第361話『驚愕』
(くっ……なんでここにレイパーが……。しかも、よりにもよってあいつは――)
真っ先に目に飛び込んできたレイパーに、雅とエスカは身を硬くする。
真っ黒な肌に、赤い瞳。黒いマントを靡かせたそいつは……紛れもない、『魔王種レイパー』だ。
先程の第六感は、心のどこかで、ここでまた魔王種レイパーと遭遇してしまうことを予想していたからなのかもしれない。
「私達を逃がしてしまった後、ナリアまで来ていたのね。だけど何故、奴がピラミダの中に? アイザ様の加護を持つ物を持っているとは思えない……」
「分かりません。もしかすると、他に中に入る方法があったのかも――って、んっ? あいつは……っ?」
魔王種レイパーがいることについて、小声で会話していた雅だが……魔王種の陰に隠れていたレイパーの顔が偶然見えた瞬間、大きく目を見開く。
こちらも、見覚えがあるレイパーだったのだ。
黒いローブを纏う、人型のレイパーである。ヤギの頭蓋骨のような形状をした頭部に、細い腕や足。Tの字型の長い杖を支えにするような形で、気だるげに立っていた。
姿は若干若いが、間違いない。つい先日、雅と愛理が遭遇した『ネクロマンサー種レイパー』だ。
魔王種レイパーがいるだけでも驚いたが、よもやネクロマンサー種レイパーを見かけることになるとは全く、夢にも思っていなかった雅。
「ミヤビ殿、奴を知っているの?」
「え、ええ。実は先日戦って、逃がしてしまった敵なんですけど……でも、あいつこそ、なんでここに? あの魔王と知り合いなんでしょうか?」
「様子を見るに、初対面って感じじゃないわね」
何やら会話をして、時折下品な声で笑いあう魔王種レイパーとネクロマンサー種レイパー。雰囲気的には、付き合いの長い友達といった感じだ。
ここで一体何をしているのか、あるいはしようとしているのか、ジッと観察する雅とエスカ。すると……
「……エスカさん、奴らの、もっと奥の方、見えますか?」
「ええ。もう一体いるけど……様子が変ね」
二人が見たのは、毛むくじゃらの、まるで黒熊のような化け物。だがこいつは魔王種やネクロマンサー種とは違い、どこか苦しそうにもがくばかり。
頭に『?』を浮かべながら観察するエスカだが、やがてハッとしたような顔になる。
「あいつ……怪我をしているわ。傷を見るに、多分竜の攻撃によるものね」
腹部から、僅かながら緑色の血が見えたのだ。よく見れば、爪か何かで抉られたような傷口もある。
遠目だからはっきりとは分からないが、様子を見る限り、どうやら致命傷に近いのかもしれないと、エスカは思った。
「怪我をしている奴を助けようという気は、あの二体には無さそうね。手当でもしてあげれば、少しは生き永らえそうなのに……」
「基本的に、助け合いとかしない連中ですから。私は寧ろ、魔王みたいな奴と、ネクロマンサーみたいな奴が仲良く喋っている方が驚きです。それにしても奴ら、ここで何をしているんでしょうか?」
「見たところ、ただ話しているだけだけど。……あら? ねぇ、もう一体いるわ」
「……えっ?」
エスカが示す方向を凝視する雅。そして――小さく「あっ」と声を上げる。
確かにいた。ピンク色のスライムみたいな、形容しがたい妙な奴が。
「レイパーというか……生き物? なんですかね?」
「あの二体が笑うと、あいつも震えているように見えるわ。笑っているようにも見えそうだけど……」
「あー、言われてみると。――ん?」
眉を顰めてあれこれ思考を巡らせていた雅とエスカだが、急に魔王種レイパーとネクロマンサー種レイパーが背筋を正した瞬間を見て、目を丸くする。
一体何事か……そう思った、次の瞬間。
「――っ」
「――っ」
不意に、この空間が、重圧に支配される。
息が詰まり、脂汗が滲み、眩暈や立ち眩みさえ覚えるような感覚は、まさにプレッシャーと呼ぶにふさわしいものだ。
