第37話『竜娘』
撤退に追い込まれた雅と竜。
彼女達が身を潜めたのは、地上に生えた広大な広葉樹の影だ。レイパーの目をくらませ、素早く下降したのである。
故に、実はレイパーから然程遠くないところにいた雅と竜であるが、必死に気配を押し殺し、さらに雨が土砂降りになってきたからだろう。魔王種レイパーもワイバーン種レイパーも、雅達の姿を発見することなく、どこかへと去ってしまった。
ただ、去り際に魔王種レイパーが自分達の方をちらっと見たような気がした雅。まさか、本当は見つけていたけどわざと見逃した……という事ではないと思いたかった。
レイパーの姿が無くなり、数分後。竜も雅も動き出す。
竜の先導の元、雅達は地上を歩き、進んでいく。
辿り着いた先は、ドラゴナ島の中心部――雅が最初に降り立った場所だ――から東に五キロ程離れたところにある、小さな洞穴だった。
竜の雰囲気から察するに、どうやらここが竜の住処らしいのだが……入り口は雅の背より二十センチくらい高いものの、竜が入るには小さ過ぎる。
首を傾ける雅だが、次の瞬間、竜の体が柔らかい光に包まれる。
呆気にとられている中、光は徐々に小さくなっていき、やがて雅よりも頭一つ分小さい人型へと形を変えていく。
光が消えた後、今まで竜がいた場所にいたのは、灰色のワンピースに身を包んだ小さな女の子。
見た目は十歳かそれ以下のように見える。
紫色の目に、山吹色のボブカット。前髪は少しボリューム感を持たせつつ高く上げ、ヘアピンで後頭部でまとめている。所謂ポンパドールという髪型だ。今は真顔で雅を見つめているが、笑えばきっと、見た目相応の、ちょっと小生意気で活発そうな印象を受けるだろう。
「……え?」
「濡れたままでは風邪を引くじゃろう。中で温まるが良い」
見た目に見合わぬ老獪な口調でそう言って、唖然としている雅を置いて、洞窟へと入って行く。
そしてすぐに振り向く。
「どうした? はよ入らんか。奴らに見つかるぞ」
「あ、はいっ! お邪魔しますっ!」
未だに今見た光景が信じられず、突っ立ったままだった雅は、彼女(?)の声で慌てて洞窟の中へと足を踏み入れるのだった。
***
洞窟の中に入ると、壁に掛けられた灯りが突然点灯し、周囲を照らす。そして驚く事に、椅子やテーブル、ベッド等の、人間が生活するために使用する家具類がいくつもあった。若干並べ方や置き方に雑なところがあり、老獪口調の少女の性格が滲み出ているように感じる雅。
洞窟の奥には暖炉があり、少女が手馴れた様子で火を起こす様子を、雅は戸惑いながら眺めていた。
そして数分後。
雅は少女が出してくれた毛布に身をくるみ、暖炉で体を温める。ずぶ濡れになった制服は脱がれ、壁に上手く引っ掛けられた物干し竿に吊るされていた。制服は速乾性で、後十分もすれば完全に乾くだろう。
一段落したところで、少女と雅は互いに向きあう。
「私、束音雅って言います。あなたは一体……?」
「儂はシャロン・ガルディアル。この島に住んでおる竜人じゃ。こんな姿で驚いたかの?」
余裕のある微笑を携え言ったその言葉に、雅は素直に頷く。
シャロンと名乗る小さな竜人は、自分の事を話し始める。
彼女は三一六年を生きる竜だ。それ程生きていても、竜の中ではまだ子供らしい。この島で生まれ、この島で育ったと言う。今の人間の少女の姿は仮のもので、竜の姿が本体だ。訳あって現在は少女の姿を主として、ここで生活している。
普段はこのドラゴナ島の、一般人立ち入り禁止のエリアの最奥でひっそりと暮らしながら、島の見回りをしているとの事だ。うっかり迷い込んでしまう人間が毎年それなりの数おり、こっそり助けるためである。稀に姿を見られてしまうこともあったようで、調査団等の目撃情報は、きっとこれだと思った雅。
「私、仲間から『竜は大昔に絶滅した』って聞いていたんですけど……もしかして、他の竜もシャロンさんみたいに人間の姿で生活を?」
話を聞いてふと疑問に思ったことを口にするが、シャロンは悲しそうに目を伏せる。
「ご……ごめんなさい……」
「いや、謝るでない……。他の仲間達は、もうとっくに死んでおる。世界中を探せば、他に数匹くらいは生きている竜がおるかもしれんがの……」
「あの……大昔に、何があったんですか?」
聞きにくいことだったが、雅は一歩踏み込んでそう質問する。
するとシャロンの目に、殺意の籠った光が宿る。
「奴らじゃ……」
その一言で、雅は理由を察した。
「竜も、レイパーに……」
「レイパー……。そうか、儂らは奴らに名前等付けていなかったが、お主らは奴らのことをそう呼ぶんじゃったの」
「でも、何で? あいつら、女性しか襲わないんじゃ……。女の人を殺す障害になっているなら、男性も殺すみたいですけど……」
彼女や妻が目の前で襲われ、それを守ろうとした彼氏や夫がレイパーに殺されたという事例は雅も聞いた事があった。竜もその類かと思ったのだが、絶滅したというまでに殺すとは流石に考え辛い。
「人の姿になった竜の見た目は、人間の女性と同じになる。竜は、雌しかおらん」
「あぁ……成程」
女性の姿になるなら、レイパーに襲われるのも無理は無い。シャロンの今の姿も、何も知らなければ幼女にしか見えなかった。
