第354話『化漣』
人が変身して、レイパーになる存在がいる。
人の体を乗っ取るレイパーがいる。
ならば当然――人に化けるレイパーがいても、不思議ではない。
雅の追及に観念した『そいつ』は、一瞬だけ姿をぐにゃりと歪め、また戻る。
それが、『そいつ』が化け物であることを証明した。
カレン・メリアリカの姿をした『そいつ』は……人の姿に自由に化けることが出来る力を持った、レイパーだ。
分類は『メタモルフォーゼ種レイパー』。
非常に珍しい、人の言葉を話せるレイパーである。
「……いつから?」
「ん?」
「いつから……カレンに成り代わっていたの……?」
アングレーが震えながら、怒りを滲ませてそう聞く。
聞きながらも、アングレーは『あの時だ』と確信を持っていた。十一年前……突如カレンが消えて、戻ってきたあの時。
何故ならそれ以前のカレンは、確かにアーツ『アーク・ヴァイオリカ』を使っていたのだから。百パーセント本物のカレンだと断言出来る、揺るぎない証拠があったのだから。
アングレーの確信を裏付けるように、レイパーは「アングレー、君が想像している通りさ」と告げる。
(私は……そんなに長い間、こいつに騙されて……!)
想像していても、いざそれが正しいと分かると、自分の足元が崩れるような錯覚に陥ってしまうアングレー。
卒倒することを必死で堪えるので、精一杯だ。
だがそれでも、アングレーはどうしても確かめなければならないことがある。目の前の、親友と信じて疑わなかった存在がレイパーだとなれば、どうしたって出てくる疑問があるのだ。
それは――
「なら本物のカレンは、今どこに……っ?」
こいつが偽物なら、どこかに『本当のカレン・メリアリカ』がいるはず。『猛烈に迫る嫌な予感』に怯えながらも、アングレーは祈るような想いでそれを聞いた。
だが、
「死んだ」
残酷なまでにシンプルな、レイパーの回答。
アングレーも雅も、呼吸を忘れたかのように凍り付き――レイパーはそんな二人を鼻で嗤う。
「いや、聞かなくたって分かるっしょ。だって本人、十一年も戻ってこないんだから。世界が融合する前なら、『もう一つの世界にいるかも』って希望も持てたんだろうけどねー」
「き、貴様……!」
腹の底から、アングレーは声を絞り出す。
「なんでカレンに化けていたっ? どうして……!」
「質問が多いなぁ。……別に理由なんてないよ。『目的』が達成できるのなら、カレンじゃなくても良かったんだ。あの女が消えていくのを見たから、『ま、こいつでいっか』って思っただけ」
「そんな……そんな理由で……カレンに……!」
内側から血が滴る程に拳を握りしめるアングレー。
しかし、そんな彼女のことなど気にする様子は、レイパーには無い。
「いやー、それにしてもアングレー。君は結構役に立ったよ。記憶喪失だって嘘八百を並べ立てたらコロっと信じた上に、私の欲しいものをきちんと手に入れてきた。バスターなんて忌々しい存在なだけだと思っていたんだけど、使い方次第だね。ミヤビの方の世界で使われる諺だと、こういうの『馬鹿と鋏はなんとやら』っていうんだっけ?」
「貴様……! 何が目的だ! 私に『逆巻きの未来』を探させて、この時代にこさせて……その杭を抜くことが目的だったのかっ? どうしてそんなことを!」
アングレーの詰問に、レイパーは小馬鹿にしたように肩を竦めてみせる。
「簡単に教えたって、つまんないでしょ? ま、すぐに分かるよ。でも折角だし、一つ言うのなら……『我々にとって、あの杭が邪魔な存在だったから』ってところかな?」
「邪魔な存在だった……?」
レイパーの言葉に、雅は眉を顰める。
理由が分からなかったというのもあるが、雅が引っ掛かったところは、別にある。
この杭は、元の時代では既に抜かれている。それも、ごく最近の話。改めてこの時代に来て、杭を抜く理由が分からなかった。
(同じような見た目なだけで、実は別の杭? そう言えば、発見された杭は一本だけ。ここには三本。残りの二本はまだ見つかっていない、けど……)
「それにしても、こんなに早くバレるなんてねー。アングレーが『用心棒にもう一人欲しい』なんて言った時は、断ったら怪しまれるかなーって思って承諾したけど、失敗だったね。どこで気が付いたの? 参考までに教えてくれない?」
「答える義務はありません!」
「もしかして直感? なら厄介だねー。だけど――」
そこまで言った、その瞬間。
「っ!」
「くっ……!」
メタモルフォーゼ種レイパーの体から溢れ出す、夥しいエネルギー。
「ま、ここであんた達を殺すから、私の正体を知る人はいなくなるけどね!」
「……私達を殺せば、元の時代には帰れない! レイパーにアーツは使えないんだから!」
「ならまた、この時代の人を騙して使わせればいいだけの話さ! アングレー! 君がそうだったように、ね!」
「……!」
「まぁでもその前に、カレンの祖先やアーク・ヴァイオリカも壊しておこうか! あの忌々しい音色を奏でるアーツも! それを操る女も! どっちも無くなれば嬉しいからね!」
「黙れぇぇぇえっ!」
この場の誰よりも早く動き出した、アングレー。
ナックルソード型アーツ『サーベリック・シンバル』を怒り任せに振りかざし、メタモルフォーゼ種レイパーへと突撃していくのだった。
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