第345話『忿怒』
そして、次の日の夕方六時十九分。
『BasKafe』の中……ガランとした店内にいる、シャロン、優、希羅々の三人。
そんな中、踵で床を乱打する音が、無性に大きな音を響かせていた。
「あいつ絶対許しませんわ……よくも私の真衣華に……!」
腕くみしながら、明らかに苛立つ顔で、呪詛のように呟いているのは希羅々だ。
「ええいキキョウイン! 落ち着かんか! 皆、無事なんじゃぞ! サガミハラだけでなく、お主まで熱くなったら手に負えん!」
「必ず地獄に送ってさしあげますわ……! 例え刺し違えても、必ず!」
「お主、昨日サガミハラを叱りつけた癖に、人のことを言えんではないか……! お主と奴が相討ちになれば、タチバナは発狂するじゃろうに!」
昨晩『BasKafe』に戻ったら、真衣華と志愛がやられたことを知った三人。春菜も二人も早めに治療出来たお蔭で命に別状は無いということだったが、それからというもの、希羅々はこの調子。
呻くように希羅々を宥めるシャロンは、内心では頭を抱えて困り果てていた。
(こ、こんなことで、奴を見つけても倒せるのかの……?)
無論、春菜や仲間達がやられて怒り心頭なのはシャロンも同じだが、人生……否、竜生経験が豊富だから、怒りがコントロール出来ないなんてことはない。
これは自分が相当しっかりしなければ、優と希羅々を死なせる結果に繋がる……そう思い、自分の頬を叩いて気合を入れるシャロン。
「ねぇシャロンさん、あいつ、本当にまたここに戻ってくるのかな?」
「……昨日、奴はわざわざ殺し損ねた者を再度襲撃しておった。タチバナの母娘とクォンが『BasKafe』にいると思っておれば、また来る可能性は極めて高いじゃろう」
「……そっか。まぁ、うん、そうだよね」
「念のため、ファルトやサエバ、他の警察関係者が街をパトロールしておる。ここに来る前に、誰かが奴を倒してくれる可能性もあるが……」
言いながら、シャロンはヒヤヒヤとしながら優を眺める。拳がピクピクと動いていた。
昨日希羅々に叱咤されたことで、少しは頭を冷やす努力はしているようだが、やはり志愛達もやられたと聞いて、相当に激怒していることは隠しきれない様子だ。
口には出さないが、「自分の手で始末させて欲しい」と思っているのは、シャロンにも伝わってくる。
「まぁ兎も角……再度確認するぞ。儂らはここで、三人固まること。クォンとタチバナは二人一緒でも奇襲を受けてやられたんじゃ。決して油断せず、怪しい物音がしても、慎重な行動を心掛けて――」
と、シャロンがそこまで言った、その時だ。
向かいの家から、小さいながらもはっきりと、子供の悲鳴が聞こえた。
一瞬顔を見合わせる三人。猛烈に嫌な予感しかしない。
慎重に行動しろと言われたばかりだが、気が付けば優と希羅々は走り出しており、シャロンもそれを注意することなく後に続く。
「どうしたんですのっ?」
インターホンも鳴らさず、玄関の扉を乱暴に開けて声を張り上げる希羅々。
薄らと鉄の臭いがする中、少女のすすり泣く音が、家の奥から聞こえてくる。
向かう先は、キッチン。
そこで三人が目にしたのは、割れた窓ガラスに、床にぶちまけられた食器の破片等、そして――
血を流して倒れた大人の女性……そして泣きながらその体を揺する少女の姿だった。
「おがあさん……っ! おがあさんっ、おきてぇっ!」
「揺らしちゃ駄目ですわ! 安静にさせ――」
半狂乱になった少女を後ろから抱いて止める希羅々だが、途中で言葉を失う。
見ただけで分かってしまった。少女の母親は、既に絶命していることを。
そんな中、
「ねぇ、これってあいつのじゃないっ?」
優は床に落ちている針を拾い上げて、殆ど確信を持った声色でそう尋ねる。
ギリっと奥歯を鳴らすシャロンに、目を見開く希羅々。
間違いない――それは、人型種ヤマアラシ科レイパーのものだった。
春菜を襲った時のように窓から侵入し、この母親を殺害したのは明らかだ。
刹那、窓の外を通り過ぎる黒い影を見た三人。
はっきりとした姿は見えなかったが、三人は直感する。あれは人型種ヤマアラシ科レイパーだと。
奴はまだ、近くにいたのだ。
「おのれ……! ――儂は奴を追う! お主らは、その子を警察に!」
「で、ですがガルディアルさんが一人に……!」
「一人で何とかしてみせるわい!」
そう言うと、シャロンは割れた窓から外に出ると、単独で人型種ヤマアラシ科レイパーを追うのだった。
残された希羅々は一瞬唖然とするが、すぐにULフォンを起動させた。
「相模原さん! 私は警察を呼びますわ! あなたは――」
そこまで言ったところで、言葉を止める希羅々。
優が唇を噛み締め、拳を震わせていたから。
体から醸し出す怒りのオーラ……決して自分に向けられているわけではないと分かっていても、気圧されてしまう。
すると、不意に優の口が動いた。
「……希羅々ちゃん、警察は多分すぐ来てくれる。そしたら私達もあいつを追いかけよう」
「え、ええ。それは勿論」
おずおずと頷き、警察に連絡をしだす希羅々。
そんな中、優は少女へと目を向ける。
未だ死んだ母親に呼びかけながら、泣きじゃくる少女に。
こんな時、親友なら何と言うだろう? 彼女なら上手く少女を慰めることも出来るはずだ。
自分にそんな器用なことは出来ない。だが、何か声をかけてやりたい。
気が付けば優は、少女の肩を掴んで振り向かせ、赤く腫れた瞳をジッと見つめ……こう言っていた。
「上手く言えないけど……お母さんの仇は、私達が必ず討ってあげるから……!」
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