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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第40章 デルタピーク
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季節イベント『試験』

「学校の勉強なんて、大人になってから何の役にも立たない」


 ウェストナリア学園の寮の一室にて、薄紫色のウェーブ掛かった髪型の少女……ファム・パトリオーラは、小生意気な顔でそう断言する。


 そんな彼女をジト目で見つめたまま、黙って何も言わないのは、前髪が跳ねた緑髪ロングの少女、ノルン・アプリカッツァだ。


 当時十一歳の彼女達。ここはファムの部屋である。


「大体考えてもみなよ。大人になって、学生時代に勉強した内容を覚えている人なんて殆どいないでしょ。つまり最初からやらなくてオーケー。無駄なことはしないのが吉。だって面倒だしね」

「……ファム」


 頭が痛くなってきた……というように目を閉じるノルン。


 しかしファムは止まらない。


「学校の勉強は興味のある分野だけやればいいの。学者さんですら専門外のことに関してはさっぱりなんだから。それなのに学校ときたら、私達に全部の教科を完璧に学ばせようとしてくる。おかしな話だよね。それに――」

「…………あのね、ファム」


 ファムの話を遮るノルン。そして、




「何をどう理由付けたところで、期末テストの勉強をしなくて良い理由にはならないから」




「……そんな冷たいこと言わなくてもいいじゃん」


 有無を言わさぬノルンの言葉に、ファムは小さく頬を膨らませる。


 時期は、日本で言えば大体七月の終わり頃。まだノルンがミカエルに師事し始める、ほんの少し前あたり。


 ウェストナリア学院は、当然ながら『学校』だ。日本と同じく、この時期は期末テストがある。


 どうせファムはテスト勉強なんてしていないだろうと思って部屋を訪ねたら、やはり案の定遊んでいたので注意したノルン。その後のやりとりは、先程の通りだ。


「ファムは面倒臭がるけど、ちょっと頑張れば済む話でしょ。その後には長期休暇が待っているんだし」

「分かってないなー、ノルン。その『ちょっと頑張る』が出来ないのがファム・パトリオーラという女じゃん」

「何を偉そうに」

「大体赤点を取ったところで、補習受ければ済む話でしょ?」


 赤点ラインは四十点。それを下回れば、補習を受けなければならない。


 逆に言えば、補習さえ受けておけば、テストがどれだけ悪かろうが関係無いということだ。


 そう思っていたのが……それを聞いたノルンが、キョトンとした顔になる。


「え? 何言っているのファム? 今年から赤点取ったら一発留年になるんだよ?」

「――ふぁっ? は? え? 何それ私聞いてないんだけど!」

「前に朝礼で先生が言ってたじゃん。あー、ファムはその時サボっていたから聞いていなかったかもね」

「ちょちょちょ、何それ横暴じゃん! 一発留年? 嘘でしょ? い、今から先生に抗議したら、そのルール変わらないかな……?」

「いや、無理でしょ。ファムみたいに『赤点取っても補習受ければいいや』って生徒を無くすために変わったんだし」

「えー……」


 魂の抜けたような声を上げるファム。そしてチラリとカレンダーを見た。


 テストまで、後一週間ちょっと。


「科目は八つ……あー、こりゃ無理だね。間に合わない」

「諦めるの早」

「いやー、無理でしょ。どうにもならないって。……しょうがない、留年するかー。親にめっちゃ怒られるけど」

「ちょっとファム! 少しは頑張ろうって気はないのっ?」

「いやー、無駄な努力ほど空しいものは無し。そういうわけで来年からよろしく、ノルン先輩!」

「とにかく勉強するのー!」


 結局ノルンの雷は落ちたことで、ファムは渋々テスト勉強をすることになったのであった。




 一日目。


「ファムー、勉強してるー?」

「今日めっちゃ眠いからパス。睡眠大事超大事。眠い中やっても効率上がんないし」

「ぐだぐだ言い訳しないでやるの!」

「……zzz」

「寝るな―!」




 三日目。

「ファムー、勉強してるー?」

「あーい。してるしてるー」

「お、感心感心……って、ちょっとファム! してないじゃん! お絵描きばっかじゃん!」

「画伯になるためのおべんきょー!」

「テストの勉強をしなさい!」




 五日目。

