第38章閑話
第37章閑話の続きとなっております。
一月二十日日曜日。午前十一時ジャスト。
相模原家のリビングにあるテーブルを囲む、三人の女性。
一人は家主の相模原優香。科捜研に所属し、度々雅達をサポートしてくれている人だ。優の母親である。
一人は、おかっぱで少し目つきの悪い女性。警察所属の大和撫子、冴場伊織だ。
そして最後の一人は、赤髪ミディアムウルフヘアーの女性、セリスティア・ファルトである。
日曜日、優香が家でのんびりしていたところに、セリスティアと伊織が突然訪ねてきたという状況だ。もう一人の家主である優一も先程までリビングにいたのだが、二人が来たことで席を外し、今は自室に籠っている。
さて、セリスティアと伊織は、何故ここに来たのか。
見れば、セリスティアはニコニコとしており、優香と伊織はひどく反応に困ったような、どこか微妙な顔になっている。
優香の手には、A3サイズの紙。そこには、とあるイラストが描かれており、これはセリスティアが持ってきたものだ。
「なぁなぁ、どうだ? ユウカさんの意見を聞かせて欲しいんだけどよ」
やや興奮気味なセリスティアの声。
尋ねられた優香は細く息を吐くと、悩むように目を閉じる。
(これは……困ったわね)
セリスティアは至極純粋に質問してきている。それに対し、思ったことを正直に回答することを、優香は躊躇っていた。
それはセリスティアに対して、少々……いやかなり失礼なことだから。
しかし気を遣おうにも、回答そのものがシンプル過ぎて、オブラートに包みようがない。
ふと、伊織と目があう。彼女の目は、明々白々と伝えていた。『正直に言うべきっす』と。
(……まぁ、いいか)
時間を掛けたところで答えなんて出ないだろうと思った優香は、潔く口を開き、こう言った。
「何が書いてあるかさっぱり分からないわ……」
「ええっ? 嘘だろっ?」
悲鳴にも近い驚愕の声がセリスティアから上がったのだが、隣では伊織がうんうんと頷き、優香の言葉を肯定する。
紙に描かれたイラストは、お世辞にも上手いとは言えない。赤色と黒色、茶色と灰色の線が何かグチャグチャになっており、控えめに言って、幼稚園児の方が上手だろうと思う程、セリスティアの絵心は壊滅的だった。
何が描かれているか理解しようとすると、頭痛と眩暈がする。
「うっそだろっ? ユウカさんまで、イオリと同じこと言うなんてよぉっ!」
「分かんねーもんは分かんねーっす。だから言ったじゃねーっすか。この絵は、優香さんですら理解不能っすよって。そんじゃ、賭けはうちの勝ちっすね。後でコーヒー奢るっす」
「くっそー……! ぜってーイオリの見る目がねぇだけだと思ったのによぉ……!」
「こら、警察官が賭けなんてするんじゃないの! ……で、本題なんだけど、これは何?」
いきなり訪ねてきてこの絵を見せられ、「どう思う?」と聞かれただけの優香。二人が何のためにここにやって来たのか、実は優香もよく分かっていなかった。
「あー、実は……」
明かにしょんぼりとし出したセリスティアが言うには、こうだ。
三ヶ月ちょっと前、記憶喪失のラティアの故郷の手掛かりを見つけるべくカームファリアに訪れたセリスティア達。そこに、強力なレイパーが出現した。
騎士種レイパーと、侍種レイパーだ。
セリスティアと愛理がこの二体のレイパーと交戦したのだが、結果は惨敗。二人は大怪我を負い、生死の境目を彷徨うことになった。
「それで、アイリはあいつらを倒すために強くなろうとして、オートザギアに魔法を学びにいったじゃん? 俺も負けてられねー。だから強くならなきゃって思ってよ……」
「じゃあ、この絵って……」
「パワーアップアイテムだな。こういうのに頼るのは気が引けるんだが、普通にトレーニングしていても埒が明かねーし……」
