第342話『山嵐』
「あら、真衣華にガルディアルさん。お疲れ様ですわね。お店の方はもういいのかしら? 締め作業とかあるでしょう?」
「んー? あー、そっちはお母さんがやってくれるって。だから大丈夫」
エアリーボブの髪型をした少女、橘真衣華が厨房の方を見ながらそう返す。
横では山吹色のポンパドールをした、小さな女の子……竜人のシャロン・ガルディアルが、手に持っていたお盆をテーブルに静かに置いた。
「ほい、タチバナ。お茶じゃ」
「あー、シャロンさんありがとー」
エプロンを脱ぎながらそんなやりとりをしつつ、優達が座っていたテーブルに着く真衣華とシャロン。
「……む? サガミハラもクォンも、怪我しておるのぉ。もしや、またレイパーと戦ったのか?」
「えエ。何とか撃破しましタ。……真衣華、お父様ニ、これの再調整を依頼したイ。今回は出力が大きすぎテ、アーツが耐えられなかっタ」
「うっそ? うーん……中々上手くいかないなぁ……。分かった、お願いしておくね。……アーツの方は、大丈夫? 何か異常は無い?」
志愛の腕から外されたリングを受け取りながら、真衣華は眉間に皺を寄せてそう尋ねる。
「棒を跳烙印・躍櫛に変える機能ハ、きちんと働いていル。体感では性能ガ変わったように思えないナ」
「そっか。何か問題があったら、すぐに言ってね」
「……いやー、しかし、水曜と土曜は夕方になると混むのぉ。流石にてんやわんやになってしもぉた」
「あー、遅くまでやる日はお客さん多くなるしねー。私がシフト入った時は、もう凄かったし」
ケラケラ笑いながらも、体にかなり疲労が溜まっているのだろう。二人はぐったりと、椅子の背もたれに寄りかかる。
「シャロンさン、午前中は別のバイトをしていルんですよネ? 今日は何ヲ?」
「工事現場の補助じゃな。ずっと力仕事じゃったの。得意なことじゃから苦ではないし、我ながら随分と頼ってもらえておる。ありがたいことじゃ。……お金の方も、ようやく三分の一と言ったところかの」
そう言うと、シャロンは自分の足に着けたリングに目を落とす。そこには雷球型アーツ『誘引迅雷』が仕舞われており、シャロンが日本で働いているのは、これを購入したお金を稼ぐためだった。
「少しずつじゃが、お金は溜まってきておる。先はまだ長いが、終わりが見えているだけ気はらくじゃな。しかし――」
そこで深く息を吐き出し、瞳を陰らせるシャロン。
そんな彼女に、他の四人も気まずそうに視線を交錯させた。
そして、シャロンはボソリと、こう呟く。
「儂、何でスキルを貰えんのかのぉ……」
どよーん、という擬音が聞こえてきそうな沈黙に、他の四人は表情を硬くする。
しかしそれも一瞬のこと。志愛が、その沈黙を破るべく口を開いた。
「アーツ、使いこなしてはいますよネ……? でもまだスキルが与えられないとなるト……うぅン……?」
「サガミハラがスキルを貰えんのは分かるんじゃ。二つ目のアーツだからの。そういうものだと聞いておる。じゃが、儂はまだ一つ目。そろそろ貰えても良さそうなんじゃがのぉ……」
誘引迅雷を使い始めて約五ヶ月。強敵と幾度も戦闘を繰り広げてきて、そして勝ってきたのだ。
それでもまだ誘引迅雷が自分を認めてくれないというのは、シャロン的にも中々に凹む。
「うーん……一般的に、アーツがスキルをくれる条件って、相撲で言うところの『心技体』を満たすのと近いものがあるよね? でもシャロンさん、普通に全部高水準だと思うんだけどな……。やっぱ竜人となると、私達とはちょっと要求されるものが違うのかもしれない」
「そもそも、私達だってスキルを頂くのにそれなりの時間は掛かりましたわ。まだ使い始めて半年も経っていないのなら、焦る必要も無いのではありません?」
