第364話『爆命』
「はぁぁっ!」
部屋の扉を開け、近くまで迫っていた魔王種レイパーに突撃していくエスカ。
ニヤけ顔を浮かべながら、悠々と歩み寄って来ていた魔王種レイパーが何をするよりも早く、エスカの跳び蹴りが放たれる。
扉がバタンと閉まる大きな音や、雅の制止の声を置き去りにするかの如く、電撃のような速度で攻撃しにいったエスカだが――魔王種レイパーはニヤけ顔を崩さぬまま腕を振るい、エスカを弾き飛ばしてしまった。
しかしエスカは空中で一回転すると、上手く床に着地し、直後、声を張り上げて再び魔王種レイパーへと突っ込む。
太く、しなやかであり、何より強靭な尻尾で、敵へテールスマッシュを繰り出した。
空気を震わせながら、勢いよくレイパーへと向かっていく尻尾。
だが、
「ネワアレトォ!」
テールスマッシュを迎え撃つために放たれた魔王種レイパーの鋭い蹴りが、エスカの尻尾を軽々と弾き返す。
それでも、エスカは負けない。
爪を振り上げ飛び掛かり、攻撃すると見せかけ――一瞬の内に床に伏せると、尻尾を振るい敵の足を払う。
体勢を崩され、前につんのめるレイパー――その顎に、エスカの硬い爪が、アッパーのようにヒットする。
普通の魔物なら、頭が飛んでいく程の威力。攻撃が直撃した時の鈍い音も、今の一撃の重さを証明していた。
必然、大きく仰け反る魔王種レイパーだが――
「っ?」
その口角が、今の一撃の痛みを悦ぶかのようにニヤリと歪んだことで、エスカは顔を強張らせる。
「ハルゾ。ハイムオレ、ソバノリタロウマルビメボサヘレ」
ゆっくりと上体を起こしながらそう呟く魔王種レイパー。
底知れぬ恐怖に、エスカは一歩後退るも……それでもすぐに、再び敵へと攻撃しにいくのだった。
***
「エスカさん……っ!」
部屋の外から聞こえてくる戦闘音……そして、エスカの苦しむ声に、雅の顔が焦燥に歪む。
雅の視線は、装置にエネルギーを補充するため、魔法陣に持っていった杭に向けられる。
エスカを助けに行きたい雅だったが、それが出来ない事情があった。
今、杭を魔法陣の中心に打ち付けたような格好の雅は、その状態のまま動けなくなっていたのだ。恐らく、床に出現した魔法陣の効果だろう。エネルギーの充填が終わるまで、この状態が続くと思われた。
「早く……早く吸い取って!」
そう叫んでも、杭からエネルギーを吸い取る速度は変わらない。どれくらい杭にエネルギーがあるのか分からないが、想像以上に時間が掛かっていた。
(エネルギーの補充が終われば、この部屋にあるアイザ様の加護を増幅させることで、奴を退けてエスカさんを助けられる……! だから、もっと早く……っ! エスカさん、どうか無事で……!)
