第343話『闇紛』
「お母さんっ!」
「出血が酷イ! 止血……ッ! あと救急車ッ!」
人型種ヤマアラシ科レイパーが逃げた直後、倒れた春菜の元に駆け寄る真衣華と志愛。
流れ出る血は止まる気配が無く、呼吸も浅い。一刻も早く手当をしないといけない状況だ。
シャロンや優、希羅々と協力しながら春菜の怪我の応急処置や救急車、警察への連絡をすること二分――
「……よシッ! 血は何とか止まっタ!」
「場所、移した方がいいかなっ? あ、いや、無闇に動かしちゃ駄目か! でも厨房のままだと……ええっと……」
「真衣華、落ち着ケ! 救急車はすぐ来ル! ここで安静にさせルのがベストダ!」
「ああ、そっか! ごめん志愛ちゃん、ありがとう!」
そう言う真衣華の背中を、志愛はポンポンと叩き、無言で何度も頷く。
シャロンは一度大きく息を吐くと、窓の外を見ながら口を開いた。
「タチバナとクォン、サガミハラは、ここでハルナさんを見ていてくれ。キキョウイン、儂らは奴を追うぞ! 敵の力が分からんから、儂からあまり離れないようにの!」
「待って、私も行く! レイパー探すなら、人手は多い方がいいでしょ!」
「いや、しかしお主は今日……」
シャロンは優を一瞥し、何か言いかけるが、首を振って途中で止める。今は問答している場合では無い。
「なら、サガミハラとキキョウイン、儂の三人で行くぞ! 着いてこい!」
「オッケー!」
「分かりましたわ!」
そう言うと、三人は窓から外へと出るのだった。
***
シャロン、優、希羅々の三人が外に出て五分後。
「あー! もう! 奴はどこっ?」
「相模原さん、ちょっと静かになさい! 大声なんか出していたら、見つかるものも見つかりませんわ!」
逃げたはずの人型種ヤマアラシ科レイパー。しかし三人で探しているにも拘らず、一向に影すらも見つからない。
「手分けした方がよくない? 私と希羅々ちゃんで別れて、どっちかにシャロンさんが付けば連絡も――」
「それだと、誰かが単独行動せねばならんじゃろう。それは駄目じゃ! 多分奴は気配を隠すのが上手い。単独行動したら最後、奇襲されて殺されるぞ!」
厨房で春菜が襲われた時、近くにいた五人は誰もレイパーの気配に気が付かなかったのだ。それが、シャロンの思考を慎重なものにさせていた。
「ぐぬぬ……」
「ガルディアルさんの言う通りですわ! 兎に角、もっと注意深く奴の姿を――あら?」
話している途中で、不意に希羅々は後ろを振り返る。
(今、そこを何かが通ったような……気のせいかしら?)
何となく、嫌な予感がした。
***
希羅々が嫌な予感を覚えてから、一分後。
『BasKafe』の厨房で春菜を見ている、志愛と真衣華はというと。
「……うぅ……」
「真衣華……大丈夫ダ。そろそろ救急車が来る頃だかラ……」
「……あぁ、ごめん。無駄にウロチョロしてた」
そう言って、ガリガリと頭を掻く真衣華。応急処置のお蔭で、春菜の容態は少しマシになってきている。慌てても事態は好転しない……そう自分に言い聞かせるも、真衣華の心はやはり落ち着かない。
「お母様がこんな目に遭ったんダ。無理も無イ。――ところデ、優達は大丈夫だろうカ?」
志愛が話題を変えながら、窓の外を見る。自分の頬の傷が疼き、そこにそっと指を添えて。
「……特に優ハ、今日レイパーと一戦交えていル。無茶が祟らないといいんだけド……」
「優ちゃん、最近ちょっと気が立っているしね。心配……」
「……マァ、シャロンさんと希羅々ガ、上手くコントロールしてくれると思うガ……」
と、志愛がそう呟いた、その時だ。
「――ッ!」
「あいつ……っ!」
窓の外を、黒い影が猛スピードで通り抜けた。
ほんの一瞬だったが、真衣華も志愛もすぐに直感する。あれは、人型種ヤマアラシ科レイパーだと。
慌てて窓から身を乗り出し、レイパーの姿を追うが……どこにも見当たらない。
「あいつ……戻ってきたのっ?」
「どこダッ? どこに逃げタッ?」
その刹那。
『BasKafe』の入口の方から、ドアを開けるような小さな物音がした。
「ヤバい……あいつ、入って来た! ど、どうしようっ?」
「兎に角、厨房に入らせないようにしないト! 作戦を練るゾ!」
慌てて厨房の中へと身を戻した志愛と真衣華。
だが――
「ウッ?」
「ぇっ?」
突如、背中に強い衝撃を受け、意識を持っていかれる二人。
その背後には……人型種ヤマアラシ科レイパーがいた。
先程の小さな音は、フェイク。二人の気をそちらに逸らし、厨房の窓から中に忍び込んで、背後から奇襲を仕掛けたのである。
床にドサリと倒れた真衣華と志愛を一瞥し、レイパーは背中の刺を一本抜き――笑みを浮かべた。
無抵抗の相手を、自分の針で貫くこと……それがこのレイパーには、何よりの楽しみだ。
しかし、倒れた二人に、レイパーが止めを刺そうとした瞬間。
「――ッ?」
サイレンが、『Baskafe』の前で停まる。
直後、救急隊員と警察が慌ただしく中へと入って来た。
「春菜! 真衣華! 無事かいっ?」
真衣華の父親、蓮の声も聞こえてくる。
このまま見つかれば、面倒なことになる……そう思ったレイパーは、再び窓から外へと出る。
しばらく時間を置いて、また来ようと、『BasKafe』から離れだしたのだが、
「見つけましたわっ! こっちです!」
「ッ!」
道を二本離れた辺りで、突如横から響く、鋭い声。
レイパーにとっては運の悪いことに、そこに偶然、希羅々がいた――。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




