季節イベント『爆球』
「……やぁーな天気だな」
ある日の午後二時を過ぎた頃。
束音家にて、赤髪ミディアムウルフヘアーの女性、セリスティア・ファルトが、リビングのソファに仰向けに寝転がり、窓の外を見ながら辟易とした声を上げる。
「最近、雨ばかりだもんね、セリスティアお姉さん」
近くのテーブルで、文字の読み書きを勉強していた、美しい白髪の少女、ラティア・ゴルドウェイブが、それを止めてセリスティアの言葉にそう返す。
「ジメジメジメジメ、なーんか鬱屈になるっつーかよぉ……」
「だらけんじゃねーです。セリスティアらしくねーっすよ」
気だるげ全開のセリスティアに呆れた声を掛けたのは、目つきの悪い、おかっぱの女性。冴場伊織である。今日は非番でラティアに会いに来ており、読み書きを教えていた。
なお、家主の雅や他のメンバーは、ちょっとした用事やら何やらで外出中。家には今、この三人しかいない。
「だらけんな、って言われても、これじゃダラダタしたくもなるっての。体も鈍るし……パーッと気分が晴れるようなこと、何かねーか?」
「ゲームでもする? シアお姉ちゃんから、爆弾でブロックを壊して遊ぶやつ借りてるよ」
「あぁ、あれか。面白いよな。でもゲームかぁ……俺は体動かしたいんだよなぁ」
「ぶっちゃけ、うちも体動かす方が好きっすけど……家の中でやれることなんて、筋トレくらいしか無くねーっすか?」
「レーゼじゃあるめぇ、三人で筋トレしても、面白くねぇよなぁ。……あ、いや待ってろ。そういや、良いもん持ってるわ」
ラティアと伊織と話している途中で、何かを思い出したように顔を明るくさせたセリスティア。
寝室へと向かい、数分。
「これで遊ぼーぜ!」
「……バレーボールっすか?」
セリスティアが持ってきたものを見て、伊織が首を傾げながら尋ねるが、セリスティアは首を横に振る。
「これは『スパイクボール』っつーんだ。俺達の世界の遊び道具なんだけどよ、ちょっとした魔法が掛けられていて――」
そう言ってセリスティアが軽く力を加えると、ボールが淡い光を帯びる。
そしてそれを地面に落とし――
「――きゃっ!」
「うぉっ?」
派手な破裂音が響き、ラティアと伊織が腰を抜かした。
そんな二人を見て、セリスティアはニヤリと笑う。
「こんな風に床とか壁に当たると、爆発音が鳴るんだよ。二つのチームに分かれてこれを打ち合って、先に爆発音ならした方が勝ちになるって感じだな。どうだ? 面白れーだろ?」
「ジメジメした空気も吹き飛びそうだね。……まだ耳の奥がジンジンするよ」
「おいセリスティア、それ、ラティアちゃんが遊んでも危なくねーでしょーねぇ?」
「ガン飛ばすな、大丈夫だっての。いや、いきなり音鳴らしたのは悪かったけどよ」
伊織の眼光に、セリスティアは冷や汗を流す。
しかし、コホンと咳払いをすると、再び口を開いた。
「ルールだけど、ボールを打つのはどこでも良いわけじゃねぇ。自分と相手のコートがあって、相手のコートの中に返すこと。三回打ち合うまでに相手コートに返すこと。そんでボールを持つのは禁止な」
「はえー、ルールは殆ど、ネットの無いバレーボールっすね」
「リビングじゃ危ないから、やるなら廊下かな?」
「ミヤビの家、天井も高めだし、いいんじゃねーか? 三人でやんなら、幅も丁度いいだろ」
そんな会話をして、廊下に出るセリスティア達。実際、束音家の廊下は、子供が走り回れるように少し広く設計されている。
話し合いながら、コートの広さを決めていく。コートを示すライン等は引けないから、大体の位置だけ決めて、適当に物を置いて目印とした。
そして、肝心のチーム分けだが、
「俺は経験者だし、ハンデやるよ。ラティアとイオリでチームな」
「お、いいんすか? 後で後悔してもしらねーっすよ?」
「イオリお姉さん、頑張ろうね!」
いぇーい、と言いながらキャッキャしだすラティアと伊織に笑みを零しつつ、スパイクボールを持ったセリスティアが自分のコートに入る。
「あぁそうだ。一個注意があって、顔面で受けないようにな。そんじゃ、始めるぞ。……そいっ!」
