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第367話『血上』

 洞窟から脱出し、杭を打ち込めそうな場所を探しに山を下る雅。


 上手くミドル級ガーゴイル種レイパーに隙を作り出せたことで、何とか撒くことは出来た。


 後は、杭を打ち込むだけだが、どこでもいい訳では無い。


 ラージ級ランド種レイパーに近づくことは勿論、打ち込んだ杭が簡単には見つからない場所……それこそ、洞窟のような場所である必要がある。そんな都合の良い場所はあるのかという話になるのかもしれないが……実は雅には、洞窟では無いが、一か所心当たりがあった。


 この時代から百年前、エスカと共に魔王種レイパーとミドル級ワイバーン種レイパーから逃げる際のこと……雅とエスカはあの時、森に身を隠した。


 丁度あの森は暗く、人目に付き辛く、誰かが入ってきそうな場所でも無い。


(あの魔王のレイパーすら欺けたんだ! あそこなら大丈夫なはず! 問題は時間……!)


 焦るな、と自分に言い聞かせたとて、焦燥感の募りは止められない。


 既に、雅がこの時代で行動を始めてから五分が経過していた。


 洞窟から森までの、正確な道順なんて知っているわけはない。


 風景の記憶、おおよその位置……ほぼ勘を頼りに、雅は走っていた。


 無論、他に良い場所がないかも探しながら。


 そして――


「――っ! あそこだっ!」


 思わず、雅の口から声が大きな漏れる。


 あの頃とは、僅かに風景が変わっているものの、雅の勘が告げる。


 ここが、探し求めていた……エスカと身を隠した、あの森だと。


 木の根っこに躓きそうになりながら、生い茂る葉っぱが頬に傷を付けることも気にせず、蜘蛛の巣を払いのけ――奥に向かう雅。


 辿り着いたのは……偶然か必然か、雅とエスカが身を潜めていた、丁度その位置。


 身を寄せ合い、息を潜め、必死に気配を殺していたその場所は――記憶の補正という点は否定できないが――、不思議と足を踏み入れ辛いような、ある種の神聖さがあるように雅は感じる。


 とは言え、この空間の独特な雰囲気を楽しむ時間は無い。


 持っていた剣銃両用アーツ『百花繚乱』、そして二本ある杭の内の一本を手から離し、残った一本に、あらん限りの力を込めて振り上げた。


「間に合え……っ!」


 目一杯の力で。


 地面に深々と。


 封印の魔法と、大きなエネルギーが込められた、大人の身長程もあるその杭を、雅は地面に突き刺した。


 刹那――


「っ!」


 大気が……この空間が、うねりだした。


 直後、激しい地鳴りと共に、神々しい魔法陣が、大地に無限に広がっていく。


 そして……


「……っ?」


 雅の耳に飛び込んできた、微かな雑音。それはまるで、小さな悲鳴のようだった。


 確証はない。だが、雅は悟る。


 ラージ級ランド種レイパーが、再封印されたのだと。


「……終わった……? ――そっか、はは、ははは……はぁ……」


 体からスーッと力が抜けて、その場に座り込む雅。


 喜びや達成感よりも、安堵感の方が先に来る。


 無事に、やるべきことを一つ、終えたのだ。この後のことは、今は少し考えたくない。


 とにかく体を休めたい……そう思った。




 だが。


 その瞬間。




「――っ」




 不意に感じた、不可思議な殺気に、雅は半ば反射的にその場を跳び退く。


 直後、雅が今までいたところを通り抜ける、斬撃のような圧。


 地面に転がしていた自身のアーツ、百花繚乱、そして最後の一本の杭を掴みながらも、雅は一体何が起きたのか分からなかった。


 しかし――。


「おまえ、は……」


 自分に攻撃をしてきた『そいつ』を見て――目を大きく見開いた。




 桃色のボブカットに、渦巻きを描くアホ毛。


 まるで雅のような姿をしつつも、その眼に宿る光は鈍く、禍々しい。




 カレン・メリアリカ――否、『カレン・メリアリカ』の姿をした、メタモルフォーゼ種レイパーだった。




「な、なんで……お前が……」


 呆然とした掠れ声で雅が尋ねると、レイパーの口角が――まるで麻痺しているような、ぎこちなさはあったが――上がる。


「ひ、さ、しぶり、だねぇ……。いや、私的にはさっきぶりなんだけどさ。また会えるなんて、思ってもみなかったよ。色んな意味でねぇ!」


 威嚇するように言い放ったレイパー。


 刹那、カレンの姿を保てなくなったのか、その姿が一瞬だけぐにゃりと崩れ、元に戻る。


 それを見て、雅は息を呑んだ。


 一瞬だけ見えたのは……メタモルフォーゼ種レイパーの、本当の姿。


 ピンク色のスライムのような、半透明なジェルだった。


 そいつには、見覚えがある。


「お前……二百年前、ガルティカ遺跡にいた……!」


 そう、エスカと共にガルティカ遺跡に行き、そこで魔王種レイパーやネクロマンサー種レイパーを見かけた時……謎の、ピンク色のスライムみたいな生き物がいた。


 こいつは、まさしくそいつだったのだ。


「あー、そんじゃ、やっぱあそこでコソコソ隠れていたのは、あんただったのね。ま、その杭に、あの馬鹿女の力が注入されているのを見た時からそんな気がしていたけど。……こんなことになるなら、私もあそこに残って、あんたを始末しておけば良かった」

