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第36話『雷竜』

 冷たい雨を吹き飛ばすような突風に、目を開けた雅。


 相変わらず魔王種レイパーの顔が近いが、敵の視線は雅から逸らされていた。


 一体何だろうか、そう思った刹那、空気を震わすような咆哮が轟く。


 魔王種レイパーの口からでは無い。もっと遠くから響いてきた咆哮だ。


 そちらを見るレイパーの顔に、表情は無い。


「エヲルバナメボ……」


 憎々しげに小さく呟くと、雅に馬乗りになっていたレイパーは立ち上がり、雅の首根っこを掴んで持ち上げた。


 ギリギリと首を締められ、変な声が漏れる。首を掴むレイパーの腕を引き剥がそうとするが、びくともしない。


 何をされても決して離さなかったアーツ、『百花繚乱』で我武者羅にレイパーの体や腕を斬りつけるが、体重も力も乗らない攻撃では当然ダメージも無い。


 呼吸が出来ず、意識が朦朧になる雅。


 すると、レイパーは持ち上げた雅を遠くに投げ飛ばした。


 その先の地面は、遥か下。


 崖から放り投げられた雅の体は、どんどん速度を上げて落下していく。


 終わった――


 絶叫する事も忘れ、雅はそう思う。


 零れた涙が空を舞い、思考も真っ白になる。


 その時だ。



「――っ?」

「グルルル……」



 空中で、彼女の体は何者かにキャッチされる。安堵したような唸り声が、頭上から聞こえた。


 そして何が起こったのか理解した瞬間、雅の体から力が抜ける。


 地面に落ちる雅を助けたのは、竜だ。


 体長は三メートル程。山吹色の鱗が頭の先から尻尾まで体の表面を覆い、雅を受け止めた前足には四本の長い爪がある。背中に生えた羽は、広げれば竜の体長以上の長さがあり、飛膜には光が電流のように絶えず迸っていた。


 切れ長の眼だが、紫色に輝く眼球は、まるで人間のような身近さを覚えてしまう雅。


 ミカエルからは「絶滅した」と聞かされ、多くの人が「御伽噺」と一蹴した竜が目の前にいることに、どこか現実味を感じることが出来ない。


 それでも、竜の腕から伝わる熱や、生き物らしい命の鼓動が感じられ、この存在は本物なのだという確信も持つ雅。


 竜は雅に一瞬だけ視線を向けた後、魔王種レイパーの方を見る。


 頭を仰け反らせ、顎門(あぎと)を大きく開くと、そこにエネルギーが収束する。翼に走る光が一層強まった瞬間、収束したエネルギーは雷のブレスとなって、レイパーへと放たれた。


 しかし、魔王種レイパーの左側より黒い影が猛スピードでレイパーへと近づいていき、攻撃が命中する直前でレイパーを助けてしまう。標的を失ったブレスにより、激しい音を立てて崖が砕かれ、大量の泥が宙を舞い、土や岩の破片が落下する。


 魔王種レイパーを助けた影を目で追うと、その正体に気が付く雅。


 蝙蝠のような皮膜の翼に、鏃のように尖った尻尾。翼の先端に生えた、鋭利な爪。全体的に暗い緑色をした、全長四メートルはあろうかという、竜にも似た巨大な化け物。


 雅をここまで連れ去ってきた、あのミドル級ワイバーン種レイパーだ。


 背中に乗った魔王種レイパーは、どこかつまらなそうな表情で、竜と雅を見る。


 竜が再びレイパー達に向けて雷のブレスを吐くが、ワイバーン種はそれをローリングして躱す……が、僅かに羽の先から伸びた爪にブレスが掠り、白い煙を上げた。


 その光景に、雅は目を見開く。竜の攻撃がレイパーの体を僅かでも傷つけたことに、驚いたのだ。


 レイパーにダメージを与える事が出来るのは、アーツやスキルによる攻撃だけだと言われている。ミカエルやノルンは攻撃魔法で戦っているが、ダメージを与える事が出来るのはアーツを介した魔法だからだ。


 しかしこの竜はアーツを持っているようには見えない。


 古より生きる伝説の存在は、やはり格が違うと思い知らされた雅。


 刹那、雅の体にGが掛かる。


 竜とワイバーン種が、互いに一定の距離を保ちながら、猛スピードで飛び回り始めたのだ。


 竜の顎門から放たれるは、雷のブレス。


 ワイバーンの口から放たれるは、深緑色のビーム。


 大雨の中、互いの攻撃が空中で激突し、黒い煙を発生させる。


 竜もワイバーンも、相手の死角を狙うように動く。ブレスやビームで牽制しながら、強かに相手の隙を伺っていた。


 焦れったい空中戦で、先に仕掛けたのは竜。


 一気に急上昇すると、翼を大きく広げる。


 飛膜には迸る光が一瞬にして消え、代わりに竜の上空に直径五メートル程の雷の球体が出現した。


 放電しながら、その球体が勢いよくワイバーン種へと落ちていく。


 その時……。


 ワイバーン種レイパーの背中に乗った、魔王種レイパーがゆっくりと右の手の平を、自分達目掛けて落ちてくる球体に向ける。


 僅かに口角を上げた瞬間、放たれる黒い衝撃波。


 空中で激突した雷の球体と黒い衝撃波だったが、僅かに拮抗したものの、衝撃波が球体を打ち砕いてしまう。


 だが――


 気配を感じ、下を向く二体のレイパー。そこには竜の姿があった。


 球体を放った瞬間、急降下してレイパーに接近していたのだ。


 既に、竜はワイバーン種レイパーの腹目掛けて、雅を抱えている方とは逆の前足を伸ばしていた。前足に生える爪は、僅か三十センチのところにまで迫っている。


 先程の雷球は囮。本命はこの一撃だ。


 ワイバーン種レイパーの口が竜に向けて開かれるのと、竜の爪が腹に届くのは、同時。


 しかしその爪がレイパーの命を奪い取る前に、レイパーの口から放たれた深緑色のビームが竜の翼に直撃してしまう。


 衝撃で吹っ飛ばされる竜。


 翼を負傷した竜だが、それでも何とか空中で体勢を整える。それに対し、先程のお返しと言わんばかりに接近していたワイバーン種レイパー。


 レイパーの翼の先についた爪――ブレスでダメージを受けていない方の爪だ――が、竜の皮膚に傷を付ける。


 そして怯んだ隙に素早く背後を取ると、がら空きの背中に深緑色のビームを直撃させる。


 悲鳴のような咆哮を上げ、落ちていく竜。


 そんな竜にビームで追撃せんと、ワイバーン種レイパーは口を開く。


 その刹那、空中に垂れるレイパーの尻尾に、桃色のエネルギー弾が直撃した。


 かつて無い程の甲高い声を上げて悶える、ワイバーン種レイパー。


 そんな中でも落ち着いて背中に乗る魔王種レイパーが攻撃の飛んで来た方を見れば、雅が竜の前足の上で、ライフルモードにした百花繚乱の銃口をレイパーへと向けていた。


 激しく動き回る中でも、竜が決して手放さなかった雅が、隙をついて攻撃してきたのである。


 墜落していく竜の顎門が開くと、そこからブレスが放たれた。ダメージを受け、苦し紛れに放ったそのブレスに、今までのような勢いは無い。


 しかし目晦ましには充分だったのだろう。


 落ち着きを取り戻したワイバーン種レイパーがその一撃を躱し、魔王種レイパーと一緒に標的の姿を探すが、既にどこにも竜と雅の姿は無くなっていた。

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