「ファムー、授業休んでいたけど、具合どう? ――って、なに優雅にお茶なんかしてるわけっ?」

「あ、やっべ見つかっちゃった!」

「まーたサボって! 全くもう! テスト勉強しろー!」

「やだー! 勉強ヤだよサボりたいー!」

「わがまま言うなー!」




 七日目

「うがが……zzz」

「寝るな―! テストは明日でしょー!」

「――わっふ! 分かった分かった! やるよもう! 大体ノルンは大丈夫なのっ?」

「大丈夫に決まっているでしょ! ほら、教科書開く!」




 そして、テスト当日。


(やっば……めちゃ眠いんだけど。普通にヤバいんだけど。え? こんなコンディションでテスト受けるの? マジ?)


 前の席から送られてきたテスト用紙を受け取りながら、手放しそうになる意識を必死に手繰り寄せる。


 ノルンの鬼指導の元、一昨日辺りから殆ど徹夜で知識を詰め込まされたファム。


 だが、


(あー、ヤバ。どうしよう、教科書眺めた記憶しか残ってないんだけど……?)


 普段勉強しないファム。頭が働いていないこともあり、思い出せるのはゴチャゴチャとした教科書の文字の羅列ばかり。


 駄目そうな気しかしない中、テストが始まる。


 そして――


(え、ヤバ。マジで分かんないんだけど。え? 待って待ってマジでヤバいって)


 ダラダラと冷や汗が流れ、ペンを持つ手が震えるファム。


 問題文がまるで頭に入ってこない。テストの時は毎回こうなのだが、今回はいつもよりも解けないのだ。


 下手をすれば、いつもよりも悪い点を取りそうである。


 両親や先生に呆れられたり、ノルンに愛想を尽かされると思ったら……テスト勉強の時にはあまり気にしなかったが、今は無性に、それが怖くなってきた。


 こんなことなら、もっと真面目に勉強しておくんだったと、この時ばかりは後悔しだすファム。


(ど、どうしようどうしようっ? ……いや待て私! まだ諦める時じゃない!)


 折れそうになる心を、必死で支えるだけの希望がある。


 テストの問題は、一部記述式はあれど、八割がたは選択問題。


 つまり、適当に書けば当たる可能性がある。そして……ファムの持つペンは、六角形。


 ……雅達の世界における、鉛筆のような形をしているのだ! しかも運のよいことに、ペンは各面に一つずつ数字が書かれているというデザイン!


(……ええい、ままよ!)


 天に祈りを捧げる心持ちで、ファムはペンを転がすのだった。




 ――そして、テストが全て終わり、大勢の生徒が教室から出ていく中。


 ファムは椅子の背もたれに体重を預け、天を仰ぐ。


(いやー…………ノルンのこと、来年から『ノルン先輩』って呼ばなきゃ。ははは)


 その顔は一周回って、どこか晴れやかだった。




 ***




 それから三日後。テスト返却日。


 ウェストナリア学院では、受けたテストの答案用紙は、職員室に生徒自ら受け取りに行くことになっている。一教科ずつではなく、全部の教科を纏めて返され、さらに通知表などもその時に受け取るのだ。


 テストの点数が良ければ褒められ、悪ければお小言を頂戴する……この時間は、ファムの憂鬱な時間の一つだった。


 取りに行かないと、敢えて他の生徒がいるところで返されるという、半ば公開処刑みたいなことをされるので、憂鬱だろうが何だろうが、取りにいくしかない。仮にそれが、留年確定だと分かっていても。


 おまけに今日は、何故かノルンまでついてくるというのだから、憂鬱な気持ちに尚更拍車が掛かっていた。なお、ノルンは全てのテストで満点だったという。


「し、失礼しまーす……」


 辟易とした気持ちで職員室の扉をノックし、中に入った……のだが。


「あぁ、パトリオーラさん! ささ、こっちへ!」

「……ん?」


 何だか担任の先生の様子がおかしい。声が、滅茶苦茶上機嫌なのだ。ノルンが一緒に来ていることも、特にお咎めがない。


 そして、その理由はすぐに分かった。


「いやー、パトリオーラさん、今回はよく頑張りましたね!」

「う、うん? ――って、おぉ!」

「わぁっ!」


 渡された答案用紙を見て、ファムとノルンも感動の声を上げた。


 どの教科も――ギリギリな点数ではあるが――赤点を回避していたのだ。


「いつも十点とか二十点、ひどいと一桁の点数のパトリオーラさんが、赤点ギリギリとは言え、こんな点数をとってくれるなんて……やっと、ちょっとは勉強してくれる気になったんだなと思うと、先生は嬉しくて涙が出そうで……」

