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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第39章 新潟市南区杉菜
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第347話『撃抜』

「相模原さん! いましたわよ!」

「あいつ……逃げてばっかで……あぁ、もう!」


 人型種ヤマアラシ科レイパーを追いかける希羅々と優。


 背中の針が少しずつ生え始めているものの、大半を失っている今が、倒す絶好のチャンス。逃す訳にはいかないと全力疾走する優達だが、レイパーの逃げ足も負けてはいない。


 距離が詰まらぬままやって来たのは、白根(しろね)公園。


 しかし……


「ちぃっ! 奴はどこですのっ?」


 公園の中にまで入ったのは間違いないのだが、肝心のレイパーの姿がどこにも無い。


 周りには、夜闇に包まれた草木ばかり。


 そこで希羅々は、顔を強張らせた後、ギチっと奥歯を鳴らす。


 敵の狙いを、ここでようやく理解したから。


 レイパーは、ただ闇雲に逃げていたわけでは無かった。しつこく追ってくる優と希羅々に痺れを切らしたのだろう。逃げているフリをしながら、身を隠せる場所の多い公園へと優達を誘い込み、二人纏めてここで始末するつもりなのだ。


 まんまと敵の罠に嵌ってしまった不覚を恥じた、その時だ。


「――っ!」


 優は不意に、背後からピリピリとした気配が迫るのを察知する。


 半ば反射的に『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』を発動させて振り向いた刹那――優の顔面に鋭い衝撃が走ると同時に、大きく仰け反らされた。


 軽い音と共に地面に落ちる、黒い針。


 それを視界の端で捉え、優はそこでようやく、顔面に針が直撃したのだと理解する。


 直後、別方向からピリピリとした気配が再び迫るのを感じ、優は仰け反りながらも咄嗟に体を捻った。


 そして、優の髪の毛スレスレを通り抜けていく針。


「相模原さんっ?」

「だ、大丈夫っ! それより気を付けて! 気を張ってないと、奇襲でやられる!」


 優が希羅々に警告を飛ばした瞬間、


「――っ?」


 希羅々が顔を歪めながら左方向に向き、腕を振るう。


 アーツ・トランサーが発動し、希羅々の右手にあったレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』が左手へと移動。アーツの切っ先がしなり、甲高い音を響かせる。


 弾き飛ばされる針。


 希羅々も感じたのだ。自分に襲い掛かってくる、肌の毛を逆立てるような、そんな感触を。


「小癪な真似を……!」

「でも針が飛んでくるの、なんか分かる気がする! これ、多分シャロンさんのお蔭だよね?」


 先程から二人が感じていた、ピリピリとした感じの正体。それは静電気を帯びた時の、あの感触と同じものだ。


 レイパーは先程、シャロンが雷球型アーツ『誘引迅雷』によって作り出した網や鞭に触れていた。その際、多量の電気を浴びて帯電していたのである。


 背中から新しく生えてきた針も、レイパーの体内で生成されたものなので、微弱ではあるが電気を帯びているのだ。


 だから優も希羅々も、読める。ある程度接近してきた、針の攻撃……迫って来る、その方向が。


 そして次の瞬間――優と希羅々も感じた。


 この場の空気に混ざる重圧(プレッシャー)……それがより一層、重くなったことを。


 レイパーも、針による奇襲は通じないと悟ったのだろう。恐らく敵は、小賢しい奇襲ではなく、もっと強力な攻撃をしてくる……そんな気配がした。


 優と希羅々の頬に、夜風で凍えた汗が、ツーっと流れ落ちる。


 数秒が数時間にも感じられる、恐ろしく長くて短い沈黙。


 緩い風が、辺りの草木をざわつかせる音を立てた、その瞬間。




 茂みからレイパーが飛び出し、鹿の角を振り上げ、猛スピードで一直線に希羅々へと突っ込んできた。




 希羅々の死角……そこからなら、希羅々は動けないはず。その予想の元、レイパーは先制攻撃を仕掛けたのである。


 だが、


「――――」


 希羅々の反応は、早かった。


 彼女は予想していたのだ。レイパーが性懲りもなく、自分の死角から攻撃してくることを。だから警戒していた。


 そして、


 レイパーの方へと振り返った希羅々は、敵の攻撃を避けない。角による攻撃を、レイピアで防ぐこともしない。


 それどころか、レイパーの方へと、一歩前に踏み出していた。


 希羅々の体が白い光が包み込まれる中、希羅々はレイピアによる鋭い突きを繰り出す。


 レイパーの角が胸部に抉り込み、しかし同時に希羅々のレイピアのポイントも、レイパーの体に直撃する。


 希羅々の眼は、ただひたすらに、レイパーの体……否、筋肉の隙間、その一点に注がれていた。


 昨日の戦いで、レイパーの筋肉が鎧のように硬かったことは知っている。だから狙ったのだ。筋肉と筋肉の間の、僅かな隙間、緩みを。


 そこなら必ず、レイピアのポイントは突き刺さる――そう信じて。


 レイパーの角による攻撃で、骨が軋み、希羅々の口から血が溢れる。命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)を使っていても、敵の攻撃はそれだけ強力だった。


