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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第38章 キャピタリーク
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第38章幕間

 一月二十三日水曜日、夜九時十五分。


 ここはノースベルグの街から少し離れたところにある森の中。


 辺りを警戒しながら獣道を歩いているのは、腰に剣を下げた青髪ロングの少女、レーゼ・マーガロイスである。


 ファイアボールの灯りを頼りに無言で進んでいた彼女だが、あるところでふと立ち止まると、僅かに口角を上げた。


「奴は逃げた。今日の任務は完了よ。お疲れ様――ライナ」


 暗い森の中、静かにそう告げた直後……木の陰から、黒いローブを身に纏った少女がひょいっと現れる。


 銀髪フォローアイの彼女は、仲間のライナ・システィアだ。


「レーゼさんこそ、お疲れ様です。でも、逃げられちゃいましたか……」

「未だ、倒す方法が分からないのよね……。まぁ今は、追い払えただけでも充分だわ」


 ヒドゥン・バスター……隠密行動を主とするバスターのライナ。彼女はセントラベルグのバスター署に所属しているのだが、そんなライナが何故ここにいるのか。


 それはレーゼからの依頼によるものだった。ノースベルグで出現した亡霊レイパーの調査を手伝って欲しい、という依頼の。


 セントラベルグでも亡霊レイパーは出没している。数もノースベルグよりも多い。しかし同時に、セントラベルグはバスターの数も多い。だからセントラベルグの方は、現地のバスターだけでも充分対応が間に合っていた。


 一方でノースベルグは田舎に近いためか、バスターの数も然程多くない。亡霊でない、普通のレイパーもちらほらと出現している。人手はギリギリ足りているかどうかという状態で、危機感を覚えたレーゼがライナに助けを求めたのである。


 今日も、丁度一時間前に街中で亡霊レイパーが出現し、レーゼはノースベルグの他のバスター、そしてライナと協力して戦っていた。その結果は、先の言葉通りである。


 こんな森の中で会話をしているのは、ヒドゥン・バスターの素性は、他のバスターに明かせないためだ。


「……でも、そうよね。追い払うだけじゃ駄目なのよね。倒さないと、奴らの数は減らないわけだし……」


 攻撃の瞬間だけは実体があるが、ダメージを受けるだけで死ぬ様子は無い。そもそも亡霊に生命があるとも思えなかった。


「実力的に倒せないレイパーは今までたくさんいたけど、特性的に倒せないレイパーなんて初めてだわ。困ったわね……」

「ミヤビさん達の調査で、奴らを倒す手掛かりが掴めればいいんですけど……。今は、光や炎で退けるしかないですね……」

「……悩んでも仕方ないわ。こっちでも、やれることを愚直にこなしましょ。……さて、遅くなったけど、夕飯にするわよ。時間が時間だし、簡単な物しか作れないけど」


 ライナはノースベルグに滞在中、レーゼの家で生活している。生活リズムに違いはあれど、二人は基本、食事は一緒にしていた。


「私も手伝います。……はぁ、それにしてもバスターって、やっぱり時間に不規則な生活になりますよね」

「私なんて、ライナに比べればマシな方よ。私達は緊急の要請があれば遅い時間に出動することがあるだけだけど、あなた達は基本がそれでしょう? 徹夜になることだって日常茶飯事じゃない?」

「それはまぁ、ターゲット次第ですけど……あー、でも、ミヤビさんと会う前、一度だけ凄く徹夜しないといけなかったことがありましたね。確か……一週間眠れなかったっけ?」

「うわ……それはヘビーね。どんな仕事だったの?」

「レイパーの監視でした。状況が次から次へと変わっていったから、上の人達も実働の人達もわけわかんなくなっちゃって、もう大変で……あ、嫌な記憶が……」


 敵に見つかってはいけない緊張感と、些細なことを見逃さないという集中力で、任務が終わった後、比喩でも誇張でもなく本当にぶっ倒れてしまったライナ。目が覚めた後、辞表を提出するか真剣に悩んだ。あれはある種のトラウマである。


 と、そんな世間話をしながら、二人はマーガロイス宅へと戻るのだった。




 ***




 そういう訳で、夕飯の準備中。


 今日の献立は、アランシェルフィーのパスタと、ソルティーミントの卵スープだ。


 アランシェルフィーというのは、この周辺の海等で獲れる貝だ。身はぎっしりとしていて食べ応えがあり、噛めば噛むほどタコのような旨味が溢れ出すのが特徴だ。貝は茹でると昆布に似た出汁がとれる。これと調味料を合わせてパスタに掛けて食べるのが一般的。この調味料に関しては、今回は日本から持って帰ってきた醤油と酒を使ってみるつもりだ。


 ソルティーミントというのは、ナランタリア大陸全域で栽培されているミントのこと。ミント特有の爽やかな風味の中に、薄らと塩っけが感じられるのが特徴だ。スープやサラダなんかによく入れられている。


「ミヤビさんの家で生活していた時も思いましたけど、レーゼさんは本当に手際が良いですね」


 アランシェルフィーの身を、包丁で一口サイズに切るレーゼを見ながら、ライナは感心したような声を上げた。


「ありがとう。でも、こんなの慣れよ。最初の頃は、野菜一つ切るのも時間がかかって仕方なかったわね」

「料理を始めたの、最近なんでしたっけ?」

「ええ。私が自炊するなんて、少し前には考えられなかったわ。昔は出来あいのものを買って済ませていたんだけど」

「あー、私もです。自炊する暇なんてないから、ずっとどこかで買ってばかりでした。でも栄養バランスが偏っちゃうし、出費も馬鹿にならないし、結構悩みの種で……」

「私の場合、仕事一筋過ぎて料理に興味が無かったのよね。胃袋に入れば同じでしょ、って感じで……。ミヤビに『食事くらい、楽しみましょう』って言われなかったら、今もそんな生活を送っていたはずよ」


