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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第40章 デルタピーク
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第349話『際会』

 一月二十七日日曜日、午前八時十六分。


「そう言えば、ミヤビお姉ちゃんはよくその服、着ているよね」


 キャピタリークの宿の、雅とラティアが泊まる部屋にて。


 着替え途中の雅を眺めながら、ラティアがふと、そんなことを言ってきた。


 雅は一瞬キョトンとしてから、自分の体を見つめ、「あぁ、これのことですか」とラティアの言葉の意味に気が付く。


 ブレザーにスカート……大和撫子専門学校附属高校の制服に、丁度着替えていたところだったのだ。


「高校辞めたのに、未だ制服着ているのも変な話なんですけど、これ、すこぶる動きやすくて便利なので、ついつい着ちゃうんでんすよねぇ。一応、他にも服は持ってきているんですけど……」


 そう言う雅の視線は、キャリーバッグに向けられていた。中には、数着の衣服が仕舞われているのだが、実はまだその中の一着を一回しか着ていない。


 服を選ぶのが面倒くさいとかではなく、「もしもレイパーが出現したら……」と思うと、どうしても万が一に適した制服を選ばざるを得なかった。


 しかし同じ服ばかり着ていると思われるのも、少し複雑に思ってしまう雅。


「……ま、いっか」


 しばし、おしゃれをすることの意義を考えていたものの、雅は白いムスカリ型のヘアピンを髪に留め、黒いチョーカーを首に巻く。


 もう少ししたら、人と会う約束の時間なのだ。あまりボーっとも出来ない。


「じゃ、行ってきます! 夕方までには戻ってきますから、お留守番、お願いしますね! 何かあったら、すぐに私やバスターの人に連絡を!」

「うん。――ねぇ、ミヤビお姉ちゃん!」


 手早く支度を整えた雅が部屋を出ようとした時、躊躇いがちに、ラティアは雅を引き留める。


 そして……


「……上手く言えないけど……気を付けて!」

「……はい!」


 ラティアの「気を付けて」という言葉……それはまるで、戦いの場に赴く者に対して放たれるような、そんな雰囲気が滲んでいたように、雅は思った。


 どうしてそう思ったのか。




 それはきっと、この後に起こる事件を、予感していたからかもしれない。




 ***




 宿を出る雅。


 すると、


「やぁ、おはよう」

「アングレーさん! ごめんなさい、お待たせしちゃいました!」


 ブロンドの髪に、切れ長の目の女性……キャピタリークのバスター、アングレー・カームリアだ。


 雅は今日、彼女と出掛ける約束になっていた。


 出掛けると言っても、デートでは無い。


 アングレーが「会わせたい人がいる」というので、会いに行くのだ。


 その人物とは、カレン・メリアリカ。


 キャピタリークの有名なバイオリニストであり……その姿は、何故か雅に似ている女性である。


「私も今来たところでね。こちらこそ、今日は休みなのに、無理に付き合わせてしまって申し訳ない」

「いえいえ、全然オッケーですよ! ……私も、カレンさんという方のこと、気になっていましたし」


 言いながら、どこか緊張した面持ちで顔を逸らす雅。


 視線の先……キャピタリークの外れにある楽器店に、その人物はいる。


「……さて、早速行きましょう! あ、手を繋いでもよろしいですか?」

「あ、あぁ。いや別に構わないけど……」

「やったー!」


 アングレーの若干引いた様子に構わず、雅は手を取ると、そのまま歩き出すのだった。




 ――そうして、アングレーに案内され街の外れにやって来た雅。


 なのだが、


「おぉぅ……中々アンティークなお店ですねぇ……」


 辿り着いた場所にある建物を見て、雅が控えめにそう呟く。


 築百年近くあるのではないだろうかと思う程、壁はボロボロで塗装は剥がれていた。屋根にはあちこち蜘蛛の巣が張られており、夜にでも見ればさぞ不気味だろうという有様である。


