第346話『策隠』
(おのれ……おのれおのれおのれぇ!)
家を飛び出し、人型種ヤマアラシ科レイパーを追っていたシャロンは、激しい怒りに包まれていた。
翼や角、尻尾、両腕に鱗と爪を生やした、一部だけ竜化させた姿になって、低空飛行しながら、超特急で道を進んでいく。
(奴め……大方、儂らを家から引きはがすためにあの母親を……ふざけた真似をしおってぇ!)
レイパーはあの後、『BasKafe』へと突入し、すぐにそこを出ていた。そこでシャロンは、レイパーの狙いを悟ったのだ。
レイパーの狙いは、昨日殺し損ねた春菜や真衣華、志愛だ。しかしそこで邪魔になるのがシャロンや優、希羅々の存在だった。
故に近くの家で女性を殺して騒ぎを起こし、それにシャロン達が気を取られている内に『BasKafe』へと侵入しようとしたのだろう。
しかし今、『BasKafe』に春菜も真衣華も志愛もいない。彼女達は病院で保護されているからだ。レイパーは『BasKafe』に侵入してからそのことに気が付き、一旦逃走したのである。
シャロンが怒っている相手は、もう一人。それは、自分自身だった。
(昨日、せめて儂だけでも奴を追うべきじゃった……! サガミハラの言う通りにしておけば……!)
一旦策を練るべきだと悠長なことを言っている場合では無かったのだ。昨日の自分をぶん殴りたい気持ちだった。
犬程では無いが、シャロンは鼻が利く。
獣をモデルとしたレイパーの独特な臭いや、人を殺した際に付着した血の臭いなら、少し意識すれば嗅ぎ取ることが出来る。
それを頼りに、人型種ヤマアラシ科レイパーを追いかけており、そして――
「いた……! 貴様ぁ! 止まれぇ!」
無数に針を生やした背中に、鹿の角。特徴ある後ろ姿を捕らえたシャロンはそう怒鳴りながら、腕を前に突き出した。同時に、足に着いたアンクレットが光を放つ。
シャロンの腕に出現するは、合計十二個もの小さな雷球。アーツ『誘引迅雷』を呼び出したのだ。
それから迸る電流を繋ぎ、作り上げるは百メートル先にまで届く程の、巨大な雷の網。それを勢いよく放るシャロン。
「――ッ?」
いくらレイパーが俊敏であろうとも、このサイズの網から逃れることは出来ない。
全身をすっぽり網に覆われ、高圧の電流を全身に浴びるレイパー。低く呻き声を上げながら、網から脱出しようともがくが、実体の無い電流の糸は体に触れれば激しくスパークするばかり。
そんなレイパーへと、シャロンは勢いよく接近する。
だが……網から抜け出すことは困難と理解したのか、もがくことを止めたレイパーは、シャロンに背中の針を向け――一斉にそれを飛ばしてくる。
しかし、それはシャロンの想定内の行動だった。昨日の戦いで、この攻撃は見ているから。
故に慌てない。無数に飛んでくる針も、戦闘慣れしたシャロンなら、対処も容易だ。
シャロンはすぐさま、防御用アーツ『命の護り手』を発動する。体を包む白い光と、竜の鱗の頑丈さ……これが合わさり、飛んでくる針はシャロンに当たった途端、弾き飛んでいく。
背中の針を全て飛ばしきり、網のせいで自由に動けないレイパーは隙だらけ。
シャロンの怒り任せに振りかざした爪が、月の光を受けてギラリと光る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
その爪が、後頭部に直撃。
轟音と共に、網を突き破って吹っ飛ばされるレイパー。
シャロンの攻撃は、まだ終わらない。
雷球から溢れる電流を紡ぎ、作り上げるは雷の鞭。
倒れたレイパーの足へと鞭を伸ばし、絡めとる。
そして――
「ぬぉぉぉぉぉぉおっ!」
「ッ?」
鞭を引き、グルグルと激しく振り回す。
どんどんと回転の速度を上げ――
「ぶっっっっとべぇぇぇぇぇえっ!」
敵の体を、勢いよく空へと投げ飛ばす。
間髪入れず、竜の翼を広げて舞い上がるシャロン。
投げ飛ばされた敵よりも速く飛び上がり――あっという間にレイパーの頭上を取る。
そのまま敵目掛けて尻尾を振るシャロン。
狙うは相手の頭部だ。
渾身の力をこめ、空気を震わせながら放ったテールスマッシュ。
だが――
「なにっ?」
レイパーは角を振り、シャロンの尻尾を上手く弾き返してしまう。
反作用で地面へと落下していくレイパーだが、今の一撃によるダメージは無い。
「おのれっ!」
シャロンは落ちていくレイパーを追いかける。敵が身動き出来ない空中にいる内に、少しでもダメージを与えておきたかった。
しかし――
「っ?」
レイパーが腕を振るうと、シャロンの方へと何かが飛んでくる。
月明りに黒く光るそれは……針。
背中に生やしていた針と全く同じものを、レイパーは飛ばしてきたのだ。
先程背中の針を全部飛ばしていたことで、まさか針による攻撃が来るとは思っていなかったシャロン。
咄嗟に腕を振るい、爪で針を弾き飛ばしたのだが――
「ぃっ?」
その後ろからもう一本針が飛んできており、それが羽に突き刺さる。
飛膜が破れ、そこから鋭い痛みが全身へと広がり、シャロンの視界がスパークした。
実は最初にフルバーストしたと見せかけ、二本だけ針を隠し持っていたレイパー。
レイパーは、それらの針を一直線上に投げたのだ。シャロンの目には一本しか針が映らないようにするために。
針を隠し持っていたこと、そして隠し持っていた針は一本だけだと錯覚させること……この二つの策が、シャロン・ガルディアルを打ち破る。
翼にダメージを受け、血を流しながら墜落していくシャロン。
同じく落ちていくレイパーは上手く着地したのと対照的に、シャロンは轟音と共に地面に激突し、大きなクレーターを作ってしまった。
「ぅ……ぐ……ぁ……」
意識が朦朧とするような痛みと衝撃に、呻き声を上げるシャロン。
そんな彼女に、スタスタと歩み寄るレイパー。倒れ、動けないシャロンの体の下に、頭部の角を差し込むと……そのまま彼女を掬い上げるようにして投げ飛ばす。
シャロンが飛んでいった先には、電柱。
コンクリートの硬い柱に、シャロンは頭から激突し、鈍い音を響かせる。
崩れ落ちたシャロンに、さらなる追撃をしようと近づいていくレイパーだったが、
「いましたわ!」
「っ! シャロンさんっ?」
優と希羅々が駆け付けてきて、倒れて血を流し、ぐったりとするシャロンを見るや悲鳴を上げる。
軽く舌打ちをするレイパー。背中の針が無く、多少消耗したこの状態で、あまり多くの相手と交戦したくは無かった。
故に、二人に背を向けて走り出す。
逃走するレイパーに唖然とする優と希羅々だが、それでもまずは、倒れたシャロンを介抱しにいく。
だが、そんな二人を、シャロンは手を前に出して制止させた。
「お、お主ら……奴を……奴を追え……!」
「でも、シャロンさんが!」
「平気、じゃ……後で……後で助けに……じゃから、早く……!」
「相模原さん、行きましょう! 次の犠牲者が出る前に!」
「希羅々ちゃんっ? ……くっ、仕方ない……!」
そう言って、シャロンを置いて人型種ヤマアラシ科レイパーの後を追う二人。
「そ、そうじゃ……それで良い……!」
二人の背中を見てシャロンはそう呟き、そっと瞼を閉じるのだった。
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