第362話『脱兎』
「――っ」
魔王種レイパーが初手に放った鋭い蹴り。
エスカがそれを躱せたのは、本当に偶然だった。
雅を背中に隠す中で、僅かに偏った重心。それに伴い、少しばかり傾けた顔……その頬を、敵の足が掠める。
乾いた鉄の、嫌な臭いに顔を顰めながらも、エスカは変身する。――シャロンと同じように、体の一部分だけを竜化させた姿に。
そして――
「舌を噛まないように!」
「えっ? ――きゃぁっ!」
エスカは雅をこの場から遠ざけるため、彼女の腕を掴むと――遠くまで、彼女を投げ飛ばしたのだ。
視界が激しく揺れ、何が何やらも分からない。状況を把握しようとした刹那、突如背中に激しい衝撃が襲い、直後、激痛が胴体を駆け巡る。
地面に背中から落ちたのだと理解したのは、その後だった。
その衝撃で、剣銃両用アーツ『百花繚乱』や杭を手放さなかったのは、せめてもの意地といったところか。
チカチカする視界と、クラつく頭。それでも気合で上半身を起こすと、
「ぐっ……!」
目の前には、既に白熊種レイパーが迫っていた。
雅の体を噛み千切ろうと、大きな口を開けて飛び掛かってくるレイパー。
あわや、その牙が雅に届く寸前――雅は足に力を込める。
一日一回だけ仲間のスキルを使える『共感』スキル。これでセリスティアの『跳躍強化』を発動させ、高く跳びあがった。
牙が虚空を切ると同時に、敵の背後に着地した雅は、「はぁっ!」と声を張り上げ、振り向き様に一閃を放つ。
剣の刃が、レイパーの背中に伸びていき――命中する寸前、雅は優の『死角強打』のスキルも発動。
視認していない攻撃の威力を上げるこのスキルにより、ただの斬撃とは思えない轟音が響き、白熊種レイパーは吹っ飛ばされていく。
その直後――
「くぅ……!」
「っ! エスカさんっ? 大丈夫ですかっ?」
雅のすぐ横に、エスカが吹っ飛ばされてきた。
遠くには、掌底を放ったポーズのまま、顔をにやけさせる魔王種レイパーの姿。
エスカは、腕が痺れるような感触に顔を顰めつつも、雅の言葉に頷いてみせる。
そして、
「ミヤビ殿、少し離れて!」
そう叫び、雅が言われた通りに離れた瞬間、エスカの体が光り輝き、その体を肥大させていく。
現れ出でるは、紫色の竜。
エスカは雅を乗せて、天井スレスレまで飛翔すると同時に、顎門にエネルギーを集める。
そして、魔王種レイパーや白熊種レイパーが何をするより早く、集めたエネルギーをブレスにして地面に放った。
紫の雷が、激しいスパークと共に部屋全体を埋め尽くす。その威力は、床にあった建物の残骸等を消し炭にし、白熊種レイパーを吹っ飛ばす程。
この一撃をものともしなかったのは、神殿と、魔王種レイパーくらいなものだろう。魔王種レイパーに至っては、ブレスを全身に浴びながらも、ノーガードで跳躍し、宙に浮くエスカ達へと迫っていた。
雅の百花繚乱から、迎え撃つように放たれるエネルギー弾を片腕で弾く魔王種レイパー。
だが、
「ッ!」
そのすぐ後に迫るエスカのテールスマッシュを受け、地面に落ちていった。地面に叩きつけられるような無様は晒さないものの、受け身を取ったことで、隙が出来ることは免れない。
その隙に逃げだすエスカと雅を見て、魔王種レイパーは高笑いを上げ、二人を追いかけだした。
雅は魔王種レイパーに数発のエネルギー弾を放ちつつ、反対の手で持っていた杭の先端で部屋の出口を差して口を開く。
「エスカさん! 奴らを撒きます! 私の言う通りの道に飛んでください! 中の構造は覚えているから!」
「分かったわ!」
ガルティカ遺跡の内部が複雑な迷路になっていることは、知っている。
雅の脳裏に浮かぶのは、ミカエルの、過去の言葉。
『神様の胸の辺りにある模様を見て。この模様の真ん中に、大きな四角形があるでしょ? そこ左上の辺りから伸びる線から、一番上にある小さな四角形を目指して辿っていくと……私達が通ってきた道と一致するわ。きっとこの場所は、上から見るとこの模様と同じようになっているのよ』
これと、過去の自分の体験。どの道を通ると、どこに出るのかという、風景の記憶。
(あの時見た、あの模様。ぼんやりとだけど、思い出せる……! なら、多分いける!)
二つの記憶を呼び起こし、雅はグッと拳を握りしめ、握りしめた杭をチラリと見る。
あの杭にエネルギーを補充するにしても、ここから脱出するにしても、まずはレイパー達から逃げきらないといけない。
そして――不意に脳裏に浮かんだ、『あの部屋』の存在。かつてミカエルと共に中を探索していた際、偶然辿り着いた場所。
雅の第六感が、そこへ行けと告げていた。
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