第363話『増幅』
神殿のあった、広い部屋から逃げ出したエスカと雅。
だが、竜が通るには通路は狭い。
故にエスカは背中や腕……一部分だけを竜化させた姿で、雅を背負い、低空飛行で進んでいた。
しかし、
「くっ……撒けない……!」
後ろから聞こえてくる魔王種レイパーの高笑いが、一向に小さくならない。
振り返っても姿は見えないが、かなり近くにいる証拠だ。
完全に竜の姿になっているのならともかく、今のこの姿で、しかも雅を背負っている状態では、魔王種レイパーを引き離す程の速度は出せない。
距離が縮むことも無く、一定の距離が保たれている……となると、
(……遊ばれている……奴に……!)
歯噛みするエスカ。
恐らく、獲物を追いかけることを楽しんでいるのだろうと、何となく分かった。
そしてそれは、雅も同じ。いや雅の方が魔王種レイパーの性格をよく知っている分、エスカよりも早い段階でそれに気が付いていた。
が、それが分かったとて、どうなるわけでもない。ただひたすらに逃げることしか、今の二人には出来ないのだ。
それでも、雅の目は絶望に染まり切ってはいない。
自分の中の第六感……それが、とにかくあの部屋に行け、と叫んでいる。
雅自身、さしたる根拠は無くとも、あの部屋に行けば、何かが変わる……そんな予感がしていた。
そして――十字路に差し掛かる。
「エスカさん! そこを左に!」
そう叫びながら、雅は杭の先端で、右の通路を指し示す。
ハッとした顔になるエスカ。雅の意図を、彼女は理解したのだ。
丁度、魔王種レイパーの視界から自分達の姿が消えている状況。近くにいるのは間違いないが、これを生かさない手は無い。
勘違いしてくれれば儲けもの。魔王種レイパーに聞こえるよう、声を張り上げたのはわざとだ。
(奴なら、気配で私の嘘を見破るかもしれないけど……ちょっとでも時間が稼げれば充分!)
右に進んだ通路の先……煌びやかな装飾が施された扉が、そこにあった。
以前、ミカエルと共に辿り着いたその部屋。
(お願い! 何かあって!)
藁にも縋る思いで、エスカと共に力一杯に扉を開き、中に飛び込む。
そして、魔王種レイパーが来る前に、急いで扉を閉める二人。
心臓が、胸の内側から激しく叩く痛みに顔を顰めながらも、取り敢えずは何とか撒けたかもしれないと、汗を滴らせながら床に座り込む。
「はぁ……はぁ……こ、ここは……っ!」
中を見たエスカは、驚愕に目を見開いた。
床に敷かれた白い絨毯。壁に飾られた、観賞用の武具。
そして入口と反対方向の壁に描かれた、アイザと竜、ひれ伏す人々の絵。
「な、なんと……こんな部屋が……!」
「ミカエルさん……私の仲間が言っていました。ここは恐らく、ガルティカ人にとっての教会のような場所だったのかもしれないって」
言いながら、雅は不安そうな目で、部屋全体を見回す。
(……なんか、変だ。前来た時は、もっと何か、感じるものがあったはずなんだけど……)
神秘さが足りない、とでも言うのだろうか?
