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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第40章 デルタピーク
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第351話『衝戟』

 エンドピークの西、ウラとの国境沿いにそびえたつ大きな山、『デルタピーク』。


 標高はおよそ六百メートルであり、そこまで高いわけではない。山頂付近は勾配が急になるため登るのも一苦労だが、そこまでなら道もなだらかで歩きやすく、危険な動植物も少ないため、登山初心者でも無理なく楽しめる。


 そんなデルタピークだが、中腹の辺りに小さな洞窟があり、カレン曰く、彼女のアーツ『アーク・ヴァイオリカ』はここで発見されたものらしい。


「えっと、アーク・ヴァイオリカ……見た目は、弓なりになっているヴァイオリンなんですよね?」

「うん。見た目が特徴的だから、見たらすぐに『これだ』ってなるはず」


 時計型アーツ『逆巻きの未来』により、百年前のキャピタリークに移動してきた雅、アングレー、そしてカレン。


 一瞬視界が暗くなったと思ったら、このデルタピークの麓にいたのだ。


 あまりにもあっさりとした時間遡行で、本当にタイムスリップ出来ていたのか不安だったのだが……麓付近の売店に置かれた新聞の日付は、間違いなく百年前だった。


 現地時刻は、午前十時五分。


 いざアーク・ヴァイオリカを探しに山を登りながら、雅はそのアーツについて、アングレーから詳細を聞かされており、先の発言が出たという訳である。


「写真や絵とかで見たことはあるんだけど、我ながら一体どうやって弾いていたんだろうって感じだったよ。もっと弾きやすい形にならなかったものなのかね?」

「それでもカレンは使いこなしていたんだよ。……それにしても、話の流れでいきなり逆巻きの未来を使ってしまったけど、ミヤビさんに写真くらい見せてから使えば良かった。うっかりしていたな……」

「いえ、私ももうちょっと確認すべきでした」


 カレンの記憶がやっと戻るかもしれない、と気が競ってしまっていたアングレー。


 そして、タイムトラベルやら何やらの情報の圧のせいで、冷静な判断をするのが難しくなっていた雅。


 程よく硬い地面を踏みしめながら、二人は反省を口にする。


「……いやぁ、しかし長閑(のどか)だねぇ。空は青いし、空気はおいしいし、遠くに見える海は綺麗だし」

「カレン……確かに絶好の登山日和だけど、あまり油断しないように。危険な動物は少なくても、この時代ならレイパーもいる」

「あいつら、神出鬼没ですもんね。いきなり出てきてもおかしくないです」

「はいはい。分かってるって。ふぁぁ……」


 本当に分かっているのかと疑いたくなるような、大きな欠伸をするカレンであった。




 ***




 そして、山を登り始めて一時間後。三人は一旦休憩を取ることにした。


「呑気な人で、驚いた?」


 カレンが「湧き水でも探してくるー」と言って、姿を消すと、アングレーが苦笑いで雅にそう聞いてくる。


「あー……まぁ、変な人、ですよね? 記憶喪失の人って感じがしないというか……」

「のんびり屋なのは、彼女の性みたいでね。記憶が無くなってもそこはあまり変わらなくて……まぁそのお蔭で、こっちもあまり暗い気持ちにならずに済んでいるかもしれない。あー、でも昔はもっと人懐っこかったかな。知らない人にも、積極的に声を掛けて仲良くなっていた」

「ふーん……。アングレーさんはカレンさんと親友って言っていましたけど、何時頃からの付き合いで?」

「学生時代かな。まぁ最初は、私もあの子のことは気に食わなかったんだけど……」


 アングレー・カームリアは、今でこそバスターだが、初めからそれを志していたわけではない。


 それこそ音楽学校に入った時は、プロの演奏家を目指していた。


 しかも、ヴァイオリン。つまりカレンと同じ、バイオリニストを志望していたのだ。


「……なんだけど、そこに立ちはだかったのがカレンでね。多分本人にはそんな気は無いんだろうけど――」


 カレンは、ヴァイオリンの天才。


 故にどうしても、授業や音楽会の場で比べられ……その差をありありと見せつけられた。


「一時期はそれはもう、酷い有様だったというか……カレンには敵対心剥きだしで、イライラすれば周りに当たり散らすわ、もう完全に私の黒歴史。で……ある時、そんな自分が嫌になったんだろうね。私の中の弦がプツンと切れた」