「あ、あはは……」


 実は殆どの問題が当てずっぽうだったのだが、それは口に出すまいと、ファムは笑みを強張らせる。


(い、いやぁ……まさか奇跡が起こるとは……)


 すると、




「いやー、これで補習回避だね! 良かったー!」




 ノルンの嬉しそうな声が耳に入った……のだが、


「そうそう、良かった良かった……ん?」


 なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、ファムはノルンの方を見る。


 ……そのノルンは「あ、やっべ」と言うような顔で、口を手で押さえてそっぽを向いていた。


 どういうことか、何となく予想が付いたファム。


「……先生、ちょっと確認なんですけど、今年からテストで赤点取ったら一発留年……なんですよね?」

「一発留年? いえ、そんなことにはなりませんが? 毎年のように、テストで赤点を取るか、授業の出席日数が足りていない場合は補習ですよ」

「ノルン?」

「だ、だって……ファムに補習、受けてもらいたくなくて……」


 話が違うぞと、結構な不満を含めた声をノルンにぶつけると、ノルンは申し訳なさそうにモゴモゴと口を動かす。


 どうやらファムにやる気を出させるために、敢えて嘘を吐いたらしい。


 ぐぬぬ、と唸るファムだが……自分を想ってのこととなると、文句も言えない。


「……ま、まぁいいや。これで補習は回避っしょ。問題無し! やったー! 遊ぶぞー!」


 ファムは答案用紙を空中に放り投げ、全身で喜びを表現しながら、溜まった鬱憤をぶちまけるようにそう叫ぶ。


 これまで、一切の補習無しで長期休暇を迎えられたことがあっただろうか。いや、無い。


 補習が無いと分かるだけで、こんなにも心が軽くなるとは……歴史に残る大発見をしたような、そんなすがすがしさがあった。


 しかし、担任の教師はきょとんとした顔をすると、


「いえ、パトリオーラさんは補習ですね。出席日数が足りていませんし」


 等と言い放つ。


 ファムとノルンがポカンと口を開けたのも、無理からぬこと。


 投げ上げられた答案用紙が、パサリと空しい音を立てて床に落ちた。


「シュッセキニッスウガ、タリテイマセン?」


 意識を遠くへと吹っ飛ばし、教師の言葉を反芻するファム。


 しかし、すぐに我に返り、顔を青褪めさせると、


「え? いやいやちょっと待ってよ。そんなはずなくない? 確かに私はサボりがちだけど、計算ではギリギリ足りているはずで――あっ」


 とそこまで言ってから、思い出す。


 先週、テスト勉強ばかりの日々に嫌気が差して、つい衝動的にズル休みしてしまったことを。


「ファム……まさか、計算ミスしたの?」

「ミスっていうか、計算外だったって言うか……」


 何と間抜けなことか。一生の不覚である。


 頭が真っ白になり、呆然とするファムに、教師は苦笑いをしながら、口を開き、


「まぁ、一日足りていないだけですし、補習を受ければ問題ありません。では、補習の日程は後で報告させて頂きます。まぁそれは兎も角として、テストは本当によく頑張りましたね、パトリオーラさん」

「ア、ハイ……」


 希望を与えられた後に、絶望を突きつけられる。自分は今、どんな顔をしているのだろう……鏡があったら見たいような、見たくないような、そんな複雑な気持ちになるファム。


 呆然とした気持ちで、職員室を出たファムとノルンは、近くの壁に力無く寄りかかった。


 そして、たっぷり一分の沈黙の後、ファムは何とも言えない声を上げると、


「ねぇ、ノルン」

「んー……何が言いたいかは分かるけど、一応聞くよ?」

「どうせ補習受けなきゃならなかったならさ、テスト勉強しなくても良かったんじゃない?」


 そう尋ねると、ノルンは不気味なくらい良い笑顔になると、


「良くない」


 ピシャリと、そう言い放つのであった。

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