一瞬、雌しかいないのにどうやって子孫を残しているのか非常に気になったのだが、その疑問はグッと呑み込む。
「それと……」
「……?」
「いや、何でも無い。ところで……お主、タバネ・ミヤビと言ったか。聞き慣れん名前の響きじゃが、どこの国出身じゃ? 着ていた服も初めて見るのぉ」
言い淀んだ後、シャロンは物干し竿に掛かった雅の制服に目を向ける。
無理に話題を変えたようにも思えたが、今度は雅が自分の話をする番だ。
「信じられないかもしれませんけど……私、この世界の人間じゃないんです」
「……なんじゃと?」
雅はここまでの経緯を話し始める。
元の世界にもレイパーがいて、ある日、戦っていたレイパーの発した謎の光に巻き込まれ、この世界に転移してきたこと。
レーゼと出会い、二つの世界にいる全てのレイパーを倒し、女性が明るく、安心でき、希望を持って人生を歩んでいける世の中を取り戻すために活動することに決めたこと。
そのために、仲間を集め、この世界と元の世界を自由に行き来する方法を探していること。
その中で、手掛かりを求めてガルディカ遺跡を訪ねたところ、階段ピラミッドの地下で魔王種レイパーに出会ったこと。
その際出現した天空島がドラゴナ遺跡に着陸したということで、魔王種レイパーが何を目的としているのかや、弱点を探るため、偵察に来たこと。
本当はたくさんの人と一緒にここに来る予定だったのだが、今日の朝、突然出現したミドル級ワイバーン種レイパーに攫われ、ここに連れてこられたこと。
「その後はシャロンもご存知の通りです。あのレイパーにボコボコにされて、崖から突き落とされたところを助けて頂きました」
「……成程」
「あの時は本当にありがとうございました。シャロンさんがいなかったら、死んでいたと思います」
「いや……礼などいらん」
改めてお礼を言った雅に、シャロンは悲しそうな目で力無く首を横に振る。
「助けられたのは、お主だけじゃ」
「……っ! もしかして……」
「ああ。昨日、島に来た人間が何人かおっての。お主と同じように、あやつらや、この島の獰猛な生物に襲われておった……。誰一人として、助けてやれんかったがのぅ……」
先発隊としてこの島に来ていたバスターは六人。内四人は魔王種レイパーに殺され、二人は蜂や熊に襲われて殺されたと言うシャロン。
発見した時には既に死んでいた人もいるが、シャロンの加勢も虚しく、彼女の目の前でレイパーに殺されてしまった人もいたと言う。
「せめて、助けられたお主に謝らせてくれんか。儂の力が足りんばかりに……すまんかった」
「シャロンさん……」
かける言葉が見つからず、少し間、沈黙してしまう二人。
雅は話題を変え、五日前にやってきたレイパーが、ここで何をしているのかと尋ねた。
しかしシャロンは首を横に振る。
「あやつらが、何故この島にやってきたのかは分からん。儂もこっそり様子を伺ったのじゃが、ただ気ままに人を殺しておるだけじゃ」
「……人を殺したいだけなら、女性が極端に少ないドラゴナ島には降りないはずです。きっと、何か理由があるんだと思います。それが分かればいいんですけど……」
「……確か、ここに着陸したその『天空島』とやらは、ガルティカ遺跡のピラミダの地下から浮上したんじゃったな」
「はい。地下迷宮の一室が、丸ごと空に……」
「……エネルギー不足かの? 長い間地下に眠っておったから、長時間空中に滞在出来んかったのかもしれん。この島は自然が豊かじゃ。エネルギーになりそうな物も豊富にある」
「再浮上するためのエネルギーを蓄えているってことですか……。じゃあ、しばらくしたら、あいつらは……」
「ここからは立ち去るじゃろう。じゃが、その後は……」
「……きっと、たくさんの女性を殺しに回るはずです。そんな事させない、絶対に」
雅の握る拳に、力が籠る。
右手の薬指に嵌った指輪が、キラリと光った。
「私達二人だけじゃ、またやられちゃう……。せめて、あいつらをこの島に閉じ込めておければ……」
ミドル級ワイバーン種レイパーだけならともかく、魔王種レイパーの力は計り知れない。二人でどうにかしようとするのは無謀だ。
しかし、大勢で掛かれば勝機があるのでは、と雅は思った。
「……あの天空島、壊せませんか? それでワイバーンみたいなレイパーを倒してしまえば、残った一体はここから逃げられない」
「いや、それは難しいのぅ」
思い付きを口にするが、あっさりと否定されてしまう雅。
「あれは恐らく、ガルティカ人の叡智の結晶じゃ。儂ら二人で壊せるようなものでは無い」
「そ、そうですか……。そんな技術力があるんですか、ガルティカ人って」
雅の記憶では、遺跡にあったよく分からない芸術作品を作っている印象しかない。
しかしよく考えてみれば、階段ピラミッドの頂上から地下に転移させるシステム等、現代人から見ても驚くようなものもあったと思い直す。
ふと、気になった。
「ガルティカ人って、なんなんですかね?」
「儂が生まれた時には、ガルティカ文明は無くなっておったが……竜の中には、ガルティカ人がいた時から生きておる竜もいる。そやつから聞いた話で良ければ教えよう」
そして、シャロンの説明が始まった。
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