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第369話『怒涛』

 メリアリカ楽器店……その建物の裏で鳴り響く、金属音。


 背筋が凍り、足がすくむようなその音は、音符の力を発現させた雅と、カレン・メリアリカの姿をした二体のメタモルフォーゼ種レイパーが、激しく戦う際に発せられるものだ。


 雅の手には、剣銃両用型アーツ『百花繚乱』が二本。これは『共感(シンパシー)』のスキルで、(たちばな)真衣華(まいか)の『鏡映し』を発動したことによるものだ。ブレードモードのそれで、二体のレイパーと交戦していた。


 戦況は……驚くことに、雅が多少不利な程度。


 二対一、そして身体能力の差があるにも拘わらず、意外な程に雅は善戦していた。


「はぁっ!」


 気迫の籠った声と共に、アーツの切っ先から音符が放たれ、雅の時代から来た方のメタモルフォーゼ種レイパーへと向かっていく。


 この音符は、敵の体に蓄積し、次にヒットした雅の攻撃の威力を増幅させる効果がある。


 このことをメタモルフォーゼ種レイパーは知らないが、それでも、とても攻撃能力があるとは思えない音符には何かしらのカラクリがあるとは感じたのだろう。体を反らし、音符を躱す。


 だが、


「――ッ」


 音符が避けられることを予想していた雅は、レイパーの避ける動作に、自分の動き、そして斬撃を合わせていた。


 雅が振った百花繚乱の刃は、吸い込まれるようにレイパーの体に命中し、敵を大きく吹っ飛ばす。


 そして追撃しようと敵に向かっていこうとしたのだが――


「そぉら!」

「っ!」


 脇から、この時代に元々いたメタモルフォーゼ種レイパーが、剣に変えた腕を振り上げ迫っていた。


 しかし、雅は慌てない。


 十字を描くように放たれた斬撃をバックステップで回避すると、お返しと言わんばかりに、両手に握った百花繚乱を振り回し、嵐のような連撃を繰り出していく。


 その勢いたるや、メタモルフォーゼ種レイパーが防御に専念せねばならない程。


 それでも、


「ネワルヘテタウトッ!」


 レイパーは、剣だった腕を、大きな盾へと変形させ、雅の二つの刃を受け止める。


 それと同時に、反対の腕を大鎌に変え、雅の体を真っ二つにせん勢いで横一閃を放った。


 それを、間一髪のところで、バックステップして躱した雅。


 が、


「こっちも忘れちゃ困るねぇ!」


 再び脇から声が聞こえたと思ったら、雅の鼻の頭を、何か鋭いものが掠める。


「くっ……!」


 見れば、雅の時代のメタモルフォーゼ種レイパーが、腕を弓に変え、矢を乱射してきていた。


 飛ばしている矢は、自身の体の一部を変えたもの。鋭い矢じりへと変形したそれは、音もなく空気を切り裂き、恐ろしいスピードで雅へと向かってくる。


 横方向へと走りながら攻撃を避けつつ、雅は片方の百花繚乱の柄を曲げてライフルモードへと変形。


 その銃口をレイパーに向け、負けじと桃色のエネルギー弾を乱射する。


 そして――放つのは、エネルギー弾だけではない。


 エネルギー弾に混ざり、放たれるは音符。


 大量のエネルギー弾が上手くカモフラージュとなったのか、レイパーは音符に反応するのが遅れ……ついに、


「ッ? トヤゾマイ……ッ?」


 体内に吸い込まれた音符に、戸惑いの声を上げる。


 しかし雅はレイパーへ、追撃しに行くことは無い。何故なら――


「そぅら!」


 この時代に元々いたメタモルフォーゼ種レイパーが、腕を鞭に変化させ、雅へと叩きつけてきたから。


 片手に持った、ブレードモード百花繚乱で攻撃を凌ぐ雅。その顔に、あまり焦りは無い。


 両腕から繰り出される鞭の攻撃は強力だが――鞭故に、攻撃のモーションには『振り上げる』際の大きな隙が必ず生まれる。


 そして――


「ここだ!」


 レイパーが見せた一瞬の隙を見逃さず、雅はもう片方の手に持った、ライフルモードの百花繚乱からエネルギー弾を放ち、敵のボディに直撃させ、レイパーを大きく吹っ飛ばした。