セリスティアがそう言ってボールをサーブして、ゲームが始まった。
「おっと!」
「お、ラティアちゃん上手っすよ! ほっ!」
「なんだ、イオリも上手いじゃねーか。……よっ!」
和やかに会話しながら、ラリーを続ける三人。
経験者であるセリスティアは勿論のこと、伊織とラティアも中々レシーブが様になっている。比較的運動神経が良い伊織は兎も角、ラティアも上手くボールを返せているのは意外で、二人は内心で驚いていた。
「しゃぁ、ちょっと本気出すぞ!」
その言葉と共に、セリスティアは伊織への返球速度を上げる。
弧を描いていたのが一転、ほぼ直線的に飛んでいくボール。
「っとっと! ――あ、やべ!」
伊織は反射的にレシーブするが、そのボールはラティアから大きく外れ、あらぬ方向へと飛んでいってしまう。
しかし、
「大丈夫……っ!」
「お、ファインプレー!」
ラティアがグッと腕を伸ばし、横に跳びながらボールを伊織の方へと返球した。所謂ジャンピングレシーブというやつだ。素人が狙ってやれることではなく、奇跡的に上手くいった形だ。
ボールは天井スレスレまで、弓なりに飛んでいく。これ以上ないくらい理想的なレシーブだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。
「そぉっ! サァーブッ!」
床が揺れる程力強く跳び上がる伊織。
そして放たれる、強烈なスパイク。
腕を構え、受けようとするセリスティアだが――
「――うぉっ!」
ボールはセリウティアがレシーブする直前で、空を切って急激に進行方向を変える。伊織はスパイクの際にボールに回転を加えていたのだ!
「もらったっす!」
「なんのっ!」
レシーブを透かし、勝ちを確信した伊織だが、セリスティアは刹那、咄嗟に足を出す。
ボールが地面に当たる寸前で、辛うじて合間に入り込むセリスティアの足。
ギリギリのところで、ボールは地面に激突することなく相手コートに返っていく。
スパイクが強烈だった分、コートの奥まで向かう。ギリギリコートのライン上に落ちる、絶妙な返り方だ。
まさか今のを返されるとは思っていなかった伊織は、反応が遅れた。
そのボールを受けることが出来たのは――
「えいっ!」
ラティア。しかし彼女も、それを無我夢中でレシーブするので精一杯。
雑にレシーブされたボールは緩やかに飛んでいき、再びセリスティアのコートに戻っていく。
スパイクするには、絶好のボール。
「もらったぜぇっ!」
跳び上がりながらそう叫び、セリスティアは思いっきり、ボールに手の平を叩きつけた。
直線状に飛んでいくボール。
しかし、
「やっべ、コース逸れた!」
あまりにも絶好球過ぎて、力み過ぎてしまったセリスティアのスパイクは、相手コートを外れて玄関の方まで向かってしまう。
どうみてもアウト。
誰もが苦笑いを浮かべていたのだが――その時だ。
「ただいまー」
なんとも運の……間の悪いことに。
玄関の戸が開いてしまう。
この瞬間、三人は思った。
あ、ヤバい。と。
入ってきたのは……前髪が跳ねた、緑髪ロングの少女、ノルン・アプリカッツァ。
何も知らないノルン。戸を開けた瞬間、自分の方へ向かってくるボールに反応出来るはずもない。
そもそも何が何やら訳も分からない間に、顔面にボールが直撃し――刹那。
鳴り響く、爆発音。
それにノルンは、意識を持っていかれた。
実はこのスパイクボール……一つ、大きな欠陥があったのだ。
通常は地面や壁にぶつかると大きな音が鳴る仕組みになっているのだが……何故か、人の顔に当たっても音が出てしまうのである。丁度、このように。
離れていても鼓膜がビビる程の音量。顔の近くでそれが鳴れば、大惨事である。
故にセリスティアは最初、顔でボールを受けないように注意を促していたのだが……これは事故というべきか否か。
幸いその三十分後、無事に目を覚ましたノルン。
しかしカンカンになったノルンに、三人はこってり絞られるのだった。
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