それでセリスティアなりに「こんなパワーアップアイテムが欲しい!」という案を出してイラストにし、それについて問題や改良点等が無いか、そもそも作れるのか、伊織や優香に意見を貰いに来たと彼女は言う。
なお、最初に伊織に聞いたのは、イラストが出来た時に偶然、彼女が側にいたからだった。
「成程ねぇ。……あ、じゃあこの赤い線って――」
「俺の髪だな。で、その下の線が俺の体で、こっちのがパワーアップアイテムなんだけど……」
「……この線は、風車の羽っすか?」
「風車っつーか……こっちの世界で言うところの……えー、なんだっけ? ほら、くるくる回って風が送られる――」
「扇風機とかプロペラね。……ははーん。分かった。この絵、セリスティアちゃんが大きな扇風機を背負っている絵ってことね」
説明されて、ようやく絵の全体像が見えてきた優香は膝を打つ。
「でも、なんで扇風機?」
「いや、ほら……俺の最大の一撃って、言ってしまえばアングリウスを構えてタックルすることじゃねーか。タックルする速度が上がれば、威力も上がんだろ。だから扇風機の風で、タックルの速度を上げようと思ってな」
セリスティアの中で、一番の課題だと思っている部分。
それは、威力不足。
普通のレイパーなら問題ない。だが、侍種レイパーや騎士種レイパーの纏う鎧は硬すぎる。
あの鎧を、真正面から貫くだけの威力が必要だった。
「奴らの攻撃は速すぎて、躱しきれねぇ。勘とかイージスをフルに活用して一発二発は何とか出来るかもしれねーけど、長期戦になればなるだけこっちが不利だ。何とかして、一撃で仕留めたいんだよ」
「タックルの威力って、シンプルに言えば重さと速さの掛け算だからね。理屈は合っているわ。扇風機を背負うことで重量も増すし、面白い考えね。絵面がちょっとシュールだけど」
「……セリスティアがこっち方面の案を出すなんて、意外っすね。なんつーか、がっつりメカメカしいパワーアップの仕方っす」
伊織が感心したようにそう言うと、セリスティアはちょっとくすぐったそうに、鼻の下を指で擦る。
「アイリが俺達の世界の『魔法』を覚えに行ったのなら、俺はアイリの世界の『技術』を取り入れる。自分の世界の力だけじゃ、多分劇的になんか強くなれねぇって思ったんだ。……で、どうだ? こういうの、作れるもんなのか?」
「んー……こういうのは光輝さんとか蓮さんの専門だけど……まぁ私の意見を言わせてもらうなら、多分難しいと思うわ」
「えっ? マジか……」
「タックルの速度を上げるって言っても、ちょっとやそっとの速度アップじゃないのよね? 二倍、三倍……いえ、もっと上げたいわね。でもそんなに速度を上げると、セリスティアの体にも大きな負担が掛かる。『命の護り手』を使用しつつ、さらにあなたを保護するアーマーとかも必要になるかもしれない」
それに、と優香は続ける。
「風でブーストするって言っても、実際に使うとなると風のコントロールが難しいと思うわ。ちょっと風の角度がズレただけで、タックルの速度を上げるどころか、まともにタックルすら出来なくなるでしょうし……現実的じゃないわね」
「そ、それはトレーニングとかで何とかすりゃあ……」
「戦闘中に、そんな繊細なコントロールをするのは非現実的よ。そもそもタックルする時以外、大きな扇風機を背負っていたら邪魔になるでしょ?」
「あー……そりゃそうか……」
「もっと違う案を考えた方が良さそう――って、あら?」
何気無く窓の外を見た優香が、あるものに気が付いて目をパチクリとさせる。
「あるじゃない。良い物が。ほら、あそこに。あれなら、今の課題の大半をクリア出来るかもしれないわ」
優香が指を差した先。
そちらを見て、セリスティアと伊織も「あっ」と声を上げる。
何故今まで気が付かなかったのか。灯台下暗しとはこのことか。
そこにあったのは、伊織が乗っている白バイだった。
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