 やる気を無くした……とでも言うのだろうか。


 楽器を持とうという気すら、無くなったのだ。


 気が付けば、愛用していたはずのヴァイオリンも、捨ててしまっていた。


「授業を受けても、内容が頭に入ってこない。じゃあもういいやってなって、サボるようになって……それで、退学して引きこもろうかと真剣に考え始めた、そんな時だった。カレンが話しかけてきたんだ」




『なんか辛そうな顔をしているね』




 カレン・メリアリカはそう言って、いきなりアングレーの目の前で演奏を始めたと言う。


「普通の人からすれば、私なんか嫌な奴だったに違いないんだろうけど……カレンはそうは思っていなかったみたいで。ただ、その時の演奏は、それはもう、本当に心に染みるくらい潤っていて……今まで聞いたどんな演奏よりも、綺麗だった」


 そして……どこか心の底からやる気が湧き上がるような、そんな演奏だった。


「もう何か楽器を鳴らしたくて仕方なくなって……無性に派手な音を鳴らしたくなったことを、今でもよく覚えているの。捨てたヴァイオリンは戻ってこないし、じゃあどうしようかってなって……たまたま目に入ったシンバルを使ってみたら、凄くその時の自分に合った音だった。それを買って……その次の日に、カレンにお礼と謝罪に行って……それからだね、私達の付き合いは」


 カレンは一人でも演奏出来る人物だったが、不特定多数の人とのセッションを何より好んでいた。そのセッションに特定の人を呼ぶことは少なかったが、アングレーだけは特別だったのか、よく声を掛けてもらっていたと言う。


「気が付けば、音楽以外の付き合いも増えていって……なんやかんや、今日の今日まで付き合いが続いているのよ」

「ほぉ……」


 カレンは卒業と同時にバイオリニストに。


 音楽家としての才能は無いと理解したアングレーは、楽器は趣味に止めるために、それとは無関係なバスターに。


 互いに道が分かれたものの、学生時代の付き合いの積み重ねは、ちゃんと残った。


「バスターになって一番良かったのは、カレンの演奏会を特等席で聴けることかしら? バスターって警護の仕事もあって、カレンはほぼ毎回、私を名指しで指名してくるの。お蔭で上から文句を言われたこともあったけど……まぁ、役得ってことで」

