第358話『紫竜』
この場に魔王種レイパーがいると、何故思わなかったのか……雅は己を呪う。
ミドル級ワイバーン種レイパーがいるのだから、想像することくらいは出来たはずなのだ。
(ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!)
走りながら、雅は顔を強張らせる。
レイパーと戦っていた紫の竜。そいつは今、ミドル級ワイバーン種レイパーと魔王種レイパーに、一方的に攻撃をされていた。
攻撃をされる度にドラゴンの悲鳴のような咆哮が轟き、雅の心を貫いていく。
その気になれば一撃で仕留められるのだろうが、どちらも獲物を甚振ることを楽しんでいるのだろう。
故にすぐにドラゴンが殺されることは無いだろうが、急いで助けなければ手遅れになってしまう。
もう遠目から見ても分かるくらい、ドラゴンの強靭な鱗は痛ましい姿になっていたのだから。
(あの魔王のレイパーに、生半可な攻撃は無意味。ならば――)
ある程度まで近づいた雅は、近くの大きな岩に身を隠すと同時に、ライフルモードにした自身のアーツ、『百花繚乱』の銃口を空に向け……柄に力を込める。
そして上空に放たれる、桃色のエネルギー弾。
それが、空で激しい光と共に、大きな音を立てて爆ぜる。
必然、音の方を向く二体のレイパー。
(今だ!)
そして雅は素早く百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードにすると、自身のスキル『共感』を発動させながら、剣を勢いよく前に突きだす。
一日一回だけ、仲間のスキルを使える『共感』で発動させるのは――桔梗院希羅々の、『グラシューク・エクラ』。
魔王種とワイバーン種、二体のレイパーの視線が同じ方向を向いている今、反対側は死角。
空中に現れた巨大な百花繚乱が、敵の背後に迫る。
狙うは、がら空きの背中――ではなく、地面だ。
突然背後に出現した巨大な気配に、二体のレイパーは振り返るがもう遅い。
切っ先が地面に激突し、その衝撃で地響きが起こり、さらに大量の土塊が爆ぜる。
突然のことに怯む、魔王種とワイバーン種。
この瞬間を逃さず……雅は物陰から飛び出すと、紫色のドラゴンの方へと走り出す。
「大丈夫ですか!」
「あなたは……」
シャロンと同じように、ドラゴンの姿のまま、人の言葉で尋ねてくる紫竜。
透き通るような美しい声……苦しそうな状態ながらも、どこか心を落ち着かせるような響きがある。
「いえ、今は聞いている場合ではないですね……。少し失礼!」
「おぉっ?」
ドラゴンに掴まれる雅。
呆気に取られている間に、ドラゴンは翼を広げると、大空へと舞い上がるのだった。
***
だが、逃げ出してから程無くして。
「……奴ら、追ってきます!」
ドラゴンに掴まれた雅が、後方をちらりと見て叫ぶ。
ミドル級ワイバーン種レイパーと、その背中に乗る魔王種レイパー。二体のレイパーは、全身から『獲物は絶対に逃がしてなるものか』というオーラを溢れさせていた。
距離は縮まることこそないが、広がることも無い。ほぼ一定の距離を保っているという状況。
しかし、
「大丈夫。それで良いのです!」
ドラゴンは、慌てていなかった。
「人間の女の子……あなたは不思議な魔法を使うようです。なら危険を承知でお願いしますが、少しばかり私に協力してくれませんか? 奴らを、街からなるべく引き剥がしたい!」
「だけど、あなたの体は……」
「私はまだ動けます! まだ、何とかなる……!」
その言葉とは裏腹に、相当にキツそうな声。恐らく、飛んで逃げるだけでも精一杯なのだろう。
しかし……ドラゴンのその声には、雅が何を言っても曲げそうにない『意志』が、確かにあった。
「このまま、あの山……デルタピークへ向かいます! 山の裏側辺りなら、人が住んでいるところは無い! あの辺りで撒ければ、しばらくは街までは来ないはず……!」
「……分かりました!」
ドラゴンの進行方向に聳え立つ、デルタピーク。
確かにあそこなら、レイパーを撒くことも出来そうに思えた雅は、頷く。
「……っ! ドラゴンさん! 後ろから来ます!」
「くっ!」
背後から迫る殺気。それを感じたドラゴンが咄嗟に体を捻れば、すぐ横を、深緑色の禍々しいブレスが通り過ぎる。ミドル級ワイバーン種レイパーの攻撃だった。
そして、飛んでくるのはブレスだけではない。魔王種レイパーも、高笑いしながら黒い衝撃波を放ってくる。
それらを何とか躱しながら、必死で逃げるドラゴンと雅。
いつ直撃してもおかしくない状況。まともに受ければ、ドラゴンも雅も死んでしまうだろう。
それでも雅は、慌てない。
思い出すは、シャロンと共に、ミドル級ワイバーン種レイパーと戦った時の記憶――。
「ドラゴンさん! 一瞬でいいんです! 奴の……ワイバーンの方に、少しだけ隙を作って下さい! 視界を塞いだり、怯ませたり、何でもいいから!」
「何か策があるのかしら? ――分かったわ!」
そう叫ぶと、ドラゴンは顎門を開く。
後ろから迫り来る攻撃を回避しながら、エネルギーを集中させていく。
「――っ!」
ドラゴンの口元で、紫電がバチバチと激しくスパークするその光景に、息を呑む雅。
(これは――シャロンさんみたい! だけど――)
このように顎門にエネルギーを溜めるのはシャロンもよくやっている。だがこのドラゴンのそれは、近くにいる雅が、全身の毛を逆立たせる程に強力なもの。
ドラゴンというのは、人間よりも圧倒的に高次元の存在なのだと分からされるような、一種の神々しさすら覚える程のエネルギーであった。
それを、ドラゴンはブレスにして、遠くの地面に向けて放つ。
直撃すると同時に、爆ぜる地面。そして撒き上がる土塊や煙。
その中に、ドラゴンと雅は突っ込んで、姿を消す。
必然――一瞬、二人の姿を見失う二体のレイパー。
「今よ!」
轟く、ドラゴンの声。
ここが、決定的なチャンスだった。
「お前の弱点はもう、知っている!」
そう叫ぶと同時に、雅は発動する。ミカエルの妹、カベルナ・アストラムのスキル『アンビュラトリック・ファンタズム』を。
雅とミドル級ワイバーン種レイパーの尻尾の近くに出現する、丸い穴。雅がそこに剣を勢いよく突っ込めば、繋がっているもう一つの穴から切っ先が飛び出て、ワイバーン種レイパーの尻尾に突き刺さった。
刹那、激しい悲鳴と共に、悶えるワイバーン種レイパー。このレイパーは、尻尾が弱いことを、雅はよく覚えていた。背中に乗る魔王種レイパーは振り落とされることこそ無かったが、それでもバランスを崩すことは免れない。
「効いたっ?」
「さぁ、今の内に!」
「ええ!」
紫色の竜は雅の言葉に頷くと、もう一度、雷のブレスを二体のレイパーに放つ。
「マタラヤトザカキィッ!」
魔王種レイパーは体勢を崩し、苛立ったような声を上げながらも、黒い衝撃波を放ち、ブレスを相殺する。
必然、辺りに巻き上がる白煙。
だが、それは雅とドラゴンの狙い通り。
土煙と白煙……二つの煙に身を隠し、二人は一気に山の森の中に飛び込んで、レイパー達の視界から完全に消えるのだった。
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