雅にはこの部屋が、以前来た時よりも色あせて見える、そんな気がした。
「……ん?」
そんな中、雅は気が付く。
部屋の隅に、謎の装置があることに。
雅の腰の高さ程まである、細い台の上に乗った、薄い板。
こんなもの、前に来た時は無かった。だが装置は、周りに置いてあるものと比べても、古さは遜色ない。この部屋が出来た当時から、置かれていた雰囲気がある。
雅がそれに触れると、突然、板が淡い光を放ち、雅は「きゃっ」と悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
「いえ、これが突然……んんっ? 何か文字? ですかね?」
板に浮かび上がる、謎の記号。
恐る恐る雅が指でなぞると、指の動きに合わせ、その文字が動き、別の文字が現れてくる。
「ULフォンのウィンドウ操作に似てます……。いや、タブレットに近いかも」
「ここに浮かんでいるのは……ガルティカ言語のようね。ちょっと見せて頂戴」
「読めるんですか? 凄いです……!」
「ちょっとだけね。他の竜に習ったことがあって……ふむふむ、んー……ふぅん? この装置……遺跡の中に特殊な魔法をかけることが出来るみたい。内容までは不明だけど……あ、いえ、これは……!」
眉を傾けながら、浮かぶ字を読んでいたエスカ。途中で、何かに気が付いたようで目を見開く。
「この部屋に存在するアイザ様の加護を、増幅させることが出来るみたい!」
「アイザ様の加護……じゃあ、もしかして……!」
「ええ! これが発動すれば、少なくともこの部屋には、奴らは入ってこれなくなる! ……ただ、この装置自体にエネルギーが足りないみたいで、魔法を発動させることすら出来ないみたい。エネルギーを充填する機能があるから、何かで補充する必要があるのだけれど……」
「エネルギーが足りない? なら――」
雅とエスカの視線が、杭に向く。
元々、この杭や時計型アーツ『逆巻きの未来』にエネルギーを補充するための装置を探していた雅達。
これを、逆にエネルギーに出来れば、この装置を動かすことが出来る。
「だけどそれだと……」
思わず逆巻きの未来が入っているポケットを見つめる雅。
これをエネルギーにしてしまえば、雅は元の時代に帰れなくなってしまう。
しかし、
「大丈夫。この装置と同じようなものが、遺跡の他の場所にもあるみたい。そっちの装置に残っているエネルギーを、この装置に集めることも出来そう。だから、この装置を動かすだけのエネルギーがあれば……」
「そっか! 杭一つくらいのエネルギーで装置を動かせるようになれば、逆に他の杭、それと……」
「ええ! 『逆巻きの未来』というアーツにエネルギーを補充出来るかもしれないわ!」
「やってみる価値はありそうです!」
それに、とエスカは続けて、眉を顰める。
「この装置、どうもピラミダの中と外を行き来出来る機能もあるみたいよ。それがいくつもあるということは……きっと奴ら、この機能を使って出入りしていたのかもしれない」
「成程、それで奴らはここにいたんですね!」
辿り着いた先で、よもやこんなものが見つかるとは……第六感というのは馬鹿にならないと思わされる雅。
早速、エネルギー充填の機能を起動させる二人。
すると、
「おおっ!」
部屋の真ん中に魔法陣が出現して、エスカは感嘆の声を上げる。
「よし! ――多分、あそこに杭を置けばいいんだと思うわ!」
「分かりました! ……っととっ?」
杭を一本、魔法陣の中央に持っていった雅。すると杭の先端が床に吸い寄せられていく。
まるで地面に杭を打ち付けるような格好になった雅。
だが、その時。
背筋の凍るような嫌な声が……覚えのある恐ろしい声が、部屋に向かって聞こえてきた。
「っ! あいつ……もうこっちに……!」
「あなたはここに! 奴は私が抑える!」
「だけどそれじゃあ、エスカさんがっ!」
「奴をこの部屋に入れる訳にはいかないわ! だってここは……!」
エスカが視線を向けた先は、壁画。
この前で、多くのガルティカ人が祈りを捧げていた……それだけ、ここは神聖な場所ということだ。
それを、レイパー等という奴らに土足で踏み荒らされるのは、我慢ならなかった。
そして何より――
「ミヤビ殿には、やるべきことがあるんでしょう! 私が何としても、時間を稼いでみせる!」
「それは……」
「……絶対、止めてみせるわ! シャロンの大切な友達に、手出しはさせない!」
雅が引き止める言葉が出ずに詰まる中、エスカはそう叫ぶと、部屋を飛び出す。
想像よりもすぐ側にいた、魔王種レイパーと戦うために――。
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