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第39話『空争』

 雅の右手の指輪が光を放ち、手に剣銃両用アーツ『百花繚乱』が握られた。


 シャロンの腕が、山吹色の鱗と爪のある腕に変化する。竜の前足だ。サイズは竜の時の前足よりも小さく、人間態のシャロンの体にバランスがとれるような格好である。体の一部分だけを竜化させる、シャロンの力だった。


 二人は同時に地面を蹴ると、ニヤけ顔で突っ立っている魔王種レイパーへと突撃する。


 刹那。


「――っ?」

「どこじゃっ?」


 レイパーの姿が一瞬にして消えてしまう。


 慌てて辺りに目を配る雅とシャロン。


 瞬間、雅の背中に強い衝撃が走る。


 大きく吹っ飛ばされ、椅子を跳ね飛ばしながら地面をゴロゴロと転がってしまう。


 激痛に顔を顰め、一瞬間を置いてから、彼女は自分が蹴られたのだということに気が付いた。


「タバネっ?」

「シャロンさんっ! 後ろっ!」


 声を掛けてきたシャロンに、警告するように雅は叫ぶ。


 だが時既に遅し。


 シャロンの背後に回りこんだレイパーが、彼女の背中に掌底を放つと、シャロンの体が放物線のように宙に浮き、顔から床に墜落してしまう。


 そして起き上がろうとしたシャロンに近づくと、レイパーは彼女の背中を思いっきり踏みつけた。


 呻き声を上げるシャロンに、ニヤけ顔をさらに強めるレイパー。


 そんなレイパーの顔に、桃色のエネルギー弾が直撃する。雅の攻撃だ。


 直後、シャロンの背中から竜の尻尾が生え、自分の床に押し付けているレイパーを弾き飛ばす。


「タバネぇっ! こっちじゃぁっ!」


 起き上がり絶叫するように叫び、走り出すシャロン。


 雅は返事をすると、彼女の後ろをついていく。


 少し遅れて、レイパーも追いかけてきた。


 シャロンは洞窟の外へと出ると、一瞬のうちに山吹色の竜の姿に変わる。


 そして背中に雅を乗せると、未だ勢いを増す土砂降りの中、全速力で空高く飛翔した。


「お……おのれ……まさか見つかるとは……」

「っ、シャロンさん。竜の姿のままでも喋れるんですね……って、上!」

「むぅ……こっちもお出ましかの……!」


 ずぶ濡れになった二人の頭上に暗い影が落ちる。


 見上げれば、そこには飛竜の姿が。


 ミドル級ワイバーン種レイパーだ。


 レイパーは口を開くと、二人に向けて深緑色のビームを断続的に放つ。


 シャロンは左右に滑空しながら、その攻撃を躱していく。


 隙を見て雅がレイパーへとエネルギー弾を放つも、最小限の動きで避けられてギリギリ当たらない。


 そして、地上から二人に向けて黒い衝撃波が襲い掛かってくる。


 魔王種レイパーが高速で走りながら、攻撃を仕掛けたのだ。


 上空のワイバーン種、地上の魔王種。


 二体のレイパーによる攻撃のサンドイッチに、二人はただただ翻弄されていく。直撃は避けているが、このままでは時間の問題だろう。


 焦って、どうすれば良いか考えが中々纏まらない雅。


 しかしそれとは対照的に、シャロンは落ち着いていた。


「タバネ! 地上の奴を、少しの間引き受けられるかっ? 想定とは違うが、ここで儂が飛んでる方を倒す!」

「で、でもどうやってっ? ここからじゃ録に妨害も――」

「儂が何とか隙を作る! 合図したら飛び降りるのじゃ!」

「――っ! はいっ!」


 シャロンは雅の返事を聞くと、レイパーから放たれる攻撃を避けながら顎門を開く。


 徐々に収束するエネルギー。攻撃を躱すことに専念しているため、中々集まらない。


 しかしそれにシャロンが焦ることは無かった。


 冷静な頭で、攻撃の全てを辛うじてではあるが回避していく。


 要所要所で雅がエネルギー弾で援護してくれたのも大きかった。


 そしてついに、エネルギーが完全に集まる。


 刹那、シャロンが力強く羽ばたくと、エネルギーが雷のブレスとなって、地上に向けて放たれ、雨でぬかるんだ大地を砕く。


 地上を走る魔王種レイパーの動きが、一瞬止まる。


 瞬間、ミドル級ワイバーン種レイパーから放たれるビームの雨を縫うように動きながら、まるで墜落するかのような勢いでシャロンが地面へと下降した。


「今じゃ!」

「はいっ!」


 雅がシャロンの背中から飛び降りるのと同時に、シャロンが再び急上昇。


 そしていつの間にか溜めていたエネルギーを、雷のブレスにしてミドル級ワイバーン種レイパーに向かって放つ。


 ワイバーン種レイパーも攻撃が飛んでくるとは思わなかったのだろう。突如放たれたブレスを躱すことが出来なかった。


 即席でエネルギーを溜めて放ったブレスのため、ダメージは殆ど無い。それでも、衝撃でレイパーを吹っ飛ばすくらいの威力はあった。


 これにより、今までひっきりなしに飛んできていた攻撃の嵐が止む。