 その直後、


「死ねぇ!」


 横から迫る、雅の時代から来たメタモルフォーゼ種レイパーの声。


 腕を、二メートル近い長さの槍に変形させ、雅を貫きに来たのだ。


 レイパーの眼は、雅の顔面。頭蓋骨ごと、脳みそを抉ろうというつもりなのだろう。


 貰った――そう思い、邪悪な笑みを浮かべたレイパー。


 だが、


「――ッ?」


 その笑みは、嘘のように消える。


 槍の先端は、雅の額に直撃したものの、皮膚の表面から先へと刺さっていかない。まるで、バリアでも張られているような、そんな手応えを覚えていた。


 雅は発動していたのだ。『共感(シンパシー)』により、レーゼのスキル『衣服強化』を。


 元のスキルとは違い、体が鉛のように重くなる代わりに、衣服だけでなく全身の強度鎧並みにする効果を持つスキル。これが、雅を死から守っていた。


 直後、ブレードモードの百花繚乱を握る雅の手に、力が籠る。


 スキルを解除し、それと同時に、レイパーの腹部目掛けて繰り出した、刺突の一撃。


「――ッ」


 アーツの刃が、ドとソの協和音を響かせながらレイパーの身体を貫き、くぐもった声を上げるレイパー。


 全身からグっと力が抜けたレイパーを、雅はあらん限りの力で蹴り飛ばした。


 腹部にアーツが突き刺さったまま、よろめき倒れる、雅の時代から来たメタモルフォーゼ種レイパー。


 爆発四散する程ではないが、しばらくは動けないだろう。


「ちょ、未来の私、ザコ過ぎー!」


 この時代に元々いたメタモルフォーゼ種レイパーは、腕を剣に変え、倒れた未来の自分をそう罵倒しながら、雅に斬撃を放つ。


 それを後ろに退がりながら回避しつつ、雅はもう一本の、ライフルモードにしていた百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードへと変形させると、直後に縦から一閃された斬撃をアーツの刃で受け止める。


 そして始まる、鍔迫り合い。


「中々やるねぇ!」

「……っ!」


 拮抗する力……と思いきや、徐々に剣を押し込まれていく雅。


 音符の力を発現させ、身体能力も上がっているとは言え、それでもメタモルフォーゼ種レイパーの方が、僅かに力は強い。


 頬に、つーっと汗を伝わらせながら、それでも懸命に雅は、アーツを持つ手に力を入れる。


 その時だった。




 突如、雅の時代からタイムスリップしてきた方の……先程、倒れた方のメタモルフォーゼ種レイパーの身体が、突然強い光を放つ。




「――ッ? ネワ、ゴモ! トテモヤボリニヤタッ!」

「あれは……っ!」


 その光を見た雅に蘇る、過去の記憶。


 この光には、見覚えがあった。







 ――雅が初めて、異世界に転移したあの光。今、メタモルフォーゼ種レイパーが発している光は、それと同じものだったのだ。







 光は広がっていき、鍔迫り合いをする雅と、この時代に元々存在していたメタモルフォーゼ種レイパーを包み込んでいく。


 直後、フェードアウトする意識……


 …………

 ……


 そして……雅とレイパーが意識を取り戻した時、真っ先に視界に入り込んできたのは、茜色に染まる空。


 しばらく呆然としていた雅とレイパーだが、少ししてようやく、自分達が仰向けに倒れていることを理解し、起き上がる。


 近くには、光を放ったメタモルフォーゼ種レイパー。倒れたまま、ピクリとも動かない。


 それを見て、まだ動ける方のメタモルフォーゼ種レイパーは、舌打ちを鳴らして顔を顰める。


「この役立たず……これを私がやったなんて、信じたくないね……!」

「くっ……ここは……――っ!」


 レイパーに転移させられたのは分かる。つまり、ここは自分の世界なのは間違いないと、雅はほぼほぼ確信を持っていた。


 問題は、ここはどこなのか……一瞬焦った雅だが、すぐに気が付く。


 踏みしめた砂の感触……これに、覚えがあることに。


 そして海の向こうに見える、大きな島。


 その横に佇む、巨大な白い物体……否、ラージ級ランド種レイパー。


 思わず、雅は乾いた笑い声を漏らす。


 まさか、こんな偶然があるなんて、誰が思っただろうか。


 そう。ここは――







「ここに転移するなんて、思ってもみなかった。――故郷、昔の新潟に!」

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