直後、その『プレッシャー』を放つ主が、神殿の扉から現れてくる。
そいつは、なんと形容して良いのか悩む姿をした……しかし、明らかに『レイパー』だと分かる、そんな化け物だった。
人型であり、身長はおよそ170センチ。肌や目玉は無を思わせるような黒さがあり、唯一白いのは瞳だけか。その瞳の色も、背筋が凍るような、破滅的、そして悪魔的な白さだ。
鋭い爪や牙も生えており、それも相当にヤバそうな感じだが、このレイパーそのものから感じられる『身の毛がよだつような恐怖』に比べれば些細なものだった。
その姿を見ただけで、一瞬にして雅は悟る。
こいつは、今まで戦ってきたどんなレイパーとも、格が違うと。
「……あ、あ奴は……最初に現れた、化け物っ」
そんな不気味なレイパーを見て、震える声でエスカはそう呟く。
「最初に現れた?」
「ええ……」
今までこの世界に存在していた、どんな恐ろしい魔物や怪物とは根本的に違う生き物、レイパー。
今、神殿から出てきたあのレイパーが、最初にこの世界に現れたレイパーだったと、エスカは言う。
「僅か一日弱で、何万という数の女の人が殺され……あらゆる人間に恐怖を与えた化け物。竜でさえ怖気づき、何体も殺されたわ。それ程の力をもっているのよ、あいつは。……最初に姿を見せてから、少しもしない内にどこかへと姿を消してしまったのだけど、まさかここに隠れていたなんて……!」
「……っ、何かするつもりです!」
突如、その黒いレイパーの頭上に出現する、巨大な穴。
穴の先は、真っ白だ。一体どこに繋がっているのかも分からない。
だが――
「……ひっ」
雅は、小さく悲鳴を上げる。
てっきり白い空間が広がっているのだろうと思われた穴の先。だが、その空間が、やけに生き物らしい動き方をしたことで、そうでは無かったのだと理解する。
穴の先にいるのは、巨大な化け物。そう……『ラージ級ランド種レイパー』だったのだ。
「あ、あれもあなたの言う、レイパーなの……?」
エスカも、穴の向こうにいるランド種レイパーの存在に気が付いたのだろう。言葉を震わせてそう尋ねる。
「ンッナヌムエゾヒノ。マレヌタヒレタルユノヘモキノレ。ンイ」
雅とエスカの耳にも届く、真っ黒なレイパーの声。
その声の威圧感たるや、雅とエスカが思わず膝を付いてしまう程。
ネクロマンサー種レイパーは、一度恭しく頭を垂れた後――衝撃の行動に出た。
「っ?」
「えっ?」
杖の先から溢れたエネルギーをコントロールし、まるで鎌のような刃を創り出したと思ったら――それまで、二体のレイパーの近くで苦しんでいた、黒熊のようなレイパーの首を刎ねたのだ。
頭部が無残に宙に跳び、力を無くした胴体がごろりと地面に転がる。
跳んだ頭が地面に落ちたことによって発生した鈍い音が、やけに大きく二人の耳に届く。
何故同族を……そう思った次の瞬間。
「……っ!」
黒熊の頭部から湧き出てくる、靄のようなもの。
それを見た雅が、わなわなと口を開けた。
それは、ここ最近、雅がよく見ることになっていた『あいつ』だったから――。
「亡霊……!」
「ミヤビ殿、知っているのっ?」
エスカの質問に、頷く雅。
「あの亡霊は、私の時代で最近見かけるようになったレイパーなんです。倒したはずのレイパーが、まるで蘇ったみたいに……亡霊だから物理的な攻撃も通らなくて、厄介なんですけど……。でもまさかこんなところで、亡霊レイパーが出現する現場に出くわすなんて」
言いながら、雅は眉を寄せる。
雅達が亡霊レイパーの存在を確認し始めたのは、ごく最近の話。しかし、ここは二百年前だ。こんな昔から亡霊レイパーがいたのなら、どうしてこれまでは姿を見せなかったのか、分からなかった。
「亡霊レイパーが発生するところ、初めて見ました。殺したら、幽霊みたいに出てきた……?」
見たものを、見たまま表現する雅だが、それならやはり何故今までその場面に出くわさなかったのか、不思議でならなかった。