 二人の視界の中に魔王種レイパーはいない。ワイバーン種レイパーも遥か彼方。


 今ならもう、邪魔は無い。


 雅が百花繚乱をブレードモードにすると同時に、シャロンが上空に向かって吼える。


 するとシャロンの体の回りに、雷のリングが出現した。


 広げた飛膜には激しい光が迸り、リングの輝きがどんどん強まっていく。



 途端、空に稲妻が走り――仁王立ちになった雅に、鋭い雷が落ちた。



 激しい衝撃が辺り一帯を襲い、周りの樹が次々と倒れていく。蒸発した雨水が蒸気となって、雅の姿を隠した。


 しかしその蒸気も、後から降り注ぐ雨によってあっという間に消えてしまう。


 が――


「……っ!」


 シャロンが息を呑む。


 雷が直撃した雅の桃色の髪は逆立ち、全身から時折電流が溢れ出るように走っていた。


 それはまさに、リアロッテが使っていた『帯電気質』そのもの。


 そして雅は、ゆっくりと口を開く。


「シャロンさん……いけます!」

「こちらは任せよ!」


 雅がゆっくりとアーツを中段に構えると同時に、魔王種レイパーが姿を見せる。


 一瞬顔を見合わせた雅とレイパーだが、互いにすぐに地面を蹴って激突した。


 雅が一歩地面を踏む度に、雨水を伝って電流が辺りに迸る。


 雅はアーツを振りかぶり、力任せに魔王種レイパーの体を斬りつける。


 リアロッテのスキルにより強化された雅の体から繰り出される一撃に、雨に濡れたレイパーの体。


 アーツが触れたところから激しく放電し、初めて本気で痛みに呻く声が、魔王種レイパーの口から漏れる。


 斬りつけたところには、大きな傷跡が。


 唸るように威嚇する魔王種レイパーに追撃せんと、雅は声を張り上げながら二撃目を繰り出すのだった。



 ***



 一方その頃。


 シャロンとミドル級ワイバーン種レイパーは、空中戦を繰り広げていた。


 地上で雅と魔王種レイパーが激しく戦っている姿を捉えながらも、シャロンは負けじと咆哮を上げてレイパーに攻撃を仕掛ける。


 互いに縦横無尽に飛び回り、命を奪わんと攻撃するその様子は、以前戦った時より数段激しいものであった。


 シャロンは連続で雷のブレスを放つが、レイパーは攻撃の隙間を縫うように飛び回りつつ、接近してくる。


 そしてシャロンが顎門を開けた瞬間を狙い、腹部に向けて深緑色のビームを放つレイパー。


 直撃を受け、悲鳴のような声を上げてシャロンは地面に墜落していく。


 ビームを止めたレイパーも急下降し、隙だらけになったシャロンに接近。苦し紛れに放ってきた雷のブレスを悠々と躱し、止めを刺さんと翼の先に付いた大きな爪を振り上げたその瞬間――


 シャロンは体を捻り、レイパーの顔の横に尻尾を叩き付ける。


 回転しながら吹っ飛んでいくミドル級ワイバーン種レイパー。


 シャロンは翼を大きく広げ、顎門を開くと、そこにエネルギーが収束していく。飛膜に走る光が大きく輝きを放ち、収束したエネルギーを雷のブレスにして、レイパーへと放つ。


 直撃だけはしまいと、回転しながら飛んでいくレイパーも口を開く。意地で飛ばされる自分の体を制御し、ブレスが目の前に来た瞬間に、深緑色のビームをブレスに叩き付けるようにして放つ。


 相殺され、一瞬煙が立ち込める。


 だが煙が雨で消えた時には、レイパーの視界からシャロンの姿は消えていた。


 焦るレイパー。シャロンを探そうとした、その刹那。


 強い殺気を感じたと思ったら、レイパーの尻尾が切り裂かれる。


 シャロンだ。前足についた爪で、レイパーの鏃のように尖った尻尾を奪ったのだ。


 レイパーは空中で激しくのた打ち回り、甲高い絶叫が響き渡る。


 その絶叫は、島にいた獰猛な生物をざわつかせる程。


 尻尾が弱点なのは、実はシャロンは分かっていた。前回の戦い、逃げる最に隙をみて放った雅の攻撃がレイパーの尻尾に命中した時、それまで見た事も無い程、レイパーがもがき苦しんでいたのを、シャロンも雅も見逃していなかった。


 だからこの戦い、何とかして尻尾に攻撃出来ないかと、シャロンはずっとチャンスを伺っていたのだ。

 そしてそのチャンスを掴んだ結果、これ程までに決定的な隙をレイパーは見せている。


 逃すわけにはいかない。


 シャロンの顎門が開き、そこにエネルギーが収束していく。


 集まったエネルギーは、これまでで一番大きなものだった。


 それを、雷のブレスにしてレイパーへと放つ。


 当然、直撃。


 雨に濡れたレイパーの体は、その攻撃をよく通す。激しく感電しながら、押し飛ばされるようにブレスに呑み込まれるミドル級ワイバーン種レイパー。


 数秒もしない内に、ブレスの中でレイパーは爆発四散するのだった。

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