 窓もくすんでおり、中の様子はよく分からない。


 錆びついた看板には薄らと、『メリアリカ楽器店』と書かれていた。


 カレン・メリアリカは有名なバイオリニストというだけでなく、この楽器店の店長でもあるのだとアングレーは雅に説明した。


「こんな見た目だけど、潰れていないよ。……そろそろ小奇麗にしないと客が逃げると言っているんだけどね」

「えっと……入っていいんですかね? 扉のところ、『Closed』の札が書かれていますけど……」

「大丈夫大丈夫。大方、奥の方で寝ているんだと思う。そっちは住居スペースがあって、カレンは普段、そこで暮らしているんだ」

「……ふぅーん。まぁ、本人がいるなら大丈夫ですね」


 そう呟くと、雅は軽く深呼吸してから扉のノブに手を掛け――どう考えても開き戸のような見た目をしているにも拘わらず、横にスライドさせる。


 ギギギ、と鈍い音が響いて扉が動く中、アングレーは感心したように口笛を吹いた。


「そこが引き戸だって、よく分かったね」

「……あれ?」


 言われて雅は、目を瞬かせる。


 何気無く横にスライドさせたが、言われてみると何故自分がそんな開け方をしたのか、分からなかった。


 初めて来た場所に対して使う言葉では無いだろうが……昔からの癖でついそうしてしまった、そんな感じだったのだ。


「カレンの前の店主が中々妙なものを置きたがる人でね、その扉もその一つなんだよ」


 どこかの国のカラクリ屋敷に使われているものを買ってきて、ここに取り付けたのだとアングレーは続ける。


「客が混乱するから普通の扉にしたらって私もカレンも注意していたんだけど、聞かなくてさ。初めて来るお客さんは絶対に間違えるんだけど……」

「よく見ると、蝶番に見えるところは、絵になっているんですね。へぇ、面白い」


 言いながら中へ入る二人。


 楽器店らしく、中にはヴァイオリンやピアノ、ギターやドラム等、様々な楽器が置かれている。どれも古めかしく、果たして買う人がいるのか怪しいが、一方で雅にはそれが、妙な温かみを持っているように感じられた。


 すると、


「あっ! ミヤビさん!」

「えっ? ――って、ええっ?」


 中には既に先客がおり、その人物を見て互いに驚いたような声を上げる。


 ユリス・コンコルモート……先日、亡霊レイパーの一件で雅達と関わった女の子が、そこにいた。


 上品に整ったミドルヘアーに、紫色のワンピース……学校が休みの日だからか、おしゃれしている。


「ユリスちゃん! お久しぶりです! 元気でした?」

「うんうん! うわー、ビックリ! まさかミヤビさんにまた会えるなんて!」

「驚いてくれたかな? ちょっとしたサプライズ……ここなら、君達が直接会えると思ってね」


 手を取り合ってはしゃぎだす雅とユリスに、アングレーは柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、アングレーさん!」

「いきなり呼ばれたから何かと思ったけど、こういうことだったんだね!」


 あの事件以降、直接会って会話することが出来なかった雅とユリス。


 いっそ文通でもしようかと雅はアングレーに相談していたからか、気を利かせてくれたようだ。


「そっちにソファあるし、座って話そ。――そう言えば、今日はアイリさんとラティアちゃんは?」

「ラティアちゃんは宿でお留守番です。ほら、日曜日ですし。ただ、愛理ちゃんは、実はもう――」

「……あぁ、そう言えば、留学の途中って言っていたっけ? じゃあ、もうこの街にはいないんだ。残念」

「愛理ちゃんもユリスちゃんに会いたがっていたんですけどね。もし会ったらよろしく言っておいて欲しいってお願いされました」


 そんな話をしていた、その時だ。


 ニャァァゴ……という低い泣き声が聞こえたと思ったら、店の奥から何かが飛び出してきて、雅の膝の上に乗る。


 猫だ。毛並みがエメラルドグリーンなのが珍しい。


 突然膝に乗って来た猫に驚き過ぎて、声を上げることも出来なかった雅。


 一方でユリスとアングレーは、別の意味で「んんっ?」と声を上げる。


「えっと……この猫さんは……」

「カレンさんの飼い猫。名前は『ペグ』」

「珍しいな。普段人に寄り付きもしないんだが……」

「そうそう。飼い主のカレンさんにすら、あんまり近寄らないっていうか……正直、めちゃ不愛想なんだけど……」


 ユリスとアングレーが目を丸くするのを他所に、ペグは雅の太腿の上で大きな欠伸をすると、丸くなる。


 どうやら人見知りする猫のようだが、雅にはそんな様子は欠片も感じない程、無防備な姿だった。


(……あったかい)


