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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第38章 キャピタリーク
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季節イベント『騎馬』

 これは、雅達がまだ中学生だった頃のお話。


 時は二二一九年の五月半ばの土曜日、その三時過ぎ。


 新潟市中央区にある、当時雅達が通っていた中学校では、体育祭が行われている最中だった。


 雲がぼちぼち見受けられるものの概ね青空の下に香る、爽やかな青春の汗。気迫が籠りつつも明るい声援がグラウンドに響く。


 やる気を後押しするような強い風の中で、(よわい)十五に満たない少女達が、激しく競い合っていた。


 勿論その中には、雅や優、愛理の姿もある。


 さて、そんな体育祭も大詰めを迎えており――


「よし、束音! 気合入れていこう!」


 長身で三つ編みの少女、篠田愛理が、頭に赤い鉢巻を巻き直しながら、聞き心地の良いアルトボイスを張り上げた。


 それまで回りの女の子達とキャッキャしていた雅は、愛理に声を掛けられると目を丸くする。


「愛理ちゃん、張り切ってますねぇ!」

「まぁな」


 言いながら愛理が目を向けた先は、スコアボード。


 紅組と白組で別れて競っているのだが、その得点はほぼ互角。最後の競技、騎馬戦で勝ち負けが決まる状況だ。


「正直体育祭なんて面倒なだけだと思っていたが、こうも接戦なら少しはやる気も出るさ。どうせなら勝ちたい」


 愛理はWytuber。体育祭開始時は「早く体育祭を終わらせて、動画の撮影と編集をしたい」なんて思っていたが、こうなれば話は別だった。


 騎馬戦は四人で一組。雅と愛理は同じ組である。因みに、残りの二人……


「よっしゃ、じゃあサクッと勝ちますか」

「みんなー、いくよー!」

「お、香苗(かなえ)ちゃんと咲羽(さわ)ちゃんもやる気ですねぇ」


 香苗と咲羽は、クラスメイトだ。この四人でチームとなっている。


「はっはっは、よし、頑張るとするか!」


 愛理は軽く伸びをすると、先頭を切って選手集合の場所へと向かうのであった。




 そして、実際に騎馬を組み始めた四人。


 何度か練習をしているから、比較的スムーズに組み上がる。


 騎馬となるのは、雅、香苗、咲羽の三人。雅を先頭に、向かって左後ろが香苗、右後ろが咲羽だ。


 そして騎手となるのは、愛理。愛理は他の人と比べて背が高い。鉢巻も取られにくいだろうということで、彼女を騎手とした。


 練習の時は「騎手なんて……」と面倒そうな顔をしていた愛理だが、やる気のある今はキリっとしている。


 しかし、騎馬を組んで程無くして、


「お、おい束音、足をさわさわするな!」

「うへへ、愛理ちゃんの足、すっべすべ――ってうぉぁっ!」


 柔らかい太腿の感触にだらしない顔をしていた雅の足元……その少し前方が、突如爆ぜる。


 見れば、メカメカしい弓型のアーツ『霞』を構えた優――彼女は白組である――が、遠くから凄みのある笑みを浮かべていた。


「優ちゃんって、雅ちゃんのことよく見てるよねー」

「だって仕方ないじゃないですか! 愛理ちゃんの足がすべすべなのが全部悪いです!」

「私のせいにするな」


 香苗が面白そうに言った言葉に雅が小さく頬を膨らませると、愛理は雅にジト目を向ける。


「あ、相模原ちゃん、先生に怒られてる」

「半分は束音のせいだぞ。後で謝っておけよ」


 そんな感じで、少しユルユルな雰囲気になりながらも――程無くして、騎馬戦が始まる。




 ***




 騎馬戦が始まって三分。


 愛理達紅組は、混乱の最中に引きずり込まれていた。


 騎馬戦というのは一般的に、始まって最初は互いをけん制するような睨み合いとなる。特に体育祭のような場合、四人が息を合わせられるまでに、少し時間が掛かるからだ。


 だが……相手、白組は開始早々、全員がいきなり正面から突撃してきたのだ。


 必然、散り散りにならざるを得なかった紅組。白組の圧に負けて、騎馬が崩れてしまったところもいくつかある。


 幸い、愛理達は何とか無事だったのだが……


「ヤバ……あり得ないんだけど」


 香苗が心底ドン引きしたというようにそう呟くと、他の三人も控えめに頷く。


「こっちにバレないように、陰で練習していたんでしょうね。白組の大将……彼女、こういうイベントになるとガチるタイプですし」


 雅がそう言って目を向けた先には、ガタいの良い騎手の女子生徒がいた。紅組の騎馬に襲い掛かり、既に一本鉢巻をもぎ取っている。


 クラスが違うため、愛理や咲羽、香苗はよく知らない子だが、雅は彼女が白組のメンバーに日々檄を飛ばして、絶対勝つぞと意気込んでいることを知っていた。「特訓に付き合うのがキツいしダルい」と、優がこっそり漏らしていたので、白組の大将が随分と気合を入れていることを知っていたのである。


 そんなガチ勢が白組にいながらも、ここまで紅組と白組の成績が横並びになっているのは、彼女の行き過ぎた特訓が悪い方向に作用して、当日疲労困憊で消耗しているメンバーが続出したからなのだが、まぁそれはご愛敬と言ったところか。


