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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第39章 新潟市南区杉菜
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第39章閑話

 雅がキャピタリークのバスター署で調べものをしている頃、その南に位置する国、オートザギア……その首都、フォルトギアにいた篠田愛理はというと。


「さて、ここが新居か……」


 キャリーケースをガラガラと引きながらやって来たのは――フォルトギア魔法学院の学生寮。


 それを見た愛理は、やや怖気づいたかのようにそう呟き……少しだけ呆然とした後、寮のあちこちをザっと眺め出す。


「築一六〇〇年だったか? 確かにそれだけの貫禄がある建物だな……。人、本当に住めるのか? それにしても、やけに大きな寮だ……」


 大理石で作られた、何坪あるのか想像すら出来ないほどの広い建物。愛理が聞いたところによると、千人以上もの学生がここに住んでいるらしい。


 壁は、遥か(いにしえ)の土汚れがこびりつき、ところどころには大昔に入ったであろう亀裂が見受けられる。全体的に石が風化しており、地震でもあれば容易に崩れてしまいそうな危うさすらある、そんな学生寮だった。


 諸々の手続きの都合上、昨日まではフォルトギアにあるミカエルの実家で寝泊まりさせてもらっていたのだが、本日からはここが愛理の家となる。


 ミカエルの母、ヴェーリエの態度が素っ気なく、肩身の狭い思いをしていた愛理だが……ここはここで、別の意味で神経をすり減らしそうだなと思い、愛理は表情を強張らせた。


(い、いや、いかんいかん。私は魔法を覚えに来たんだ。観光じゃない。寮が古いことに文句を言うなんて、罰当たりで失礼だな、うむ)


 愛理は大きく深呼吸すると、おっかなびっくりといった様子で、寮の入口の扉を開けた。ギー……っという、恐ろしく重くて錆びついた音がした。


 すると、


「おーい! 宿題うつさせてくれー!」

「ちょっと! 私の部屋から勝手に本持ち出したでしょ! 返してよ!」

「ちょー、これから厨房借りてお菓子作りするだけど、誰か参加する人いるー?」

「――っ?」


 エントランスホールから一気に喧騒の音がして、愛理は目を白黒とさせながら耳を塞ぐ。


 あちこちでは、学生達が大きな声を出したり走り回ったり、元気に過ごしていた。


 愛理は知らなかったことだが、学生寮には防音の魔法が掛けられており、中でいくら騒いでも外には音が漏れないようになっているのだ。


(そ、そうだよなっ、今日は学校休みなんだから、普通は学生がいるはず……! 何で気が付かなかったんだ!)


 耳がおかしくなりそうだとクラクラしながら、愛理はキャリーケースを引き摺って寮長の部屋へと向かう。明らかに異国の人間が来たのに、誰もそれに気が付かないくらい、学生達は自分のことに夢中になっていた。


(こ、ここにいるのは八歳から十四歳の子達だったな……遊び盛りだし、仕方ないか……。いやしかし、あんなに騒いで大丈夫なのか?)


 外のボロさを鑑みるに、あれだけのバカ騒ぎに寮が耐えられるか心配になって来る。


 ここでやっていけるか、早くも自信を喪失しかけながらも、寮長の部屋へと着く愛理。


 ノックをして、「失礼します」と言ってから部屋に入る。


「……えっと、どなた……?」


 やたらと恰幅の良い妙齢の女性……寮長のメルベール・ミジェスタが、入って来た愛理を見て怪訝な顔を浮かる。ずっこけそうになってしまう愛理。


「えー……今日からお世話になります、篠田愛理です」

「シノダアイリ……あー、そうだわ! 新しい子が今日から来るって話だったわねー。あ、そこに座っててー。今、書類とか持ってくるから」

「あ、あはは……」


 寮長の対応に、愛理は苦笑いを浮かべるより他ない。


 その後、寮長のおばさんが持ってきた書類にサインしたり、ここでの決まりや規則等を聞かされる愛理。その間、雑談等は特にない。必要な事務作業を、適当にこなしている雰囲気だ。


 邪険にされているわけでは無さそうだが、どうにも歓迎されている様子もない。文字通り、適当に扱われている感じだった。


(……まぁ、来たのは魔法が無い国の人間。ここの人達からしてみれば、特に興味も無いか)


