『よく気が付きましたね』


 と、雅もULフォンを起動させ、ウィンドウの文字で麗にそう伝えると、麗は少し得意気な風に口角を上げる。


『体の動かし方が、人間にしては少し不自然だったわ。あなたはどこで気が付いたのかしら?』

『今の人と同じ顔の女性と、少し前にすれ違いましたので。ほら、あのOLの人』

『あら、凄いわね。人の顔を覚えることが、得意なのかしら?』

『女の人限定ですけどね。おばあちゃんも凄いです。体の動かし方なんて、私全然分からなかったですよ』

『年の功というやつかしらねぇ。私がアーツを出すと、光でバレるかしら? 奇襲は、お願いできる?』

『いけます。任せてください』


 文字での会話をしながら角を曲がり、小道に入った二人は足音を忍ばせつつも、早足になる。


 向かうは、今擦れ違ったレイパーの、背後を取れる場所。


 そして、互いに視線を交わし――小さく、コクンと頷いた。


 雅は持っていた剣銃両用アーツ『百花繚乱』をギュっと握りしめ、軽く深呼吸し――一気に元の道へと飛び出した。


 奇襲用に、『共感(シンパシー)』で『バックアタッカー』――敵の背後から迫る際、その気配を消してくれる効果があるスキルだ――を発動させる。




 が、




「奴はっ?」

「あらっ?」




 いない。




 そのまま普通に歩いていれば、そこにいるはず。だが、OLに化けたメタモルフォーゼ種レイパーは、どこにも見当たらなかった。


 刹那、


「――っ?」


 雅の脳裏に浮かび上がる、モノクロの映像。


 それは――雅と麗が、背後から攻撃されるというもの。


 剣のようなもので、貫かれている……そんな映像だった。


 雅の『共感(シンパシー)』のスキルが発動させた、ノルンの『未来視』。


 それが警告する、未来の危機。


 雅が麗の腕を強引に引き、その場から跳び退いた直後、


 二人がいたところを、勢いよく通り抜ける、二本の剣。そして聞こえる、「ネレ!」という声。



 跳び退きながら、後方の光景が目に飛び込んできた雅は、奥歯をギリっと鳴らす。


 そこに、いた。


 両腕を長い刃に変化させたOL……メタモルフォーゼ種レイパーが、そこに。


 雅と麗がメタモルフォーゼ種レイパーに気が付いたように、メタモルフォーゼ種レイパーも、雅と麗に気が付いていた。


 これはよく考えれば当然のこと。雅の今の、桃色の燕尾服というのは相当に特殊だ。アーツも収納せずに持ち歩いており、挙句顔も割れている。気が付かないはずが無かった。


 そんな二人が、サッと角を曲がって小道に入ったところも、レイパーは実は見ていた。


 幾度となく人や物に化け、欺いてきた怪物としての勘……それが、『もしかしたらあの二人は、自分の正体に気が付いているのではないか』と悟らせた。


 そして思ったのだ。角を曲がったのは、自分に奇襲を仕掛けるつもりなのではないか、と。


 故にレイパーは、奇襲を仕掛ける雅と麗に、逆に奇襲してやろうと動いていたのだ。


 戦闘でしか奇襲をしない人間と、常時人を欺き続けなければならないレイパー……奇襲を仕掛ける、という一点においては、メタモルフォーゼ種レイパーの方に一日の長があったということだろう。『未来視』が教えてくれなければ、背後に忍び寄っていることすら気が付けなかった。雅と麗は、まんまとしてやられてしまったわけだ。


 それでも何とか、奇襲を躱せた。


 ここからは小細工無しの、真っ向勝負……と、いきたいが。


(くっ……ここじゃまともに戦うのは……!)


 道があまり広くなく、アーツを振り回すには不向きな場所に、雅は苦しい表情になる。


 元々奇襲で仕留めるつもりだったから、それが失敗した後のことまで考えていなかったのは、明確な失敗だった。


 すると、


「こっちの道へ! そっちなら砂浜があるわ!」

「逃がさないよ!」


 雅の手を引き、老体とは思えぬ程の速度で走り出した麗を、メタモルフォーゼ種レイパーは不気味な笑みを浮かべ、追いかけるのだった。

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