第40章閑話
ここは、デルタピークの洞窟内。
その壁に背を預け、力無く崩れ落ちるのは……桃色ボブカットの少女、束音雅。
アホ毛は萎れ、瞳に生気は無い。誰が見ても分かる程、雅は憔悴しきっていた。
この場所にいるはずの女性……アングレー・カームリアの姿はどこにもない。戦っていたレイパーも、消えている。否、消えたのは雅の方だ。
手に握られているのは、懐中時計……タイムスリップが可能なアーツ、『逆巻きの未来』。これで雅は、あの場所から逃がされたのだから。
何とか戻ってアングレーを助けに行かなければと思い、逆巻きの未来を使おうとした雅だが、今は何故か動かない。どこか壊れてしまったのか、タイムスリップするのに条件があるのか、エネルギー不足なのか……雅には分からなかった。
ただ一つ、アングレーを助けることが出来ないという事実が、鉄塊のように心と体に重く圧し掛かる。
最も……仮に助けに戻ったところで、致命傷を負ったアングレーが助かることは無いとも直感してしまっていた。それが余計に、雅から活力を奪っていた。
近くには、三本の杭が転がっている。これはカレン・メリアリカに化けた『メタモルフォーゼ種レイパー』が抜いたもの。アングレーに持ち帰るよう託され、雅と一緒に転移してきたのだ。
「…………」
虚ろな瞳でそれを見つめていた雅。
どれくらいの時間、そうしていたか。
不意に、むくりと雅は立ち上がり、杭を拾って洞窟を抜け、ゾンビのように山を下り始めた。
自分の意思ではない。体が何となく、動いてしまったのだ。感情も思考も無く、ただ本能が、「いつまでもそうしているわけにはいかない」と思ったのだろう。
***
そして、無心のままに無事に山を下りた雅。遭難しなかったのは、殆ど奇跡と言って良い。
これからどうするべきか。ラティアの待つ宿に戻るべきか、優やレーゼ達に連絡するか、バスター署に向かうべきか……色々選択肢はあるが、雅は今、何も考えたくなかった。
ただ魂の抜けたような様子のまま、当ても無く適当に歩き出す。
そして……山の近くの通りに差し掛かり、そこにポツポツと並ぶ店々が目に入った時――。
「……………………?」
雅は思った。
やっと、思った。
何かが変だ、と。
「…………ちょっと、待って」
思わずそう呟く雅。
額や掌、背中に嫌な汗が滲む。
瞳が揺れて、呼吸は浅いのに動機が激しくなる。
何かが違う。だが、その違和感に気が付きたくない。
しかし、思ってしまったのだ。
景色が、何か違う、と。
この違和感を、雅はどう表現していいか分からない。
ただ言えるのは、『自分のいた時代の景色らしさ』が、ここには感じられないということか。
「いや、そんな……え? えっと……」
混乱し始めた雅は近くにあった、お土産雑貨店に飛び込んだ。
「いらっしゃいませー」
どこか呑気な店主の声。
嫌な予感は、膨れ上がる。
置いて商品が、どこか昔の時代らしさがあるのだ。発展途中というか、洗練されきっていない、そんな感じ。
しかし決して古めかしいわけではない。新品といった様相。
そして――
隅に置かれた新聞を見て、雅は大きく目を見開いた。
「…………あぁっ?」
雅の口から小さく漏れる、絶望的な声。
書かれていた日付……それは雅が先程までいた時代から、さらに百年も前。
アングレーは雅を逃がすために、逆巻きの未来を使った。
しかし状況的に焦っていたこともあり、操作をミスってしまったのだろう。
雅は元の時代に戻るどころか、さらに過去へとタイムスリップしてしまったのだ。
そして……逆巻きの未来は今、動かない。
「……そんな」
呆然とした雅の言葉が、虚空に消える。
――ここは……束音雅にとって、帰る術の無い『二百年も前のエンドピーク』なのだから――
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