「ふふ……」


 互いにクスリと笑みを零していると、姿を消していたカレンが「いやー、喉潤ったー」と言って戻ってきて、再び三人は山を登り始めるのだった。




 ***




 そして、二時間後。


「んー……あそこだ」


 カレンの道案内の元、山の中腹までやって来た雅達。


 カレンが指差した方向には、確かに小さな洞窟がある。


 だが、


「あの……本当に、ここにアーク・ヴァイオリカがあるんですか?」


 近くまで来て洞窟の中を覗き込んだ雅が、首を傾げてカレンにそう尋ねる。


 なんの変哲もない洞窟だ。入口からでは奥まで見えないが、確かに奥底からは、何か肌の毛を逆立てるような、大いなるエネルギーとでもいうべき『何か』は伝わってくる。


 ただ、雅にはそれが『自分達の力になってくれるようなもの』ではなく、もっと別の……『決して触れてはいけないもの』のような、そんな気がしたのだ。


 しかし、カレンは「そうそう。ここにあるんだ」と言って頷く。


「まぁ取り敢えず、中に入ってみよう。カレン、ファイアボールだ。君が先頭を行――っ?」


 カレンに非常用の灯り『ファイアボール』を渡しながらそう言っていた途中で、突然言葉を止めるアングレー。


 瞳に鋭い殺気が宿り、何事かと思って雅とカレンもアングレーの視線の先を見て――理由を理解した。


 遠くにいたのだ。巨大な化け物……レイパーが。


 見た目は『翼の生えた、悪魔とドラゴンを足して二で割ったような生き物』の形をした石像……ガーゴイル。


 分類は『ミドル級ガーゴイル種レイパー』といったところか。


「くっ……まさか、こんなところで出くわすとは……」

「どうする? 隠れた方がいいかな?」


 レイパーは遠くにおり、まだ雅達には気が付いていない。大きな物音を立てなければ、どこかへ去っていくと思われた。


(バスターとしてレイパーを見逃すわけにはいかないけど……こっちには、戦えないカレンがいる。現代への影響もあるし、戦闘は避けるべきか……)


 苦渋の想いで、アングレーは奥歯を噛み締めそう考えていた、――その時だ。


「――っ?」


 ()()は、突然雅の目に飛び込んできた。まさに青天の霹靂だった。


『それ』と出くわすなんて、まるで考えてもいなかったから。




 雅が見たのは、ガーゴイル種の背中部分に貼り付いた、一枚のお面。




 かつて、何度も見たお面だから、それが何か、雅にはすぐに分かった。


 泣いたお婆さんのお面……姥のお面。


 レイパーをパワーアップさせ、『感情』というエネルギーを吸い尽くす忌々しいお面だったのだ。


 雅の心臓がドクンと跳ね……脳裏に、二人の女の子の顔が浮かぶ。


(あれを……今、ここで破壊すれば……!)


 姥のお面を着けて、パワーアップするレイパーはいなくなる。


 それは、人工レイパーも同様だ。


 つまり……人工種のっぺらぼう科レイパーが、四枚のお面を着けてパワーアップすることもなくなる。……鬼灯淡がお面を取り込み過ぎて、感情を失うことを、もしかすると防げるかもしれない。


 そして、四枚のお面を取り込むことが出来なければ、鬼灯淡が変身する人工種のっぺらぼう科レイパーも弱体化する。四枚のお面のエネルギーを吸収した人工レイパーの力を、久世に奪われることも無くなる。




 何より……人工種のっぺらぼう科レイパーが弱体化すれば、浅見四葉が殺されることも、防げるかもしれない。




 そう思った時にはもう、雅の体は動き出していた。


 余計なことをすれば未来が変わるとか、アングレー達に迷惑がかかるかもしれないとか、そんなことは全部、頭から抜けてしまっていた。


 雅の右手に嵌った指輪……それが光を放った瞬間、近くにいたアングレーは雅が何をしようとしているのか悟り、制止の声を掛けようとするが――




 その時には既に、雅の手にライフルモードの剣銃両用アーツ『百花繚乱』が出現し、銃口から桃色のエネルギー弾が放たれていた。




 一直線に飛んでいくエネルギー弾。空を切ってレイパー、その背中のお面へと向かうが……僅かに狙いは逸れ、石像の翼の付け根に命中してしまう。


 よろめいた後、背後を向くレイパー。


 当然、見つける。自分を攻撃した者の姿を。


 そしてその近くにいる、別の獲物を。


「あ、あぁ……!」


 雅が自分の愚かさ、浅はかさに気が付くも、もう遅い。


「カレン! 先に洞窟に行け! 私とミヤビさんで、こいつを抑えるから!」

「分かった! ありがとう!」


 カレンはそう叫ぶと、ファイアボールを握りしめ、洞窟へと消えていく。


「アングレーさん……ごめんなさい……!」

「過ぎたことは、もういい! 行くよ!」


 アングレーがアーツを取り出すのと同時に、姥のお面を着けたガーゴイル種レイパーは、大きな咆哮を上げて牙を剥くのだった。

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