第348話『遣瀬』
倒したはずの人型種ヤマアラシ科レイパー……そいつが、突如亡霊となって出現したことは、優と希羅々にとっても大きな衝撃だった。初めてだったのだ。亡霊が出現する場面に遭遇したことなど。
だから亡霊レイパーが背中の針を、二人の方へと向けたとて、咄嗟に反応出来るはずも無かった。
ヤバい、殺される――そう思った、その時。
二人の真上に黒い影が差し込んだと思ったら、空から雷のブレスが放たれ、亡霊レイパーに直撃した。
激しい衝撃と轟音と共にスパークするブレス。そして直後、巻き起こる煙。
二人が驚愕に包まれている間にブレスは止み、煙は晴れ……すると、もうそこに亡霊レイパーは影も形も無くなっていた。
そこでようやく我に返った二人は上を見て、安堵の溜息を漏らす。
そこにいたのは、山吹色の巨大な竜。シャロン・ガルディアル、本来の姿である。
シャロンは地響きと共に着陸し、人間態の姿へと変わると、二人の元へと駆け寄りながら口を開く。
「すまぬ、遅くなった! 二人とも、無事かっ?」
「うん……シャロンさんが来てくれたお蔭で、なんとか」
「シャロンさんこそ、無事ですの? 結構ダメージを受けていたみたいですが……」
「なに、もう平気じゃ。ところで、ヤバそうな雰囲気じゃったからブレスで攻撃したが、もしや今の奴は……」
「うん。例の亡霊レイパー。よく分かんないけど、あいつを倒したら、亡霊として復活……復活でいいのかな? まぁとにかく、復活したの」
「ですが、多分倒せましたわね。今まで色んなところに出没しては、追い払うのが精一杯でしたのに」
「亡霊レイパーを見たのは、儂は今日が初めてじゃな。どんなものかと思っておったが、なんじゃ、儂のブレスでどうにかなるではないか。少し安心したわい……」
シャロンはそう言うと、大きく息を吐き、額に浮かべた汗を腕で拭う。
そして遠くから聞こえる、パトカーのサイレンの音。
警察やセリスティア達がやって来て、辺りは騒がしくなる――。
***
「――それで、その後事情聴取になってさ。解放されたのが十時なわけよ。もうマジで疲れた」
『そ、それは大変でしたね。本当にお疲れさまでした』
次の日、一月二十五日金曜日、夜九時二分。
優は自室のベッドの上で横になりながら、雅と電話をしていた。
思い出すだけでもぐったりする、と言った様子の優に、雅は苦笑いを浮かべたような声で労いの言葉を掛ける。
『まぁでも、さがみんに大きな怪我が無くて、本当に良かったです。春菜さん達も無事なんですよね?』
「うん、そうそう。まぁ三人とも入院しないといけないんだけど、明後日には退院出来そうなんだって。流石に数日はお店閉めなきゃみたいだけど。厨房、結構壊れちゃったからさ」
『でも、再開出来そうなんですよね? ならちょっと安心です』
「分かる。あそこのキャラメルマキアート好きだから、飲めなくなったら悲しいし。それにシャロンさんの大事なバイト先だしね」
言いながら、優は上体を起こす。
「あのさ、さっきもチラっと話したけど……こっちでも、また出たよ。亡霊レイパー」
『さがみん達が倒したレイパーが、その場で亡霊になって襲い掛かってきたんですよね?』
「うん。今までいっぱいレイパー倒してきたけど、あんなの初めてだった。でも、どうやら私達が最初じゃないみたい。お父さんからこっそり教えてもらったんだけど、亡霊レイパーが出るようになってから、私達と同じような光景を見たって報告が全国でほんの二、三件だけだけどあったみたいだよ。まだ裏は取れていないみたいで、正式に発表はされていないんだけどね」
『全国で数件……なら、さがみん達が戦ったレイパーだけが特別ってわけじゃなさそうですね。じゃあ私達が見た、あのネクロマンサーみたいなレイパーが亡霊を召喚しているって線は無しか……』
悩むような、雅の声。
雅的には、ネクロマンサー種レイパーが亡霊レイパーと一切関係が無いとは、到底思えなかった。
「もしかするとみーちゃんが戦った、そのネクロマンサーみたいな奴は、亡霊を操っているだけなのかもね。だとすると、目的が分からないんだけど……」
『レーゼやミカエルさんには、このことは――』
「うん、伝えてあるよ。二人とも、大分頭を悩ませていたけど」
『もうちょっと、奴らについて調査しないといけませんね……。うーん、分かんないことが多くて困りますねぇ……。せめて、亡霊レイパーが出現するメカニズムだけでも分かればいいんですけど……』
「今までは、あんな奴ら出てこなかったもんね。出るようになったの、最近だし……」
『まぁでも、一個さがみん達のお蔭で収穫もありました。奴ら、シャロンさんのブレスで倒せるんですよね? ブレスが効くなら、魔法とかでも倒せそう』
