第352話『石魔』
ナックルソード型アーツ『サーベリック・シンバル』。これが、アングレー・カームリアが普段使っているアーツだ。
その構造は、セリスティアの使う爪型アーツ『アングリウス』とよく似ている。両腕に一つずつ着けて二刀流にしているところも、そっくりだ。
五十センチ近い刃渡り、そして盾のように付いている巨大な小手。小手はシンバルのような形状をしており、盾として使うことも、そしてシンバルさながらの打楽器としても使える。
普段はポッケに収まる程に小さくなり、レイパーと交戦する際は巨大化させて使うのだ。
向かってくる『ミドル級ガーゴイル種レイパー』に対し、剣銃両用アーツ『百花繚乱』を構える雅の横で、アングレーもサーベリック・シンバルを両腕に着けて戦闘態勢をとっていた。
敵が接近してくるまで、後二十メートル、十五メートル、十メートル……
と、そこまで近づいてきた、その時。
レイパーは口を大きく開き、奥にある濁緑色の宝石のようなものを見せつけてきたと思ったら、大量の石を吐き出してきた。
「くっ!」
「っ?」
直径二十センチは下らない程の大きさの石が、弾丸のように飛んでくる。
姥のお面がレイパーをパワーアップさせていることもあり、まともに受ければ、怪我では済まない。それを、雅は防御用アーツ『命の護り手』が纏わせる白い光のバリアで、アングレーはシンバル型の小手で、それぞれ防ぐ。
それでも、一発一発が相当な衝撃だ。攻撃を防ぎながらも、二人とも痛みや衝撃に顔を顰めていた。
そして、
「っ! ミヤビさん! 上!」
「ヤバい……!」
ミドル級ガーゴイル種レイパーは跳び跳ね、二人のところへ落下してくる。見るからに重そうなその巨体……いかに命の護り手であっても、受ければ即死は免れないだろう。
まともに受けてはマズいと二人がその場から横っ跳びするのと同時に、地面に直撃するレイパーの巨体。
派手な地響きと衝撃にクレーターが出来上がり、周りに生えていた木が倒れていくのを見て、雅もアングレーも冷や汗を流した。
だが、
「はぁっ!」
雅は果敢に敵に飛び掛かり、斬撃を放つ。
自身のスキル『共感』で、真衣華のスキル『腕力強化』を発動し、威力の上がった強烈な斬撃だ。
それが、レイパーの体に勢いよく命中した……のだが、
「痛……っ!」
刃から伝わる、あまりにも硬い敵の体の感触に、雅は顔を歪める。レイパーの体には傷一つ付いていない。
「ぐっ……!」
アングレーもまた、刃をレイパーの体に突き立てるも、結果は雅と変わらず。
恐ろしく頑丈な皮膚は、雅とアングレーごときの攻撃ではまるで歯が立たなかった。
そして、咆哮を上げるように、再び口を開くレイパー。
刹那、濁緑色の光が口から漏れ――
「きゃっ!」
「っ!」
尖った石が二人の足元に出現し、それが空へと勢いよく飛び上がり、二人の体に傷を付ける。死ぬほどでは無いが、意識が一瞬飛びかけるくらいにはキツイ攻撃だ。
よろめいた雅とアングレーに対し、レイパーは翼を叩きつけてくる。それを辛うじてアーツで受け止めるも、あまりの威力に、二人は同じ方向に大きく吹っ飛ばされてしまった。
さらに、三度口を開くレイパー。
再び石を飛ばし、倒れた雅とアングレーを確実に仕留めるつもりだ。
「くっ……この……っ!」
敵の攻撃が飛んでくる前に、雅は倒れたまま、百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにして構える。
石が飛ばされるのと、桃色のエネルギー弾が放たれるのは同時。そしてアングレーが起き上がり、雅を庇うように前に立つのもほぼ同時。
アングレーがアーツで石を防いだ、その瞬間――
「――ッ?」
レイパーの口元に、エネルギー弾が直撃して大きく仰け反ったことで、雅もアングレーも驚愕に目を見開く。
