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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第39章 新潟市南区杉菜
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第342話『山嵐』

「あら、真衣華にガルディアルさん。お疲れ様ですわね。お店の方はもういいのかしら? 締め作業とかあるでしょう?」

「んー? あー、そっちはお母さんがやってくれるって。だから大丈夫」


 エアリーボブの髪型をした少女、橘真衣華が厨房の方を見ながらそう返す。


 横では山吹色のポンパドールをした、小さな女の子……竜人のシャロン・ガルディアルが、手に持っていたお盆をテーブルに静かに置いた。


「ほい、タチバナ。お茶じゃ」

「あー、シャロンさんありがとー」


 エプロンを脱ぎながらそんなやりとりをしつつ、優達が座っていたテーブルに着く真衣華とシャロン。


「……む? サガミハラもクォンも、怪我しておるのぉ。もしや、またレイパーと戦ったのか?」

「えエ。何とか撃破しましタ。……真衣華、お父様ニ、これの再調整を依頼したイ。今回は出力が大きすぎテ、アーツが耐えられなかっタ」

「うっそ? うーん……中々上手くいかないなぁ……。分かった、お願いしておくね。……アーツの方は、大丈夫? 何か異常は無い?」


 志愛の腕から外されたリングを受け取りながら、真衣華は眉間に皺を寄せてそう尋ねる。


「棒を跳烙印・躍櫛に変える機能ハ、きちんと働いていル。体感では性能ガ変わったように思えないナ」

「そっか。何か問題があったら、すぐに言ってね」

「……いやー、しかし、水曜と土曜は夕方になると混むのぉ。流石にてんやわんやになってしもぉた」

「あー、遅くまでやる日はお客さん多くなるしねー。私がシフト入った時は、もう凄かったし」


 ケラケラ笑いながらも、体にかなり疲労が溜まっているのだろう。二人はぐったりと、椅子の背もたれに寄りかかる。


「シャロンさン、午前中は別のバイトをしていルんですよネ? 今日は何ヲ?」

「工事現場の補助じゃな。ずっと力仕事じゃったの。得意なことじゃから苦ではないし、我ながら随分と頼ってもらえておる。ありがたいことじゃ。……お金の方も、ようやく三分の一と言ったところかの」


 そう言うと、シャロンは自分の足に着けたリングに目を落とす。そこには雷球型アーツ『誘引迅雷』が仕舞われており、シャロンが日本で働いているのは、これを購入したお金を稼ぐためだった。


「少しずつじゃが、お金は溜まってきておる。先はまだ長いが、終わりが見えているだけ気はらくじゃな。しかし――」


 そこで深く息を吐き出し、瞳を陰らせるシャロン。


 そんな彼女に、他の四人も気まずそうに視線を交錯させた。


 そして、シャロンはボソリと、こう呟く。




「儂、何でスキルを貰えんのかのぉ……」




 どよーん、という擬音が聞こえてきそうな沈黙に、他の四人は表情を硬くする。


 しかしそれも一瞬のこと。志愛が、その沈黙を破るべく口を開いた。


「アーツ、使いこなしてはいますよネ……? でもまだスキルが与えられないとなるト……うぅン……?」

「サガミハラがスキルを貰えんのは分かるんじゃ。二つ目のアーツだからの。そういうものだと聞いておる。じゃが、儂はまだ一つ目。そろそろ貰えても良さそうなんじゃがのぉ……」


 誘引迅雷を使い始めて約五ヶ月。強敵と幾度も戦闘を繰り広げてきて、そして勝ってきたのだ。


 それでもまだ誘引迅雷が自分を認めてくれないというのは、シャロン的にも中々に凹む。


「うーん……一般的に、アーツがスキルをくれる条件って、相撲で言うところの『心技体』を満たすのと近いものがあるよね? でもシャロンさん、普通に全部高水準だと思うんだけどな……。やっぱ竜人となると、私達とはちょっと要求されるものが違うのかもしれない」