 猫の体温が太腿から伝わってきて、雅はどこかホッとするような安心感を覚えていた。


 猫の頭を優しく撫でながら、改めて店内を見渡す。


 古びた楽器がずらりと並ぶ店内で、ソファの背もたれに寄りかかって猫を可愛がる……これが無性に、落ち着く上に癒される。


 この感覚は――


(……異世界から自分の世界に戻ることが出来て、やっと自分の家に帰ってきた時の、あの感じに近い……気がする)


 初めて来た場所なのに、そんな気がしない。


 ペグもよく見れば、どこかで会ったことがあるのではないかとさえ思ってしまう。


 あまりにも不思議な心情に、雅は少しばかり、戸惑った。


「カレンは……やっぱりまだ寝ているっぽいな。ユリスが来ているのに、まだ寝ているのか」

「声かけたけど、来ないの。店の扉の鍵は開いていたんだけど……」

「え? ちょっと不用心ですね」

「全く……ちょっと起こしに行ってくるから、待っていて」


 そう言うと、アングレーは店の奥へと向かっていく。


 残ったのは、雅とユリスだけ。


「……あの、ユリスちゃん。あれからどうですか? その……ご両親とは……」

「んー……あはは、最近、夜になると見張りが厳しくて」

「あー、やっぱりそうなっちゃいますよねぇ……」


 放任主義だったユリスのご両親だが、先日の亡霊の事件を切っ掛けに、考えを改めた模様。


 お蔭で夜に出歩けなくなって、作曲のアイディアが浮かばなくなったと、ユリスは苦い顔をする。


 子を持つ親が「あるべき姿」になったと思うべきか、ユリスの創作の邪魔をしてしまったと思うべきか……雅には中々判断が難しいところだ。


「ミヤビさんは、お化けの件とか変な異変の件、調べているんだよね? アングレーさんも協力してくれているんだ」

「そうなんですよ。色々とお世話になっているし、気にもかけてもらえていて……。今日もアングレーさんのお蔭で、こうしてユリスちゃんとも話せましたし。ありがたい限りです。……最も、肝心の調査の方は、まだ分からないことが多いんですけどねー」

「そっか……。あの鎌を持ったレイパー、まだウロウロしているんだよね? 学校でも噂になっていて……」


 亡霊レイパーがこの街にも出現した、という話以上に、ネクロマンサー種レイパーという恐ろしい怪物が街にいることの方が、学生達には恐いみたいだとユリスは言う。


「早く倒されないかな……。あ、でも倒しちゃうと、亡霊になるんだっけ? 嫌だな……」

「……あいつも亡霊レイパーも、私達やバスターの人達、皆が頑張って退治しようと動いています。だから……きっと大丈夫!」


 そう言って雅がサムズアップした、その時だ。


 今まで雅の膝で丸くなっていたペグがむくりと顔を上げると、スッとその場から逃げ出して店の隅へと隠れてしまう。


 それと同時に、店の奥からやって来る二人の人影。


 一人は勿論アングレー。


 そして……




「…………」




 その姿を見て、雅はゴクリと唾を飲み込む。


 桃色のボブカットに、渦巻きを描くアホ毛。


 雅が大人になったら、こんな姿になると思うくらいよく似ている、彼女。




「ようこそ、メリアリカ楽器店へ。寝坊助でごめんね」




 カレン・メリアリカが、眠そうな目を擦りながら、そう言ってくるのだった。

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