「キキョウインよ。それはお主ら、アーツを使い始めた頃はそんなにレイパーと戦うことも無かったじゃろ? ここ最近ではないか、頻繁に戦わねばならなくなったのは。……儂、何が足りんのかのぉ……」
「……気合と根性?」
「は?」
シャロンの問いにそう返した優。それに、希羅々が『何を言っているんだ?』と威圧するような声を上げる。
「いや……こう……『スキルくれー!』って感じの、こう……いい感じのやる気とか気合とか根性とか、そういうのをもっと前面に押し出すというかアピールするというか……」
「それでスキルが頂けるのでしたら、誰も苦労はいたしませんわ。何を馬鹿なことを……」
「はぁ? そんじゃ希羅々ちゃんは、どう思う訳ぇ?」
希羅々の言い方にカチンときたのか、優はテーブルを人差し指の先でダンダンダンダンと叩きながらそう尋ねる。
「ほら言ってみろ、言ってみろぉ」と煽る優にイラっとしながらも、希羅々は逡巡し、そして――
「……気品、でしょうか?」
「それは無い」
「もっと真面目ニ答えロ」
「希羅々、その回答はちょっと……」
「すまん、根性論の方がまだ納得出来るのぉ……」
「あなた方……!」
皆の散々な反応に、青筋を立てる希羅々。
やんややんやと、大騒ぎしていた、その時だ。
「きゃぁぁぁぁあっ!」
「っ? なんじゃっ?」
突如、厨房の方からそんな悲鳴が聞こえてきて、辺りに流れる空気がガラリと変わる。
聞こえてきたその声は――
「お母さんっ?」
真衣華の母、春菜のものだ。
血相を変えて、誰よりも先にそちらに走り出す真衣華。
途中に置かれている椅子やテーブルも乱暴にどかし、一直線に厨房へと向かう。
急いでいようが何だろうが、店内を走るのは厳禁だ。まして椅子やテーブルを乱暴にどかすなんてもっての外。しかし今は、そんなことを言っている場合ではない。
他の四人も後に続く。
厨房に入った真衣華の目に飛び込んできたのは、調理道具が床に散乱した厨房内、割れた窓や耐熱ガラス……ではなく――
「――っ! お母さんっ!」
床に倒れ、床に血溜まりを広げる春菜だった。
悲鳴と激昂の入り交ざった声を上げ、床を蹴る真衣華。
真衣華の右手の薬指に嵌った指輪が光を放つのは、同時。
真衣華がそんな行動に出た理由はただ一つ。
倒れた春菜の側に、化け物が立っていたから。
背中に無数の針を生やした、人型のレイパー。その姿は例えるなら、人型のヤマアラシと言ったところか。一つヤマアラシの特徴に当てはまらない点を挙げるなら、頭部に鹿を思わせるような、長い角が生えていることだろう。
分類するならば、『人型種ヤマアラシ科』レイパー。
レイパーの手には、長い針。恐らく背中の針を抜いたものと思われるが、そこからは鮮血がしたたり落ちていた。
それを振り上げていることから、きっと、春菜に止めを刺す瞬間だったのだろう。そこに悲鳴を聞きつけた真衣華がやって来たことで、レイパーは一瞬だけ動きを止めていた。
真衣華の現れ出でたるは、半月型の巨大な片手斧。緋色に塗られたその武器は、真衣華のアーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』だ。
レイパーがどんな行動をするよりも、真衣華が斬撃を放つ方が早い。
その一撃がレイパーの手から針を弾き飛ばし、そして二撃目を放った刹那。
「っ? くっ……!」
レイパーは斧の攻撃を、体を捻って躱す。そして反撃することなく、割れた窓から外へと逃げてしまうのであった。
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