「どうするー? このまま逃げていても、埒明かないよねー?」


 咲羽にそう尋ねられ、愛理は「ふむ……」と顎に手をやる。


 しかし、それも一瞬のこと。愛理はすぐに、右手斜め前方を指差した。


「我々は敵の背後に回ろう。見たところ、白組の騎馬の大半は、特攻することしか頭になさそうだ。ここまで戦況が混乱していれば、こっそり後ろに回って隙を突くことも容易いはずだ」

「オッケーです愛理ちゃん。じゃ、向こうにバレないように動きますよ」


 愛理と雅がそう言うと、香苗も咲羽も「ラジャー」と了承し、四人は動き出す。


 そして――僅か十数秒後。


「よし、もらった!」

「えっ? うそっ?」


 鉢巻を奪い取ると同時に、威勢よく叫ぶ愛理。鉢巻を取られた相手の驚愕の声が響く。


 紅組の騎馬から鉢巻を取って油断していた女子生徒……その隙を突いたのだ。


 ずっと前方ばかりを意識していたため、忍び寄る愛理達に気が付かなかったのである。


 しかし、喜ぶのも束の間、愛理は顔を真剣なものへと戻す。一つ鉢巻を奪っただけでは、状況は覆らない。


「よし、次だ! 誰を狙えば――」

「あ、じゃああの騎馬を狙いましょう」

「え? あそこの四人って、仲良しグループで組んでいる子達でしょ? やれる?」

「いけますいけます。仲が良い子達ですけど、皆個人プレー気質の子達なんですよ。協力プレーが苦手なんです。ほら、騎馬全体の動きも、ちょっとぎこちないでしょう?」

「あー、言われてみると……」

「あれなら万が一気が付かれても、勝ち目がありそうだな。今と同じように背後を取るぞ。行こう!」


 そう言って、移動しだす四人。


 硬いグラウンドの土を蹴り、弓なりを描くようなコースで相手の背後へと向かっていく。


 だが、


「っ! 気が付かれたか……!」


 不意に気配でも感じたのか、騎馬の左後ろを担当していた生徒が愛理達の方を向いてしまう。


 彼女が仲間に声を掛けると、相手の騎馬は愛理達へと向き直り、真正面から突撃してくる。


 しかし――気が付かれた場合のことも、愛理達はちゃんと考えていた。


 相手を十分に引きつけ、そして――


「今だ!」


 愛理の掛け声と共に、雅達は一気に方向を変え、大きく右へと回り込みだす。


「や、ちょ、待って!」


 相手の子が慌てたような声を出し、騎馬も雅達の動きに対応しようとするが――間に合わない。


「そらっ!」

「あっ?」


 相手がもたもたしている内に、あっという間に愛理は鉢巻を奪う。


「やった! 二つ目!」

「ひゅー!」

「皆、次はあの騎馬を落とそう! 相模原が騎馬をやっている、あれだ!」

「愛理ちゃん! さがみんは最近ドライアイ気味って言ってました! 風上から攻めましょう!」

「束音、お前鬼畜か! ……だが、それで行くぞ!」


 さっきアーツで攻撃されたことを根に持っているのか、と愛理達は苦笑いを浮かべつつも、背中に強い風を受けながら、優達の方へと走り出すのだった。




 ***




 そして、程無くして。


「おんのれぇぇぇ! みーちゃん、覚えてろー!」

「はーっはっは! 勝負は非情ですよ! さがみん!」


 そんな捨て台詞と高笑いが響く。


 愛理の手には、白い鉢巻。


 雅の言う通り、風上から攻めたら優の動きが鈍り、その後はあっという間だった。


「さぁ、次――」


 愛理が額に汗を浮かべながら、次の指示を出そうとした……その時。


『はーい、そこまでー! 残っている騎馬は、まだ崩さないでくださーい!』


 終了のアナウンスが聞こえてきた。


 肩で息をしながら、辺りを見回す愛理。


 そんな中、


「やった! 三つも鉢巻取れたし、こっちの……紅組の勝ちですよね!」

「いけるいける! 勝ったって!」

「騎馬戦たのしー!」

「いや、それは――」


 満面の笑みを浮かべる雅達とは対照的に、愛理だけは渋い顔をしている。


 すると、


『えー、結果は……紅組の残り騎馬数が三! 白組の残り騎馬数が四! よって白組の勝ちです!』

「……えっ?」


 アナウンスの発言に、今までの笑みが嘘のように消える雅達。


 愛理だけは「まぁ、そうだろうな」と言って、歓声を上げている白組の子達へと目を向ける。


 その先にいるのは――白組の大将。


「私達もたくさん鉢巻を取ったが、彼女は私達よりも大暴れしていたからな。本当は隙を見て、なるべく早く彼女を倒すべきだったんだが……」


 言いながら、頬をカリカリと掻く愛理。


「我々ではちょっと手が出せそうになかったんだよな……。別の騎馬と結託して、片方を囮にすれば……いや、それは気が引けるな」


 そう言って、溜息を吐く愛理。


 体育祭は、苦い結果で終わったのであった。

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