第368話『心一』
ここは、十一年前のデルタピーク。
しかも、メタモルフォーゼ種レイパーがカレン・メリアリカに化けて生活し始めた頃だと言う。
それを聞いて、レイパーはようやく気が付く。雅が言った、『消してやる……この時間に存在できないようにっ! 根本的にっ!』という言葉の意味を。
「……君は、ここにいる私を殺そうっていうわけか」
この時代にいるメタモルフォーゼ種レイパーを倒してしまえば、雅の元いた時代で、百年前のデルタピークにタイムスリップするメタモルフォーゼ種レイパーもいなくなる。
そうすれば、デルタピークに元々打ち込まれていた杭を抜かれることも無くなり、結果としてラージ級ランド種レイパーが復活することも無い。
何より、アングレーがメタモルフォーゼ種レイパーに殺される、という事象も、無かったことに出来る。
起きているあらゆる問題が、ほぼほぼ完璧に解決出来る……というより、問題そのものが発生しなくなるのだ。
「厄介なことを……」
忌々し気にそう言いながら、レイパーの視線は、地面に刺さっている杭の方へと向く。
杭の仕組みを知っているレイパーは、外面は余裕の表情を浮かべつつも、内心では焦っていた。
地面に突き刺して、すぐくらいであれば簡単に引き抜けるが、ここの杭は九十年近くの年月が経っている。杭が持つアイザの加護は、時が経つにつれて大地に根のように張り巡らされ、もうメタモルフォーゼ種レイパーの力では、引き抜くことは出来なくなっているのだから。
かつての自分も、同じことを試し、失敗した。故にアングレーを騙し、わざわざ過去へとタイムスリップするという手間をかけたのだ。
こうなれば、メタモルフォーゼ種レイパーに残された手段は、ただ一つ。
雅を殺し、彼女が持つ時計型アーツ『逆巻きの未来』を奪い、この時代のアングレー辺りを騙して再びタイムスリップすること。
そしてレイパーの計算上、雅一人を殺すことくらいは訳ないことだった。
タイムスリップ前の言葉通り、殺し方を考え、選択する余裕すらある。
だが――
「――ッ?」
レイパーが何をするよりも、雅の行動の方が早い。
百花繚乱の柄を曲げ、ライフルモードに変化させると、エネルギー弾をレイパー……否、レイパーの足元目掛け、乱射する。
怯むレイパー、巻き上がる土煙。
土煙が晴れた時……レイパーは舌打ちを鳴らす。
その場に残っていたのは、地面に深く突き刺さる杭だけ。
雅と、残ったもう一本の杭は、消えていた。
「……ザマテレッノモト? コロ、ロハマモ」
雅が向かった場所くらい、想像がつく。
この時代のメタモルフォーゼ種レイパーがいる場所。
そう……メリアリカ楽器店だ。
***
二時間後。
山を下山し、道を走る雅。アーツと杭を持つ手には、依然として強い力が籠っていた。
しきりに、メタモルフォーゼ種レイパーが追いかけてきていないか確認しながら、肩で息をしつつも、その足を止めることはない。
そして――ふいに、本道から脇に逸れる、細い脇道が目に入った時。
「……っ」
何故だかは分からない。
だが、雅の第六感が告げていた。ここの道は、メリアリカ楽器店への近道だと。
何も疑うことなく、その第六感を信じ、雅は脇道を進む。雑草や木々が生い茂る中、人が踏んだような跡が道になった感じの通りを走っていると……目的の建物、その裏口が見えてきたことで、小さく「よしっ!」と叫ぶ。
すると、
「っと?」
木陰から『何か』がひょっこりと飛び出してきたことで、雅は初めて足を止める。
猫だ。エメラルドグリーンの美しい毛並みが、日の光を浴びてキラリと輝く。
その猫には、見覚えがあった。
「君は……ペグ?」
雅の言葉を肯定するように、ニャァァァゴと鳴く猫。
カレンの飼っていた飼い猫、ペグ。
家の外で日向ぼっこでもしていたらしいペグは、雅を見つけ、自分から近づいてきた。
そして、ペグは雅の持つ杭を、ジーっと見つめだしたと思ったら、
「……ん?」
雅の脛を尻尾で叩くと、楽器店の方へとテクテクと歩き出す。心なしか、ペグの足取りは『抜き足差し足忍び足』を意識しているように見える。
