第38話『昔話』
ガルティカ人。
今より千年前、ナリアの東のエリア――雅達が訪れた、ガルティカ遺跡があった辺りだ――で生活を営んでいた部族である。
高い技術力を持っていたが臆病な部族であり、争いを好まない。人を傷つけることを禁忌とし、近隣の他の部族に襲われた時でさえ、武器を持って戦うことはなかったと言う。
では、どうやって身を守っていたのか。
そのための、あの階段ピラミッドだ。雅達が経験した通り、頂上から地下へと転移出来る仕組みになっており、敵が襲ってきた時にはそこに逃げ込んでいたらしい。
「じゃあ、あの天空島って……」
「うむ。恐らく、最後の砦じゃろう。敵は地下に入り込めないようにしていたと思うんじゃが、万が一侵入された時を想定し、空に逃げられるようにしておったんじゃと思う」
「争いを好まない……。そう言えば、壁画があった部屋。あそこに飾られていた武器や防具は、戦闘用って感じじゃなかったです。でも武器とか防具を飾っていたってことは、興味や関心はあったんですかね?」
雅が、ミカエルと一緒に入った、雰囲気の違う部屋を思い出してそう言った。
「自分達から攻め入ることはおろか、反撃もせんかったようじゃからのぅ。禁忌として定められておるが故とはいえ、不満もあったようじゃな。武器や防具を飾っておったのは、本音を言えば仲間や家族を守るため、戦いたかったからなのかもしれん。それでも、結局禁忌を犯す者は誰もおらんかったようじゃがの」
「……どうしてそこまでして、戦いを拒んだのでしょう?」
「理由は二つ。一つ目は、高い技術力を持っているからこそ、自分達が力を奮うことの意味を考えたからじゃ。人の命を奪うものくらい、簡単に作れたとは思うが……それが人として、正しいことだと思えなかったようじゃの。技術は生きるために活用するものであって、人殺しのためのものでは無いと、彼らはよく知っておった。彼らの技術力の高さは、誇りでもあったそうじゃ」
「それを汚さないために、わざと争いのための道具を作らなかったんですね」
「うむ。まぁある時、別の部族からの襲撃があった際、ピラミダの地下に逃げることが出来ず、多くのガルティカ人が殺されてしもうた。生き残った僅かなガルティカ人も、バラバラになってどこに逃げたのかは分からん」
「それで、ガルティカ文明は滅びたんですね」
シャロンは、雅の言葉に頷いた。
「もう一つは、彼らの信仰していた宗教、『アイザ教』の教えが理由じゃ。こちらの方が、理由としては強いかもしれんの」
「アイザ教……。私の仲間が言っていました。ガルティカ人が何かの宗教を信仰していたなんて初耳だって」
「じゃろうの。ガルティカ文明が滅んだ時、彼らが信じていた『アイザ教』に纏わる、ありとあらゆる物が破壊されたのじゃ。お主が言っていた階段ピラミダの地下にあった壁画は、見つかる事がなかったから無事だったんじゃろう」
「そっか、それで文献とかが何も無くて、誰も知らないんだ。アイザ教って、どんな宗教なんですか?」
「儂も詳しいことは知らん。ガルティカ人だけが信仰していた宗教じゃったからの。博愛の女神『アイザ』を唯一神とし、自分が真の幸福を得るために必要なのは、この世のあらゆる人間に愛の心を持って接する事だけだとする宗教らしい」
「愛の心……だから、決して人を傷つけないようにしていたんですね」
「うむ。……さて、儂がガルティカ人について知っていることはこれくらいかの」
話が終わると、雅もシャロンも一息吐く。
服も乾いたので、雅は着替えた。
そして話が終わったことで、二人は改めて現実の問題に向き会わされてしまう。
「結局、天空島を破壊することも出来ないんじゃ、あの二体のレイパーをこの島に閉じ込めておく方法は無いってことですよね……」
「悔しいが、そう言う事になるの……。すまぬ、儂がもっと強ければ……」
「もっと強ければ、っていうのは、私も同じです。シャロンさんが悪いわけじゃないですよ。そもそもの話、遺跡で私達があいつを倒せていれば、こんな事にはなっていなかったんだし……」
雅がそう言うと、シャロンはゆっくりと首を横に振る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「そもそも、というのであれば、やはり悪いのは儂じゃ。いや……『儂ら』というべきじゃな。竜が奴らに恐れをなして逃げ出さなければ、こんな世の中にはなっておらんかったかもしれん」
「逃げ出した?」
「元々竜は……儂らは、人間と共存して生きていた。少なくとも、この島におった竜はの」
シャロンは、震えながら大きく息を吐くと、再び話し始める。
元々人間と竜は、助け合いながら生活をしていた。文明力に優れた人間が竜の生活を向上させ、戦闘力に優れた竜が外敵から人間を守る、そんな関係だったのだ。
ここにある道具も、ほとんどが人間から貰った物だと、シャロンは言う。
しかしある時、その関係が終わりを告げる出来事が起こった。
「奴ら……お主らが『レイパー』と呼んでいる化け物が出現したのは、今から二百年前。いつからいたのか、どこから湧いてきたのかは分からぬが……最初に女性が襲われたのが、大体二百年くらい前のことじゃ。人間のあらゆる攻撃が奴らには効かんかったが、何故か儂ら竜の攻撃は通用した」
しかし、通じただけだったと、シャロンは続ける。
各地で大量に出現したレイパーに、竜は立ち向かったものの、一匹、また一匹と命を散らせたらしい。
そして竜は、二つの陣営に別れた。命を掛けて人間を守り抜こうとする竜と、自分達の命を優先させようとする竜の二派である。
