第355話『浮上』
人に変身出来るだけが、『メタモルフォーゼ種レイパー』の能力に非ず。
変身出来るということは即ち、自分の体を変化させられるということ。その力を使えば、自分の体の一部を武器に変形させることも出来るのだ。
――例えば、腕を全長二メートルもの剣に変化させる、といったように。
「ほらほら! もっと頑張らないと、二人とも死んじゃうよぉ!」
「ちぃっ!」
「くぅっ!」
レイパーの狂気の声が洞窟に響くと共に、剣の一振りを受けたアングレーと雅が吹っ飛ばされる。
怒り任せに戦い始めたアングレー達だが、戦況は劣勢。
ナックルソード型アーツ『サーベリック・シンバル』と、剣銃両用アーツ『百花繚乱』による攻撃を、レイパーはものともしない。
さらに、
「貴様……貴様……っ!」
「アングレーさん! 落ち着いてください!」
「はぁぁぁあっ!」
アングレーは雅の言葉を無視し、レイパーへと突っ込んでいく。
完全に頭に血が上っている彼女の攻撃は、力任せで単調。そうなるのも無理も無いが、これでは敵を倒すことは出来ない。
アングレーと上手く連携が取れないのも、ピンチに陥っている原因の一つだった。
「そぅら!」
レイパーの、殺し合いを楽しんでいるような大声。それと共に振るった腕から、洞窟の出入口へと斬撃が飛んでいき――
「っ?」
轟音と共に壁が砕ける。
幸いだったのは、出入口が塞がることなく、寧ろ広がったこと。
閉じ込められる事態になれば絶望的な状況だった故に、一瞬だけホッとする雅。
しかし――
「えっ?」
雅は気が付く。外の異変に。
やたらと薄暗いのだ。
「アングレーさんっ! 何か変ですっ!」
雅が呼びかけるが、アングレーはレイパーとの戦いに集中し、それに気が付かない様子。
そちらも勿論放ってなんておけない。……が。
「…………くっ!」
半ば本能的に、雅は外の様子を見に行った。
何が起きているのか、正確に把握せねばマズい……第六感が、そう叫んでいたから。
そして――
「……えっ?」
洞窟の外に出た雅の口から、驚愕の声が漏れる。
まるで台風の目のように渦巻く、黒橡色の雲。
それは雅達の時間軸で、およそ三ヶ月前に発生した謎の現象と、全く同じものだ。
肌を撫でるぬめりとした風は冷たく、気持ちが悪い。
そして、雅は見た。
遠くの海の方……その海中から、巨大な黒い影が浮上してきたのを。
そいつが水面を盛り上げ、津波を起こして海上に姿を現したのを。
それを見た瞬間、雅はユリス・コンコルモートの『あの言葉』を思い出す。
『私、その日は海岸沿いを散歩していたんだけど、海の底からおっきな黒い影がふわーっと上がってきて、すぐに消えちゃったの』
(まさか……ユリスちゃんが見たのは、あれのことっ? いや、だけどあれは――)
唖然と口を開き、恐怖に瞳を揺らす雅。
水面を盛り上げて海から浮上した巨大な『そいつ』の正体を、雅は知っていた。
姿を見せたのは、巨大な白いレイパーだ。
だがそれを見ても、雅は俄かに自分の視界に映った光景を信じることが出来なかった。
それほどまでに、現れたのは信じられないレイパーだったから。
ゾクリと、背中が嫌な震え方をした。
震えたのは、巨大で不気味なレイパーだから? ……それもある。
だが、雅が恐れおののいたのは、もっと別の理由だ。
シロナガスクジラと見間違えてもおかしくない程の、巨大なレイパー。
日本海沖、佐渡島の隣……およそ百年前からそこに、こいつと同じレイパーが佇んでいる。
そいつの分類は、『ラージ級ランド種レイパー』。
雅が生まれた時から目にしていた化け物。今ここで見ることになるなんて、雅は全く思ってもみなかった。
「あ、あいつ、の……目的は……っ! あれを呼び出すこと、だったんですか……っ?」
メタモルフォーゼ種レイパーが杭を抜いたことが、これと全く無関係とは思えない。奴も「すぐに分かる」と言っていたから、間違いない。
そして雅達の世界の時間軸で、全く同じことが起きている。そしてラージ級ランド種レイパーは、既に佐渡の隣にいて、その上でユリスは『黒い影を見た』と言った。
これはつまり、どういうことか。
「まさか……今の私達の世界には、二匹いるんですかっ? あの巨大生物が……っ!」
佐渡の隣で動かぬランド種レイパー。
そしてエンドピークの海で、影だけだが姿を見せたランド種レイパー。
全く同じ姿をした二体の巨大な怪物が、海にいる。
一体だけでもどうやって倒せば良いか分からないのに、そんな奴がもう一体いるのだ。
(どうすれば……一体、どうすれば……っ!)
百花繚乱を握りしめ、絶望に顔を歪ませながら必死で頭を回転させる雅。
だが、その時だ。
「――っ!」
突如、上空から殺気が降り注ぐ。
半ば本能的に雅が横っ跳びしてその場から離れた直後、『奴』は今まで雅がいたその場所に落ちてきて、爆音と共に大地を抉り飛ばし、巨大なクレーターを作る。
「ぁ……ぁぁ……っ」
雅の口から漏れる、恐怖の嗚咽。
メタモルフォーゼ種レイパーとの戦闘騒ぎを聞きつけたのだろう。アングレーと共に何とか撒いた、あいつがやってきた。
ドラゴンと悪魔を足して二で割ったような生物……の巨大な石像。
そう――『ミドル級ガーゴイル種レイパー』が。
(ヤバい……ヤバいっ!)
顔を青褪めさせた雅の前で、ミドル級ガーゴイル種レイパーは再び牙を剥くのだった。
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