まるで「こっそり着いてこい」と言っているような、そんな気がした雅。
足音を忍ばせ、ペグの後を追う。
やって来たのは、楽器店の裏にある、小さな倉庫。
在庫品等が置かれているらしいその倉庫の裏に、ペグは向かう。
すると、
「ここは……」
倉庫の壁と、木々に挟まれて出来た、細い空間。人目に付かなさそうな場所で、物……例えば、雅が持つ杭等を隠すには、都合が良さそうな場所だ。
ペグに案内されなければ、こんなところがあるとは分からなかっただろう。
「ペグ……ありがとう」
杭を持って移動したり、戦ったりするのは、色々都合が悪いと思っていた雅。
ペグがそれを理解してくれたのかは分からないが、正直ありがたく、素直にそこに杭を隠す。
「ペグ。しばらく、安全なところに逃げていてください。あの店にいるのは、あなたのご主人様じゃない。レイパーなんです。……私がきっちり、倒してきますから」
雅がそう言ってペグの喉元をカリカリすると、ペグは雅の手の甲に顔を擦り付けた後、雅の言う通りに楽器店から離れていった。
どうやら自分の言うことを理解してもらえたようだが、あまりにもあっさり分かってもらえて、少し拍子抜けするというか、逆に心配になってしまう雅。
しかし、
「それじゃあカレン。また来るよ。……しばらくは、ゆっくり休むと良い。君が記憶喪失になった件、皆には私から話をしておくから」
「いやぁ、悪いね。何から何まで、ありがとう」
ふいに聞こえてきた、二つの声。
一人はカレンの姿をした、レイパーの声。
もう一つは、アングレーの声だ。
十一年も前だから、少し若い声だが、雅にはすぐに分かって――胸が、ざわついた。
分かってはいたことだが、この頃からメタモルフォーゼ種レイパーはカレンの姿で、アングレーや他の人達を騙していたのだ。
それでも、いざその場面に遭遇すると、心が歪になってしまうのを抑えられない。
そして、少しして……裏口から、メタモルフォーゼ種レイパーが出てくる。
裏口の戸に寄りかかり、細く息を吐き――
「トヤゾ、マヤトモヤノヤテゾコホイウトヤニ、セワルヘツミゾチ」
ニヤりと口元を歪めて発せられたその言葉が、雅の耳にはっきりと飛び込んできた。
人の言葉ではない言葉。……何を言っているか分からない、レイパーの言葉。
それを聞いた瞬間には、もう雅の手は動いていた。
ライフルモードの百花繚乱の銃口をレイパーへ向け、エネルギー弾をぶっ放す。
直線的に飛んでいった桃色のエネルギー弾。それをレイパーが察知した時には、もう遅かった。
咄嗟に体を捻って避けようとするが、避け切れない。
エネルギー弾はレイパーの手に直撃し、腕を弾け飛ばす。
飛び散った肉片が地面に落ち……ブヨブヨの、ピンク色のスライムへと変化した。
レイパーの腕から、血は出ない。欠損した腕の傷口も、元のスライムのものへと変化していたから。
それでも、痛みは感じたのだろう。顔を顰め、「誰だっ!」と叫び、攻撃が飛んできた方を見る。
そして、雅を見て……レイパーは驚いたように、大きく目を見開いた。
カレンとよく似た顔の雅を見て、驚いたのだろう。もしかすると、カレンが帰ってきたと、一瞬でも思って焦ったのかもしれない。
飛び散ったスライムが、レイパーの腕に集まり、再生する。手の動きを確かめるように、握りこぶしを作ったり開いたりしながら、レイパーは口を開いた。
「誰だか知らないけど、これを見られた以上、君の命は無いねぇ。……私がカレンじゃないって、何で分かった?」
「私は未来人です。お前が未来でやることを止めるため……お前を殺しにきた」
雅が冷たく言い放った言葉。
それに、レイパーは眉を顰めて首を傾げる。
そして、品定めするように雅を眺めると、「まいったね、こりゃ」と呟く。
「その服、そのアーツ……この世界のものじゃない。ってことは、もう一つの世界の女か。それにしても、この顔の女と、そっくりな女だ」
「……っ!」
雅は百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードにすると、地面を蹴ってレイパーへと突っ込んでいく。
レイパーも腕を剣に変化させ、雅を迎え撃った。