 そんなことを考えながら、ちょっと気落ちしてた、その時。




「メルベールさん! 留学生、来たそうですわね!」




 派手に扉を開けて、元気よく入ってきたのは、金髪ロングの、紫の眼をした女の子。


 年は、ファムやノルンよりも若干下といった感じだ。


「あらスピネリア様! ええ、今、丁度手続きをしておりました」


 メルベールは慌てた様子で立ち上がり、恭しく頭を下げる。


 そして隣で唖然としている愛理に、メルベールは視線で「あなたも早く頭を下げなさい」と伝えてきた。


 よく分からないまま、流れで取り敢えず礼をする愛理。


 スピネリアと呼ばれた女の子は、二人のそんな態度に特に何か言うわけでもなく、愛理の方へとズカズカとやって来る。


 そして、手を差し出すと、


「わたくし、スピネリア・カサブラス・オートザギア! 十二歳よ! あなたと同じ部屋で生活するの! よろしく!」

「あぁ、これはどうも。私は篠田愛理。よろしく」

「シ、シノダさん!」

「えっ?」


 何故か責めるような声色のメルベールに、愛理は一瞬目をパチクリとさせるが、


(ん? スピネリア・カサブラス……『オートザギア』?)


 気が付く。ファミリーネームが、この国……『オートザギア』になっていることに。そしてその意味に。


「……もしかして、結構なお偉いさんだったり?」

「な、何を言ってますか! シノダさん! この方は――」

「メルベールさん! 落ち着きなさって! 異国の方ですもの、知らなくても無理はないわ! アイリ! 教えてあげる! 私は――」


 そして、こう言った。




「オートザギア王国、第二王女! よく覚えておきなさい!」




 堂々と胸を張り、高らかにそう宣言する彼女から滲み出るオーラは、確かに『王女』という肩書が嘘偽りないものだと教えてくれる。


(ア、アストラムさん……何故私に、このことを教えてくれなかったんですか!)


 心の中で、ミカエルに向かって叫ぶ愛理。


 部屋は相部屋とは聞かされていた。だがその相手が、一国の王女だなんて話、これっぽっちも聞かされていない。


(ヤ、ヤバい……! そうだ手土産! そうと分かって入れば、もっときちんとした手土産を買ってきたというのに……!)


 愛理の意識が、キャリーケースに向く。そこには、手土産として渡す用の柿の種が入っている。……スーパーで普通に売っているもので、包装も何もしていないが。


 相手は学生だし、あまり仰々しいものにすると、却って畏まらせてしまうだろうと思ってのチョイスだが、王女となれば話は別。柿の種が悪いとは言わないが、スーパーに売っているものを特に包装もせずに渡すのはあまりにも不敬が過ぎる。


 背中を伝う冷や汗が、あまりにも気持ち悪い感触だった。


「ふっふー! これから同室の者同士、仲良くしましょう! おーっほっほ!」


 高笑いしながら、部屋を出ようとくるっと背を向けるスピネリアだが……。


「あぁ、スピネリアさま! 足元が――」

「あだっ!」


 足がもつれてバランスを崩し、転びそうになってしまう。


「だ、大丈夫ですかっ?」

「ふ、ふんっ! 平気よ! これくらい!」


 顔を赤らめ、逃げるように部屋を出るスピネリア。


 愛理はそんな彼女の背中を、ポカーンと口を開けて見つめていた。


 だが、すぐに我に返ると、


「す、すみません! ちょっとお手洗いに!」

「え? ええ」


 大慌てで寮長室を出ると、愛理はULフォンを起動させ、ウィンドウに映った通話のボタンをタッチする。


(向こうは夜中の一時過ぎか……! だが――)


 掛けた先は――


『ん……ん? 愛理……?』

「夜分遅くにすまん相模原! 緊急! エマージェンシーだ! 後で金は払うから、急いで買ってきて欲しいものがある! 手土産! 高くて高価で良い感じの手土産だ! 王女に渡して問題無さそうなレベルの! それが駄目なら包装!」

『え、ちょ、今やってる店なんて――え? 王女?』

「すまん! だが協力してくれ! 下手すると私が処刑されるかもしれん!」


 寝ぼけた様子の優に、無茶を言い出す愛理。


 この後、優や希羅々、シャロンやミカエル、そして雅等、色んな伝手と金を使い……超特急で、スピネリアに渡すための手土産を何とか用意したのだった。

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