 そんなことを話している内に、パスタとスープが完成に近づいていく。


 後は皿に盛りつけるだけ……といったところで、レーゼの視界に不意に、ライナの首から下げている銀色のロケットが映り込んだ。


「そう言えばそのロケット、どうしたの? 少し前から着けているわよね?」


 ひと月程前……時期的にはクリスマスイブの辺りから、ライナの首に掛かるようになったアクセサリ。


 前々から気にはなっていたのだが、レーゼは聞くタイミングを逃してしまっていた。どうせ今は二人きりなのだ。折角だからと、尋ねてみた。


 ライナは一瞬きょとんとしたが、すぐに「あぁっ!」と顔を綻ばせる。


「そっか、レーゼさんにはまだ話していませんでしたね。このロケット、ミヤビさんから貰ったもので……前に一緒にデートして、その時に撮った写真を入れてるんです」


 そう言ってロケットを開くライナ。


 入っていたのは、フォルトギアの観光名所『スカイプロップ』――高い塔だ――のてっぺんで、雅とライナが撮ってもらったもの。


 写真では二人が手を組み合わせ、一つの大きなハートマークを作っている。


 それはまるでカップルのようで、レーゼは何故か、顔を引き攣らせた。


「ここ、スカイプロップっていうところなんですけど、フォルトギアで発掘された土器とかの展示や、歴史や自然の説明とか、フォルトギア出身の芸術家の凄い美術品とか色々あって、凄く面白かったんです。もう一日じゃ回り切れないくらいで、また一緒に行きたいなぁ。あ、そうそう、その時ミヤビさんと一緒に食べたコットン・クラッカーっていうお菓子が面白くて――」


 デートの時のことを話すライナは、年相応の女の子らしい、可愛らしい笑顔をしている。


 どうやらレーゼが反応に困っていることには、気が付いていない様子だ。


「――それで、最後に一緒に写真を撮ったんですけど、デートしてから二ヶ月くらいしてからだったかな? ミヤビさんがその写真をロケットに入れて、渡してくれたんです! なんでも、お土産コーナーのところにロケット製作のキットが売られていたみたいで」


 つまり、このロケットは半分、雅の手作りということである。


「ふ、ふーん。……あ、よく見ると刻印があるわね。スカイプロップのシンボルマークかしら?」

「ええ、そうそう! よく分かりましたね!」

「えっと、まぁ……ミヤビが最近着けるようになったチョーカーにも同じ模様があって、その時に教えてもらったのよね。……あら? もう一つマークがあるわね」


 ロケットの裏側に、スカイプロップのシンボルマークとは別の模様があった。


 ライラックの花畑の中、二人の人間が手を取りあって一緒に踊っているシルエットの模様だ。髪型から、この二人はどちらも女の子だと分かる。


 いや、もっと言うとこれは――


「この踊っているのって、もしかしてライナとミヤビ?」

「そうなんですよ! こっちはミヤビさんが彫ってくれたんですけど、凄いですよねー!」

「き、器用ねあの子……」


 ただキットの説明書通りにロケットを作るだけでは面白味が無いと思った雅が、ちょっとしたアレンジを加えたのだろうというのは、想像に難くない。


 ロケット本来の美しさを損なわずに刻印を追加した雅の技術に、レーゼは感嘆の声を上げた。相当に気持ちが籠っているのは、誰の目にも明らかだ。


 しかしこういった物を見せられると、何故だろうか。何となくだが、レーゼ的には若干、胸の奥に燻るような、どこか変な感じがする。


 端的に、そして一切オブラートに包まずに言えば――面白くない。


 だから気が付けば、自然と口を開いていた。


「あの子、贈り物にセンスがあるわよね。夏頃に着けていたアームバンド、実はミヤビからの贈り物なんだけど、色合いとか柄が綺麗で……それにこの包丁、私の誕生日にミヤビがくれたものなんだけど、切れ味がいいだけじゃなくて、刃紋がお洒落なの」

「へ、へぇ」

「…………ん、んっ」


 笑みを強張らせたライナに、レーゼは「しまった」と言わんばかりに咳払いをする。


(な、何を張り合って……なんか私、嫌な奴だわ……)


 だがここで謝るのも変な話。


 なんか気まずくなって、レーゼは逃げるように、料理を皿に盛りつけてテーブルに運ぶ。


 一方ライナも、レーゼが雅から貰ったと言う包丁から目を離せないでいた。


(ミヤビさん、なんてことない様子でこれをレーゼさんにプレゼントしていましたけど……包丁って結婚の時の贈り物にする人もいるんですよね?)


 縁が切れる、ということで縁起が悪いとされることもあるが、新たな食卓を築くということで縁起が良いとされることもあると聞いたことがあったライナ。


(まぁ多分、ミヤビさんはレーゼさんが料理好きなことを知っているから包丁を贈っただけだと思いますけど……)


 それにしても、ちょっとプレゼントとしての格が違うような気がする。


 学校を辞めようとした時の相談相手として選ばれたのもレーゼだし、その後の生活の拠点として選んでいるのもマーガロイス家である。


(レーゼさんって、ミヤビさんが異世界で最初に会った人なんですよね……。なんというかこの二人の関係って、外から割り込めない空気があるなーって前々から思っていたんですけど……)


 自分と雅、レーゼと雅……その関係というのは、決して比べるようなものではないと頭では分かっていても、何だかライナの心はざわついてしまう。


「ライナ、ほら、食べましょう。冷めちゃうわよ」

「あ、はい」


 レーゼに呼ばれて、慌ててテーブルに向かうライナ。


 折角作った夕食は、なんだか今日は味が薄い気がした二人であった。

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