刃がぶつかり合う、甲高い金属音が、二度、三度と鳴り響く。
両者、一歩も引かない互角の戦い。
だが、その刹那、
「――っ!」
背後から、何かが襲ってくる気配がして、雅は振り向き、アーツを振るう。
直後、激しく響く金属音。
後ろから奇襲してきたのは――予想はしていたが――一緒にタイムスリップしてきた、もう一体のメタモルフォーゼ種レイパー。
そいつが、腕を斧に変化させ、雅に斬りかかって来ていたのだ。それを、間一髪のところで防いだ形になっていた。
一瞬の鍔迫り合い。
だが、咄嗟のことだったため、上手く力が入らなかった雅が、すぐに弾き飛ばされてしまう。
そして、この時代に元々存在していた方のメタモルフォーゼ種レイパーが、吹っ飛ばされた雅へと斬撃を放つが――雅はそれを、辛うじて百花繚乱で防ぎ、しかし衝撃を完全に殺しきれず、地面をゴロゴロと転がされてしまった。
起き上がる雅の前で、並び立つ二体のメタモルフォーゼ種レイパー。
「いやー、昔の私じゃん。十一年前ともなると、若いねー」
「いや見た目変えられるんだし、若さとか関係なくなーい? ……なんつって、はは。てか、未来の私、説明よろー」
「…………」
冗談なのか悪ふざけなのか、よく分からないやりとりを聞きながら、雅はヨロヨロと立ち上がる。
肩で息をして、視線は地面。俯く雅の表情は、レイパーには見えない。
「悪いねー。ちょっと色々しくじっちゃって……タイムスリップ出来るアーツを見つけて、一度封印は解いたんだけど、あの子に邪魔されたんだ。もう一回タイムスリップしないといけないから、あの子殺してアーツを奪いたいんだよね。ちょっと協力してくんない?」
「おけおけ。仕方ないなー、未来の私。そんじゃ、ちょっと頑張りますか」
「…………」
「さぁどうする? 君独りで、この状況をどうにか出来るかな?」
「二兎を追う者は一兎をも得ず、だっけ? 未来の私を殺してからここに来れば良かったのに、君は愚かだねー」
不敵に笑う、二体のカレン・メリアリカの姿をしたメタモルフォーゼ種レイパー。
だが、雅は顔を上げると――全く揺るぐことなく、静かに口を開く。
「大事な人が、二人も殺された」
「は? 何?」
「お前は……お前達はカレンさんの姿を勝手に借りて、人々を騙し、身勝手に時を超え、アングレーさんを殺した……! それ以前に、お前達みたいな奴らのせいで、エスカさんが死んでしまった……!」
「だから、何?」
「そして巨大なレイパーを復活させて、歴史まで滅茶苦茶にした! この目で見てはいなくても、きっと私の時代に、何かしらの影響が出ているなんてことは容易に想像がつく! お前達に自覚があるのか無いのか知らないけど、私の時代の仲間達をも危険にさらした! 絶対、絶対に……絶対にっ! 許さない!」
その瞬間。
雅の中で、『何か』が変わる。
それはまるで、歯車が噛み合ったような、そんな感覚。
刹那、二体のレイパーの視界は、捕える。……雅の瞳に移る、カレン・メリアリカの姿を。
そこに映るカレン・メリアリカの瞳には――メタモルフォーゼ種レイパーがどんなに精巧に化けたとて決して宿せない、力強い『光』が宿っていた。
二体のレイパーが、その『光』に気圧され、一歩後退った瞬間、
雅の身体から、美しいヴァイオリンの音色と共に、五線譜が飛び出てくる。
五線譜は雅を中心にグルグルと広がるように宙を飛び回り、進行方向にいた二体のメタモルフォーゼ種レイパーに触れると、そいつらを派手に吹っ飛ばした。
そして五線譜は雅の方へと収束していき、雅の体に纏われ、彼女の体を七色に発光させる。
「もう二度と、お前達の好きにはさせない! 何が何でも……死に物狂いで、お前達を倒す!」
光が弾ける。
そこに立つ雅が纏うは、桃色を基調とした、まるで合奏の指揮者が身に着ける燕尾服。
かつて魔神種レイパーや、人工種のっぺらぼう科レイパーと戦った時に変身した、あの姿……それに、雅は今再び、変身していた。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