 それでも希羅々は、無理矢理にでも全身に力を込める。


 その瞳に、並々ならぬ怒りの炎を燃やし、あらん限りの力を振り絞り――レイパーの体を、僅かに穿つ。


 希羅々は吹っ飛ばされ、地面に背中から激突。それとは対照的に、レイパーは軽くよろめいただけ。


 だがレイパーは、僅かに呻き声を上げながら、腹部を手で抑える。レイピアで攻撃されたところからは、確かに緑色の血液が流れ出ていた。


「希羅々ちゃんっ?」

「さ、が、みはら……さんっ! ぶち抜きなさい……っ!」

「っ!」


 希羅々の言葉の意味を理解する優。スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を片手にレイパーがいたはずの方に顔を向けるも、奴の姿はどこにもない。


 しかし気配はまだ、ここにあった。敵は再び茂みに隠れ、優に奇襲しようと目論んでいるだけだ。逃げてはいない。


 優のライフルの柄を握る手に、激しく力が籠る。


(こいつの、せいで……!)


 春菜、志愛、真衣華、シャロンと希羅々、そして殺された母親に、泣いていた少女。


 彼女達の顔が思い浮かんで、頭から離れない。


 一瞬、敵の姿が見えたような気がして、優はガーデンズ・ガーディアをぶっ放す。


 白い弾丸が空を突き抜け、果てなく飛んでいく。敵には当たらない。


(こいつらみたいなのが、いるせいで……!)


 二人の友の顔が、優の脳裏に浮かび上がる。


「愛理は『レイパーを倒すために』なんて訳分かんない理由で、魔法なんか覚えようとしているし!」


 気が付けば、優の口が、自然とそんな言葉を放っていた。


「みーちゃんは辞めたくもないはずの学校っ、辞めちゃうしっ!」


 優の眼が、ある一点に定められる。


 茂み……そこに、敵の姿はない。


 だがそれでも優は直感のままに、銃口を向け、引き金を引く。


 弾丸が放たれたと同時に、何もないと思われた茂みから、レイパーが飛び出て、またすぐに木々の陰に隠れてしまう。


 だが――


「全部全部! 全部あんた達のせいじゃない!」




 優の――本人も気が付かぬ内に緑に染まっていた瞳には、何故か人型種ヤマアラシ科レイパーの姿が映っていた。木に隠れたレイパーが、優の右側に回り込んでいる、その姿が。




 そして、優は気が付いていない。ガーデンズ・ガーディアが、夜の暗闇を照らすように、淡く白く発光していることに。




 そこでレイパーは、嫌でも気が付いた。身を潜めているはずなのに、優のライフルの銃口は、正確に自分の方へと向けられていることに。


 銃口の射線上から逃れようと動き回るレイパー。しかし優の眼からは、もう逃れられない。







「あんたらみたいな化け物のせいでっ! 色んな人が人生狂わされてんのよっ!」







 そう叫ぶと同時に、引き金を引き絞る。


 優の狙いは、ただ一つ。


 希羅々が先程抉った、その傷跡。


 今まで掠りもしなかった弾丸型の白いエネルギー弾は、空を裂き――寸分の狂いもなく、狙ったところへと命中する。


 弱所となっていた傷跡を貫かれ、激しく緑血を噴き上げるレイパー。そして――


 断末魔の叫び声を闇に轟かせ、爆発四散するのだった。




 ***




「希羅々ちゃん、立てる?」


 レイパーを倒した後、優は希羅々の方へと駆け寄り、倒れた彼女に手を差し出した。


 その手をしっかりと掴みながら、痛みに顔を顰めつつ上体を起こした希羅々は、口を開く。


「え、ええ……しかしあなた、先程のはまさか……」

「うん。『エリシター・パーシブ』って名前なのかな……多分スキル。見えないはずのあいつの姿、位置が、手に取るように分かったの」


 言いながら、優の目は左手の薬指に嵌った指輪に目を向ける。初めてガーデンズ・ガーディアを使った時は、お試しでの使わせてもらったからスキルの名前も分からなかったし、また使えるような感覚も無かった。


 しかし、今は違う。優がその気になれば、『エリシター・パーシブ』をもう一度使うことが出来る。これはつまり、優がちゃんとスキルを貰ったということである。


「真衣華と同じ、二つのスキル持ち……それも二つ目のアーツを使い始めてから半年も経っていない……。え、何ですの? バグか何かでして?」


「おい素直に褒めろ。素直に凄いことでしょーに!」


「いえ、だってほら……気合と根性がどうたらああたら、訳の分からない、コホン、凡そ信じられない発言をしていたあなたが、二つ目のスキルだなんて、ねぇ?」


「なーにが『ねぇ?』よ! きーららちゅぁぁぁあんは私の実力と気合と根性が信じられないわけぇ?」

「きーららちゅぁぁぁあん言うな! ですわ――っ?」

「っ!」


 優と希羅々が、益体もない言い争いをしていた瞬間。


 二人の背筋が凍り付き、ブルリと体を震わせた。


 そして背後に溢れてくる、嫌な気配。


 振り返り、優と希羅々は声にならない悲鳴を上げる。


 いたのだ。そこに。


 レイパーが爆散した後に上がる炎や煙の中に、そいつが。




 頭部に鹿の角を、背中に無数の針を生やした、上半身だけの化け物……いや、幽霊。




 たった今、優達が倒したはずの人型種ヤマアラシ科レイパーが、亡霊となって、そこに佇んでいたのである。

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