「そもそも、(わたくし)達だってスキルを頂くのにそれなりの時間は掛かりましたわ。まだ使い始めて半年も経っていないのなら、焦る必要も無いのではありません?」

「キキョウインよ。それはお主ら、アーツを使い始めた頃はそんなにレイパーと戦うことも無かったじゃろ? ここ最近ではないか、頻繁に戦わねばならなくなったのは。……儂、何が足りんのかのぉ……」

「……気合と根性?」

「は?」


 シャロンの問いにそう返した優。それに、希羅々が『何を言っているんだ?』と威圧するような声を上げる。


「いや……こう……『スキルくれー!』って感じの、こう……いい感じのやる気とか気合とか根性とか、そういうのをもっと前面に押し出すというかアピールするというか……」

「それでスキルが頂けるのでしたら、誰も苦労はいたしませんわ。何を馬鹿なことを……」

「はぁ? そんじゃ希羅々ちゃんは、どう思う訳ぇ?」


 希羅々の言い方にカチンときたのか、優はテーブルを人差し指の先でダンダンダンダンと叩きながらそう尋ねる。


「ほら言ってみろ、言ってみろぉ」と煽る優にイラっとしながらも、希羅々は逡巡し、そして――




「……気品、でしょうか?」




「それは無い」

「もっと真面目ニ答えロ」

「希羅々、その回答はちょっと……」

「すまん、根性論の方がまだ納得出来るのぉ……」

「あなた方……!」


 皆の散々な反応に、青筋を立てる希羅々。


 やんややんやと、大騒ぎしていた、その時だ。




「きゃぁぁぁぁあっ!」




「っ? なんじゃっ?」


 突如、厨房の方からそんな悲鳴が聞こえてきて、辺りに流れる空気がガラリと変わる。


 聞こえてきたその声は――


「お母さんっ?」


 真衣華の母、春菜のものだ。


 血相を変えて、誰よりも先にそちらに走り出す真衣華。


 途中に置かれている椅子やテーブルも乱暴にどかし、一直線に厨房へと向かう。


 急いでいようが何だろうが、店内を走るのは厳禁だ。まして椅子やテーブルを乱暴にどかすなんてもっての外。しかし今は、そんなことを言っている場合ではない。


 他の四人も後に続く。


 厨房に入った真衣華の目に飛び込んできたのは、調理道具が床に散乱した厨房内、割れた窓や耐熱ガラス……ではなく――


「――っ! お母さんっ!」


 床に倒れ、床に血溜まりを広げる春菜だった。


 悲鳴と激昂の入り交ざった声を上げ、床を蹴る真衣華。


 真衣華の右手の薬指に嵌った指輪が光を放つのは、同時。


 真衣華がそんな行動に出た理由はただ一つ。




 倒れた春菜の側に、化け物が立っていたから。




 背中に無数の針を生やした、人型のレイパー。その姿は例えるなら、人型のヤマアラシと言ったところか。一つヤマアラシの特徴に当てはまらない点を挙げるなら、頭部に鹿を思わせるような、長い角が生えていることだろう。


 分類するならば、『人型種ヤマアラシ科』レイパー。


 レイパーの手には、長い針。恐らく背中の針を抜いたものと思われるが、そこからは鮮血がしたたり落ちていた。


 それを振り上げていることから、きっと、春菜に止めを刺す瞬間だったのだろう。そこに悲鳴を聞きつけた真衣華がやって来たことで、レイパーは一瞬だけ動きを止めていた。


 真衣華の現れ出でたるは、半月型の巨大な片手斧。緋色に塗られたその武器は、真衣華のアーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』だ。


 レイパーがどんな行動をするよりも、真衣華が斬撃を放つ方が早い。


 その一撃がレイパーの手から針を弾き飛ばし、そして二撃目を放った刹那。




「っ? くっ……!」




 レイパーは斧の攻撃を、体を捻って躱す。そして反撃することなく、割れた窓から外へと逃げてしまうのであった。

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