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第365話『数奇』

 束音(たばね)(みやび)


 明るく、フレンドリーな彼女だが、実は天涯孤独である。彼女の血筋は、今は雅以外に存在しない。本人はあまり触れないが、雅は身内や親戚の死に、何度も直面させられていた。


 レイパーが蔓延る世の中、家族や知り合いの死に何度も立ち会った人というのは多いが、天涯孤独になるまで身内を殺されたというのは流石に稀である。


 しかも雅の場合、レイパー関係無しに身内が病気や事故で何人も亡くなっているのだから、相当なレアケースだろう。


 改めて考えると……束音雅の、これまでの人生で起きた出来事の中には、いくつか不思議な点がある。


 異世界転移させられたことは、その筆頭か。


 現れたレイパーを倒し損ね、挙句妙な光に包まれた結果、彼女は見知らぬ地で多くの仲間に出会い、再び元の世界に戻ってきた。


 戻ってきたら戻ってきたで、今度は二つの世界が融合するなんて事態だ。色々と要因はあろうが、世界融合の一因には、雅がやってきたことも多少なりとも含まれるかもしれない。


 天空島が天空塔に変形し、その最上階で魔王種レイパーと死闘を繰り広げたこと。その後、喜怒哀楽のお面の事件の最前線で戦ったこと。……どちらも、普通の人が普通に生きて、普通に経験出来るようなことではない。


 しかし――それよりももっと前にも、雅は普通の人が経験しないような事件に直面していた。


 例えば両親――父親は束音(いさぎ)、母親は束音(せん)という名だ――だが、雅が五歳の時、事故で亡くなった。この事故も、不可解な点がいくつかあったのだ。


 その日のことは、幼かったこともあり、雅はよく覚えていない。


 ただ(いさぎ)(せん)、そして雅の三人で、山と海に挟まれた道をドライブしていたのは覚えている。後で聞いた話だが、西蒲区の、越後七浦シーサイドラインでの出来事だったそうだ。


 休日のドライブ……普通に家族水入らずで楽しんでいたところ、山からの落石に遭った。


 岩は車に直撃し、運転席、及び助手席にいた両親は当然即死。後部座席にいた雅も重体だったのだが、奇跡に助かった。


 レイパーが関係しない、不幸な事故……なのだが、実は二点、奇妙なことがある。


 一つ目は、事故の後、雅の髪色が変わったこと。


 雅の桃色の髪は地毛……なのだが、生まれた時は黒髪だった。それが、不思議なことに、綺麗な桃色へと変化したのだ。


 こんな前例はこれまでなく、医者も何が何やらと大変不思議がったのだが、結局『事故のショックなのだろう』と結論付けられた。


 そしてもう一つの奇妙な出来事……それは、事故現場に、ヴァイオリンの音が響いていたこと。


 ほんの一分もしなかったらしいが、近隣の住民が、確かにヴァイオリンの音を聞いたらしい。


 雅達以外、現場に人はいなかった。そして唯一の生き残りである雅も、とても体が動かせる状態ではない。


 となれば、誰がヴァイオリンを弾いていたのか。


 一節には、実はこの事故の裏にはレイパーが関わっていたのではないかと考えられたりもしたのだが、結局真相は闇の中。


 そのヴァイオリンを聞いた人が、こう証言した。


 僅かな時間の演奏だったが、不思議な程に悲しく、美しい音色であった……と。


 ……と、このように奇妙な出来事に見舞われながらも、今日まで生きてきた雅。


 そんな彼女は、今度はタイムスリップという、普通に生きていれば絶対に経験することのないものに巻き込まれていた。


 百年前のデルタピーク――エンドピークにある山だ――で、カレン・メリアリカに化けていたメタモルフォーゼ種レイパーと交戦した挙句、アングレー・カームリアの死とラージ級ランド種レイパーの復活に直面。


 命辛々窮地を脱したと思えば、不幸な偶然により、今度は二百年前のエンドピークにやってきてしまった。そこで、竜人のエスカ・ガルディアルと出会い、海を渡ってガルティカ遺跡へ移動。


 遺跡にあるピラミッド――異世界では、ピラミダと呼ばれている建造物の内部にて、レイパーが『輪廻転生する』という事実を知り、魔王種レイパーをピラミダ内部に閉じ込めることと引き換えに、エスカを殺されてしまった。


 そして雅は、再び時を移動する。


 百年前のデルタピーク……丁度、雅がタイムスリップした直後に。




 ***




「……ここは?」


 ガルティカ遺跡から、時計型アーツ『逆巻きの未来』によりタイムスリップした雅。


 光に包まれ、目を開けると、そこは見覚えのある洞窟だった。


 エスカ曰く、博愛の神アイザの加護に満たされている場所からなら、タイムスリップした場所と時間、あるいはタイムスリップする際にいた時間と場所に移動できるはずだということだったが、その予想は正しかったと、雅は安堵する。


 これが叶わなければ、最早どうにもならなかったから。


「さぁ……やりますよ……!」


 気合を入れるように呟いた雅の言葉が、洞窟に響く。


 ブレザーの無い、ワイシャツ姿にスカートの汚れを払い、雅は百花繚乱を握ったまま、ムスカリ型のヘアピンと、首元のチョーカーに手を添える。まるでそこから、勇気を貰うかのように。


 これからやろうとすることは、正直雅には荷が重い。


 気を張らねば体は震え、恐怖で挫けそうになってしまう。


 だが、負けるわけにはいかない。もう既に二人の命が失われているのだ。


(こんなところで、怯むもんか……!)


 やるべきことが、山ほどある。


 まずは、歴史の修正だ――。

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