すると――
「ん? あの亡霊、なんか様子が……」
亡霊レイパーが、まるで吸い寄せられるように穴の方へと向かい――一瞬の間の後、
「――吸い込まれたっ?」
エスカの驚愕の言葉通り、ランド種レイパーの体に、亡霊レイパーが吸収されたのだ。
そして――
「っ!」
ランド種レイパーの体から、『何か』が飛び出してくる。
それは、先程の黒熊とは対照的な、白い獣。まるで熊のような見た目をしたそいつは――雅は話でしか聞いたことが無かったのだが――かつてライナとノルンが、天空島で倒した『白熊種』レイパーだった。
産声のような咆哮を上げる、白熊種レイパー。
それを見て、真っ黒なレイパーも、ネクロマンサー種や魔王種レイパーも、感心したように頷く。
そしてエスカは、全身をガタガタと震わせ、口を開いた。
「……まさか、輪廻転生?」
「り、輪廻転生?」
エスカの言葉を復唱して、雅は今出てきた白熊種レイパーと、穴の向こうにいるラージ級ランド種レイパーに、交互に視線を向ける。
「死んだ者の魂が、新たな命として生まれ変わる……今の光景は、まさしくそれそのものよ! 奴ら、なんてものを……!」
「そ、そんな……!」
震える瞳で、雅は改めて穴の向こうに目を向ける。
もしエスカの言葉が本当だとすれば……雅の時代、そして百年前のエンドピークでメタモルフォーゼ種レイパーが、どうして杭を抜いてランド種レイパーを呼び出したのか、その理由も理解できる。
輪廻転生なんていう能力があれば、例え自らが誰かの手によって殺されたとて、蘇ることが出来るのだから。
そして――そんな力を持ったランド種レイパーが、今の雅の時代には、二体いる。
雅は、はっきりと悟った。
(あ、あの巨大なレイパーを倒さない限り……私達の戦いは終わらない……!)
ラージ級ランド種レイパーがいる限り、いくらレイパーを倒したとて、輪廻転生……つまり、新たなレイパーという形で復活させられてしまう。
雅やレーゼ、他の仲間達、そしてバスターや大和撫子、アーツを製造したり、事件を調査してくれる人達サポーター……レイパーと戦う者達がいくら頑張ったとて、無意味に終わってしまうのだ。
「デッミヤソヒレマル。ヘモヘ、マタヒモレテソフマヘララメフベウモ。コロワレ」
真っ黒なレイパーがそう言って、低く笑う。
そして、着いてこいというように、ネクロマンサー種レイパーを手招きする。
「マタヒモレタルケテ、マレヌユヒッネフウ。ニヌゾリ。ハヘニマレユデヘヤソルバミツ。ラコリボ、ノコヘレユケネゲレニンイ」
「ソッ!」
そんなやりとりをして、ネクロマンサー種レイパーと妙なスライムのような奴は、ランド種レイパーのいる穴へと飛び込んだ。
そして真っ黒なレイパーも、その後に続こうとして――一度足を止めて、魔王種レイパーの方へと顔を向ける。
「……トヂモソヘオツボ、ラアモトラヤトザカボ、ネモムテモムイニレウ。ヘコヌヘニラミ」
「ヘワルネヘノ」
魔王種レイパーそう言って頷いたのを見ると、改めて真っ黒なレイパーは穴へと飛び込んだ。
収縮し――消える穴。
残ったのは、魔王種レイパーと、白熊種レイパーのみ。
「……ザルサルキ、ライテ、リオハルテホヘヅヘンボッニ。メホコカ、レヌモヘコヌヘニンウワ」
魔王種レイパーは、穴が完全に消えたのを見ると、つまらなそうに鼻を鳴らしてそう呟く。
そして――雅とエスカの隠れている方に、徐に顔を向け……口角を不気味に吊り上げた。
「エヲルナマクフキキ! ライボデメデメテマアヘニンアル!」
耳を劈くような声と共に、勢いよく雅達の方へと迫ってくる、魔王種レイパー。
「ヤバい! あいつ……私達に気が付いている!」
「逃げるわよ!」
言うが早いか、雅の答えも待たずに彼女の手を引き、エスカは走り出すのだった。
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