エスカがやられている音を黙って聞くことしか出来ないことを歯がゆく思いながらも、雅はエスカの無事を祈るのだった。
***
「ぐっ……!」
エスカの苦悶の声が、通路に鈍く響く。
戦況は、明らかにエスカが劣勢だった。
痣や傷が全身に広がり、動きにも疲れが見え、視界も霞む……そんなエスカとは裏腹に、魔王種レイパーは余裕綽々。
通路が狭い故に、完全な竜の姿で戦えないことも、劣勢に拍車を掛ける要因となっている。
それでもエスカは、諦めない。
生まれ持ち、そして鍛え上げた筋肉や竜の鱗……それらを全て駆使して、果敢に魔王種レイパーを攻め立てる。
気合を込めた声を張り上げ、爪や蹴りで攻撃し――
「はぁっ……!」
レイパーの頭部目掛け、勢いよく尻尾を振り下ろす。
しかし――
「っ!」
魔王種レイパーは、その攻撃をするりと躱し……エスカの背後に、素早く回る。
来るであろう背後からの攻撃に備え、咄嗟に後ろを振り返りながら防御行動を取るエスカだが、
「――しまった!」
魔王種レイパーは、エスカを攻撃することは無く、彼女に背を向けて遠ざかっていた。
向かう先は……あの部屋。
狙いは――雅だ。
そっちには行かせない――と、魔王種レイパーを追いかけるエスカ。
だが、その直後、
「――っ」
脳天に突き刺さるような、強い衝撃がエスカを襲う。
何が起こったのか、エスカは最初、理解出来なかった。
朦朧とするような鋭く、しかし鈍い痛みに、意識が遠のきかける中……彼女はそこで、ようやく知る。
魔王種レイパーは追ってきたエスカに振り向き、頭部に踵落としを喰らわせたのだと。
レイパーの高笑いが、頭にガンガン響く。奴は、エスカを無視して雅の元へと向かうつもりはさらさら無かったのだ。雅の方へ行こうとすれば、エスカは必ず追いかけてくる……その時に出来るであろう隙を狙っていたのである。
強力な踵落としの威力は、床に叩きつけられたエスカが、バウンドする程。
レイパーは無防備なエスカの体に回し蹴りを打ち込み、彼女を壁に激突させる。
血で壁を汚しながら、声にならない呻き声を上げて崩れ落ちるエスカ。
そんな彼女の首根っこを、魔王種レイパーは掴み……持ち上げる。
「ソッソッソ! ママコジゾト、エヲルタマクフキキ!」
勝ち誇った、魔王種レイパーの嗤い声。
レイパーの手から逃れようともがくエスカだが、その動きに力はない。
魔王種レイパーの、エスカを持つ手と反対の手に、黒く禍々しい光が纏う。
そして――
「っ?」
魔王種レイパーの手が、
「……かはっ」
エスカの心臓の、すぐ下を貫いた。
「…………ぁ、が……」
ドクドクと、赤い血が、魔王種レイパーの腕を伝って床に流れ落ちる。
地上に打ち上がった魚のように痙攣するエスカ。
体の熱と共に、生気がだんだんと抜けていくのが、恐怖という感情となって伝わってくる。
「コヅソ、レッペメ」
ニタリと口元を歪ませる、魔王種レイパー。
その眼が、エスカから、部屋の方へと移る。
もう、この竜人には興味がない。
次の標的の元へ行くため、エスカの体を貫いた腕を、抜こうとする。
だが。
「…………ッ」
抜けない。
魔王種レイパーの力を以ってしても、腕がまるで動かないのだ。
それもそのはず。
エスカは、全身に残った力を集め、貫かれたところの筋肉を締め込み、レイパーの腕を拘束していたのだから。
「メホコ……ッ!」
「ぁ、ぅ……ぐ……っ!」
体は瀕死でも、エスカの命は、まだ燃えている。
まだ、エスカは死にきっていない。
「わ、わた……私の、命に、代えても……あなたを……ここから先に……進ませるわけには、い、かない……っ!」
「…………ッ?」
瞬間、激しく熱を帯びるエスカ。
集めていたのは、全身の、物理的な力だけではない。
体に残った、竜の力……それも、一点に集約させていた。
魔王種レイパーが、本能的に危険を感じた、その刹那。
凄まじいエネルギーが、爆発という形となって解き放たれ、轟音と共に両者を吹っ飛ばした。
大きく吹っ飛ばされ、床に背中を打ち付けた両者。
エスカの体からは血が噴き出て、魔王種レイパーの口からもくぐもった声が上がる。
「ラ、ラタイ……!」
ダメージと怒りに体を震わせながら、魔王種レイパーは怨嗟の声を上げて体を起こす。
もはやピクリともしないエスカを、いっそ惨たらしい姿にでもしてやろうと近づいていった……その直後。
「……トテッ?」
部屋が突然、白く眩く、輝き始めたのだ。
そして、魔王種レイパーの体を、決して抗えない不思議な力が襲う。
吹っ飛ばされるように、部屋から遠ざかっていくレイパー。
そして逆に、エスカの体は部屋へと吸い寄せられていく。
魔王種レイパーとは対照的に、エスカにはその光が、柔らかく、温かい力に満ち溢れているのを、本能で感じていた。
(そう……ミヤビ殿……やったのね……!)
エネルギーの充填が終わり、アイザ様の加護を増幅させる魔法を発動させたのだと分かった。
部屋の扉が、開く。
体の傷も、僅かながら癒えていく感覚に包まれながら、エスカは部屋の中へと入っていくのだった。
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