今まで倒すことが出来ず、追い払うだけしか出来なかった状況が、これで少しは好転する。これは、大きな発見だった。
「シャロンさんやミカエルさん、ノルンちゃんや……あと愛理に期待だね。何にせよ、倒せるなら良かったし……あ、そうだ。私が新しく得たスキル、使えるようになった? ほら、みーちゃんの『共感』でさ。流石に私のスキルが、みーちゃんのスキルと相性悪いわけないと思うんだけど」
『『エリシター・パーシブ』ですよね? いや、使えないみたいです。レイパーの位置が分かるスキルなら、私も使えるようになりたいんですけど……』
申し訳なさそうな、雅の声。
新しく誰かのスキルを使えるようになれば、何となくの感覚だが雅には分かる。それが無いので、恐らくまだ『エリシター・パーシブ』のスキルは使えないのだろうと思われた。
「あれぇ? うっそ、マジで? んー……私の二つ目のスキルだから、覚えられないとかなのかな?」
『いや、それはないでしょう。真衣華ちゃんのスキルは二つとも使えるわけですし』
「もしかして、動画で見せただけじゃ駄目なのかな……?」
『あー、それはあるかも。私の近くでスキルを使ってもらわないと、『共感』が使えるようにしてくれないのかもしれません。でも何にせよ、二つ目のスキルの獲得、おめでとうございます』
「ふっふーん、ありがと。正直、私もこんなに早く貰えるなんて思わなかったけど。ただ……」
ここで一旦、優は言葉を濁す。
未だスキルを貰えない、彼女の顔が思い浮かんだのだ。
「……シャロンさんが、大分ショックを受けちゃったんだよね。『サガミハラが先にスキルを貰えるとは……何故儂はまだ……』って」
『あぁー……でも、言うて私達もスキルを貰うのに、三、四年掛かったじゃないですか。シャロンさん、まだ半年も経っていないなら、案外スキルが貰えないのも、時期尚早だと思われているからなのかもしれませんよ? 焦り過ぎない方が良い気もしますけど……』
「うん……そうだよね? うちのお母さんや伊織さんだってスキル無いんだし、焦ることないよね? シャロンさんはスキルが無くても充分強いし頼りになるし、私からもそう言っておく」
そこで優は一旦言葉を切って、天井を仰ぐ。
一息吐いて、少し悩んだが……優は『ある話』をするために、口を開いた。
「あのさ、みーちゃん。ちょっと聞いてほしんだけどね……んー、あんま気分のいい話じゃないんだけど、なんか話さないとやってらんなくて――」
それは、母親を殺された、あの少女の話。
人型種ヤマアラシ科レイパーとの戦いが終わり、事情聴取も済んだ後、優達は警察署で、あの少女と会って、少しだけ会話をしていた。
あの少女は、祖父母の家に引っ越すそうだ。母子家庭で、父親は昔、事故で亡くなったらしい。あのくらいの歳頃の子が独りで生きていけるわけはないから、当然の流れだった。
……そして優は、それが堪らなく悔しかった。
「――それで、なんていえば良いか分かんなくなってさ、結局、『お母さんの仇、とったからね』ってだけ伝えて別れた。それ言うのにも、凄く時間掛かった。会いに行く前は色々考えていたはずだったんだけど、本人目の前にしたら全部吹っ飛んじゃって……」
『…………』
「……ねぇ、みーちゃんなら、なんて声を掛けた?」
優は聞きたかった。女好きで誑しの親友なら、一体どんな言葉を掛けるのか。聞いたところで、同じことをやろうとしても出来ないだろうが、それでも。
近くて遠い未来、あの少女と同じ目に遭った人と出会ってしまった時、少しでも心の支えになってあげたかったから。
雅は優の言葉に、長い沈黙で返し、優も雅の回答を、ただ黙って待つ。
『……私も、何も言えなかったですね。きっと言葉が見つからなくて、でも何か言ってやりたくて……仮に何か言えたとしても、ありきたりな励ましの言葉しか言えないと思います』
「そっか……」
『でも……私がその女の子の立場なら、それでもきっと、少しくらいでも、そうやって声を掛けてくれたことは……すぐにはそう思わなくても、遠い将来、凄く救われたなって、そう思うんじゃないかな?』
「……みーちゃん……」
『……いつか……こんなこと、言ったり悩んだりしなくても良くなる世界にしましょう』
「うん……そうだね。やっぱ、そうだよね。あー、なんかモヤモヤしていたんだけど、結局あいつらを全滅させないと、なんも解決しないってことかー!」
髪の毛を手でワシャワシャとしながら、優は控えめに絶叫するのだった。
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