「じゃが……どちらの陣営の竜も、結末は変わらんかった。人を守ろうとする竜は力及ばず殺され、人を見捨てて逃げ出した竜も、逃げきれずに奴らに殺された。もしも……もしも、儂らが別れることなく一致団結して事に当たれば、違う結果が待っていたかもしれん」
語るシャロンの口調は、まるで懺悔をするかのようであった。
「最早、人間の歴史上、竜と共存していたという事実は消えてしまった。無理も無い。自分達を見捨てた竜を、どうして受け入れてくれようか」
「その時……シャロンさんは?」
「まだ幼竜じゃった儂は、戦うという選択は出来んかった。儂も怖かったのじゃ……。最も儂は、逃げ出すことすら出来ず、この島の隅で震えて隠れておっただけなんじゃがな」
当時の自分を思い出したのか、シャロンの目が曇る。
「儂がこの島に迷い込んだ人間を助けておるのは……自己満足な贖罪のためじゃ。じゃが、ここ数日だけで、何人もの女性を助けることが出来んかった。また一つ、また一つ命が奪われ……結局、儂はその自己満足な贖罪すら果たせんかった」
「……でも、私は助けられた」
シャロンの言葉に、雅はもう我慢が出来なかった。
すっと雅の手が伸びて、シャロンの小さな手を握る。
「あなたが殺したわけじゃない。レイパーに恐れをなした? それがなんだっていうんですか? 殺されるのが怖いから逃げるって、何も悪いことなんかじゃない。悪いのは、全部レイパーなんです。断じて……断じて、竜が悪いなんて、私は思わない」
「タバネ……」
「シャロンさんは、ずっと守ろうとしてきたんですよね、人を。本当は、また人と共存して生きていきたいって思っているんですよね」
雅は周りを見渡す。
そこにあるのは、人間が生活するために必要な家具や道具の数々。
まだ大事にとってあることが何を意味するのか……影ながら人を助ける行いも合わせて考えれば、何となく雅には想像がついた。
「シャロンさんが人間のために、竜の未来のために戦うなら……その隣に、私も立ちます」
「……タバネ……。ありがとう!」
シャロンは強く頷く。
互いを見る雅とシャロンの目には、強い光が宿る。
気が付けば、二人の心は前を向いていた。
***
そして改めて二体のレイパーをどう倒すか、話し合いが始まった。
ああでもない、こうでもないと悩みながら意見を出しあっていた中、雅が知恵を絞り出すように声を出す。
「……あの二体、分断出来ないかな? ワイバーンみたいな奴の方だけなら、何とか出来ると思うんです」
「……そうじゃの。お主のお陰で、あやつの弱点は分かった。あっちの方だけならば儂だけでも倒せるはずじゃ。しかし、魔王みたいな姿をした、もう一体がのぅ」
少し前の戦い、二人はただ敗北しただけでは無かった。
二人の脳裏には、ワイバーン種レイパーが痛みにもがいていたあの姿が、はっきりと浮かんでいる。何故そうなったのか、理由も分かっていた。
しかし、いざ倒すとなると魔王種レイパーが邪魔になる。
「確かアーツを持っておるなら、スキルというやつが使えるんじゃったの? お主のスキルで、何とかならんのか?」
「私のスキルって、他の仲間の使えるスキルを一日一回だけ使えるスキルなんですけど……戦闘の役に立ちそうなスキルは、今日はもう使っちゃったし……。火種があればアーツに炎を宿せるけど、この雨じゃ消えちゃうしなぁ……」
眉を寄せて頭を悩ませる雅。
その時だ。
雅は思わず「あっ」と声を上げる。
「シャロンさん。私に電流を流す事って出来ますか?」
「電流じゃと?」
シャロンが目を見開く。
「リアロッテさんっていう、私の友達なんですけど……その人、『帯電気質』っていうスキルを使えるんです。自分に電流を流すと身体能力が上がるスキルなんですけど、それ使えないかなって思って」
セントラベルグとノースベルグの間にある軽犯罪者用の収容施設、カルアベルグ収容所。
リアロッテというのは、雅が馬車の中でセクハラをした際にお世話になったその施設の看守の一人である。スパーキア・ウィップというアーツを使っていた金髪ポニーテールの、会話が苦手な女性だ。
ただ――と、雅は不安そうな顔で続ける。
「彼女のスキル、実はまだ使ったことがないんです。今まで使えそうな機会が無くて……どれくらいパワーアップ出来るのかとか、そもそも思った通りの効果が得られるのかとか、分からないことが多いんですよね」
雅のスキルで仲間のスキルを使うと、その効果は若干異なるものとなる。アーツに炎を宿すスキル『ウェポニカ・フレイム』なんかは、元々の使用者であるセラフィが使うと自然にアーツに炎が宿るが、雅が同じスキルを使っても同じようにアーツに炎は宿らない。アーツに炎を宿すための火種が別途必要となる。
つまりだ。もしかすると、自分に電流を流しても『帯電気質』のスキルが発動しない可能性もあるのだ。そうなれば、感電死は免れない。
「……儂の放つ電流は荒っぽい。雨も降っておる。本当に大丈夫かの?」
「今は、それに賭けようと思います。他に方法が無いなら、やるっきゃないですし」
「……分かった」
シャロンは少し迷うような表情をしたが、それでも頷いてそう言ってくれた。
そして方針が決まり、二人がレイパーを倒すための作戦を詰めようとした時。
強い殺気が、二人の全身を包みこんだ。
そして聞こえる。
「ママテレノヤゾチ」
と言う、不気味な声が。
顔を強張らせ、振り向くと――
そこにいたのは、にやけ面をした、魔王種レイパーだった。
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