ただのエネルギー弾だ。今までの攻撃が効かなかったのに、一体何故……と思ったところで、二人は気が付く。
「口の中の宝石みたいなやつ……あれが、弱点なんだ!」
「ミヤビさん! 私が接近して攻撃する! 援護をお願い!」
「はい!」
言うが早いか、雅はレイパーの近くの地面へエネルギー弾を放ち、爆発の衝撃で土煙を発生させる。
敵の視界を覆う程の土煙……目晦ましとしては、充分だ。
地面を蹴って、一気にレイパーへと接近していくアングレー。
濁緑色の光が発生し、アングレーの足元に尖った石が再び出現するが、走り回るアングレーには命中させるには、飛び上がるのが少しばかり遅い。
そして、跳躍するアングレー。
サーベリック・シンバルの刃を振りかざし――
「はっ!」
敵の口の中の宝石へ、強烈な斬撃を命中させる。
「ギャァァァァッ!」
悲鳴のような咆哮を上げ、よがるレイパー。
「っ! ここだっ!」
その隙を、雅は逃さない。
百花繚乱を構え……狙うは、レイパーの背中に貼り付いた姥のお面。
放たれたエネルギー弾は、今度こそ正確にお面へと命中し、レイパーの体から離れて吹っ飛んでいく。
一瞬、反射的に姥のお面に追撃の一撃を入れようとした雅だが……今回はそれを、何とかグッとこらえた。
「アングレーさん! 逃げます! こっちです!」
代わりに『共感』でライナの『影絵』のスキルを発動し、分身の雅を出現させると同時に、そう叫ぶ。
「ああ!」と応答し、雅の方へと戻ってきたアングレー。
雅はアングレーの手を引き――言葉の通り逃げることなく、倒れた大木の陰に、身を隠す。
「どうした?」と視線で聞いてくるアングレーに対し、「私を信じて」と目で訴える雅。
隠れた二人に対し、分身雅だけは逃げていく。
レイパーの視線が向けられている方に。
先の一撃に苦しんでいたレイパーだが、落ち着くと必然、分身雅が逃げていった方に向かって行った。
あの分身雅は、囮だ。レイパーを自分達……そして、洞窟の中にいるカレンから引きはがすための。
そして、隠れること数分。
「うっ……!」
「ミヤビさんっ? どうしたのっ?」
「だ、大丈夫、です……これ、多分フィードバック。分身が、あのレイパーにやられてしまったんです……」
全身を駆け巡る強い痛みに顔をしかめ、雅は苦しさを吐き出すようにそう説明する。
「どこまで敵を引き離せたか分からないけど、もしかすると戻って来る可能性もあります……」
「なら、カレンの元に急いだ方がいいな。合流したら、一旦現代に戻った方がいいかもしれない」
アングレーの提案に、雅は頷く。
そして、洞窟の方へと戻るのだった。
***
そして、
「うわ、狭いですね……」
洞窟に入った二人を最初に出迎えたのは、人が一人、何とか通り抜けられるような細い通路。
岩肌が腕や足を擦り、時には地面の凹凸に躓きそうになりながらも、二人は進んでいく。道が一本なのは、せめてもの救いか。
ファイアボールの灯りを頼りに、そんな細道を何とか抜けてやって来たのは、洞窟の奥。
今までの狭苦しさが嘘のように広がった空洞……その中央に、人が立っていた。
「あ、いた! カレンさん、あそこだ!」
「カレン! そっちはどう? アーク・ヴァイオリカは――カレン……?」
「…………」
アングレーの呼びかけに、カレンは何も答えない。
どうしたのか……アングレーも雅も、不審に思う。
そして……
「……カレン?」
「…………」
二人が違和感を覚えたのは、この直後。
ファイアボールの頼りない灯りで満たされた、薄暗い洞窟の中。
何か……。
……何かが、おかしかった。
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