「だけど、なんでお前は生きて……アングレーさんに、倒されたはずなのに!」

「いやぁ、意外と分からないものだねー。……正直、私も予想外だったよ」


 アングレーに刺され、相討ちになったメタモルフォーゼ種レイパー。


 その後、爆発四散したのだが……その際、体の一部は、偶然にも無事だったのだ。


 スライム状だから――このレイパーは、再生力に優れている。例え、どれだけ本体が損傷しようとも、一部分が残っていれば、再生できるのだ。


「無事だった体の一部を集めて増やして、やーっと復活出来たよ。惜しむらくは、君が杭を打ち込むのには間に合わなかったことかな」


 体を再生させつつ、雅の後を追っていたレイパー。


 その時はただのスライムであり、存在が希薄だった。加えて近くには、ミドル級ガーゴイル種レイパーがいた。そして何より、雅の頭がラージ級ランド種レイパーの再封印のことで一杯だった。……色々な要素が重なり、雅はメタモルフォーゼ種レイパーのことに、気が付けなかったのだ。


「まさか過去に戻って、杭にエネルギーを集めて再封印を図ろうとするなんて思ってもみなかった。……やっぱり油断ならないね、君は」

「…………」

「でも、君の活躍もここまでだよ。復活したてのひ弱な体でも、君を殺すのには充分だ。さっさと君を始末して、その杭を抜かせてもらう。その手に持っている、もう一本の杭も没収させてもらうよ――頼まれてんだよね、『過去に戻って、封印を解いてこい』ってさ。手ぶらで帰るわけにはいかないんだよ」


 瞬間、メタモルフォーゼ種レイパーの腕が変形し、鋭い剣となる。


「ヒヤヒヤさせられた礼だ。思いっきり惨たらしく殺してあげる。アングレーから君のことを聞かされた時から、君はどんな悲鳴を上げるのか気になって夜しか眠れなったんだ。精々ヴァイオリンの音色程度には、綺麗な声で苦しんでもらいたいね」

「……むざむざとやられるつもりは、毛頭無いです」

「へぇ、やる気? まぁこっちとしては、ちょっとくらい抵抗してもらった方が楽しめるけど、無駄な足掻きじゃない? アングレーみたいに、無駄死にするのがオチってものさ」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、そう言い放つレイパーに、雅は奥歯をギリっと鳴らす。


「……ここでお前を倒したところで、また復活するから、ですか」

「そういうこと! この時代に私を連れてきてしまった時点で、君の負けなんだよ!」

「……そう、ですか」


 自分は今、どんな醜い顔をしているのだろうか。雅はふと、そう思う。


 まともにレイパーと会話したのは、今回が初めてのこと。そしてメタモルフォーゼ種レイパーの一言一言は、どうにも雅の神経を逆撫でしてしまう。


 頭の中で組み立てていた、これからの行動の計画が、一瞬で崩壊する程に……頭に血が上っていた。


(この時間軸に、このレイパーがいる限り……変えられた歴史は、元に戻らない。ならば――)

「……エスカさん、ごめんなさい。言いつけ、破ります。だけど、こいつは……っ!」


 掌から、血が出る程に力が籠る。


 冷静になろうと努めても、深呼吸しても……どうやっても、もう雅は我慢がならなかった。


 時間というものに対し、余計な介入をすべきでない……それを理解した上で、雅は口を開く。


「消してやる……この時間に存在できないようにっ! 根本的にっ!」


 雅は、地面を蹴って突っ込んでいく。


 レイパーが、剣となった腕を振りかざす中、雅は片手に百花繚乱と杭を持ったまま、もう片方の手をスカートのポッケに突っ込む。


 その行動の意図が読めず、目を見開くレイパー。


 だが次の瞬間、雅の体が光を帯びたのを見て、雅が何をしようとしているのか理解する。


「――ちぃ!」


 舌打ちをして、雅の目論見を止めようとするが、時既に遅し。


 雅が纏う光は、レイパーをも包み込み――




 次の瞬間にはもう、雅とレイパーの姿は、消えていた。




 ***




 そして――


 雅と一緒に消えたはずのレイパー。


 光に包まれた後、僅かな間、意識は闇に閉ざされていた。


 しかし、


「……ッ!」


 その意識がはっきりしだした瞬間、鋭く重い衝撃が、レイパーの腹部に直撃し、吹っ飛ばされる。


 地面を転がり、咳き込みながら体を起こし……そこで視界に捉える。百花繚乱を横に振った後の体勢をとっていた、雅のことを。


 斬撃を受けたのだと、レイパーはやっと理解した。


 斬られたところを手で抑えながら、辺りをキョロキョロと見回す。


 ここは森の中。雅の背後には、ラージ級ランド種レイパーを封印している、一本の杭。


 しかし生い茂る木々も、打ち付けられた杭も、どこか年季を感じさせる。


「……ねぇ、どこに飛んだの?」


 雅を包みだした光は、時計型アーツ『逆巻きの未来』が起動したことによるものなのは分かった。


 だから、タイムスリップしたのは間違いないのだが……問題は、今はいつの時代なのか、だ。


 尋ねられた雅は、レイパーに、冷たい怒りに満ちた鋭い視線を向けながらも、口を開く。


「私達が元いた時代から、十一年前です」


 と。


 そう。この時間軸は――丁度、メタモルフォーゼ種レイパーが、カレン・メリアリカに化けて生活し始めた頃だった。

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