第338話『折檻』
「ミヤビお姉ちゃん! アイリお姉ちゃん!」
ネクロマンサー種レイパーや大量の亡霊レイパーとの戦闘が終わり、雅と愛理が体を引きずりながら何とか公園を抜け出すと、ラティアが駆け寄ってくる。
その後ろには、バスターの人達が血相を変えてラティアに着いてきていた。ユリスもいる。
多くのバスターが公園に集まってきたという異常事態に、既に野次馬も発生している始末だ。
その光景に少し呆気に取られていると、ラティアが雅と愛理を同時に抱きしめた。
「良かった! 無事だった……! 良かったよぉ……!」
「いだっ、ラ、ラティア……ちょ、力強い……!」
「あぁ、ごめん!」
バキバキになった体が悲鳴を上げ、愛理が堪らずSOSを訴えると、ラティアは慌てて離れる。
愛理がこうなるのも無理も無い。最後の合体アーツによる一撃は、渾身の力を込めたのだから。
敵がまだ近くにいるかもしれないという緊張感があるから動けているだけで、体はとっくに限界を迎えていた。
「ラティアちゃんとユリスちゃん。バスターへの連絡、ありがとうございます」
「お、お姉ちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ……?」
「え? あ、あはは……だ、大丈夫! へっちゃらですよ!」
「束音。本当に大丈夫か?」
体が痛む……というのとは、少し違う理由で疲労困憊な様子の雅に、三人は心配そうな顔になる。
特に愛理は、雅がこうなる理由に心当たり――スキルで復活したとは言え、一度殺されたことだ――があるだけに、心臓が嫌な鼓動を鳴らし始めていた。
「バスターの人達に話をしないといけないが、その前に治療を受けさせてもらおう。マーガロイスさん達にも報告をしたい。ラティアはコンコルモートと一緒にいてやってくれ。私達が診察中は、バスターの人に守ってもらえるように話をつけておくから」
雅を医者に診せるのなら、一度殺されてしまったことも話さなければならない。しかしラティア達の前でその話をするのも憚られた。
そんな意図を察したのかそうでないのかは愛理には分からなかったが、ラティアは「うん、分かったよ」と大人しく言うことを聞いてくれたのだった。
***
そして、それから数十分後。
キャピタリークの町医者に診察してもらった雅と愛理は、ラティア達のところに帰る途中、歩きながらレーゼとミカエルに連絡をしていた。
「そういう訳で、何とかレイパーも亡霊も追っ払いました。ラティアや、一緒に行動していたコンコルモートっていう女の子も無事です。奴らの写真や動画を送っておきましたので、後でご覧ください」
『……うん。送られてきているの、確認したわ。ありがとう。ミヤビちゃんもアイリちゃんも、本当にお疲れ様』
そう答えたのは、ミカエルだ。今は音声通話なので、レーゼもミカエルも声だけのやりとりである。
「まさかこっちに着いたその日の夜に、こんなことになるなんて思いもしませんでした。ところであいつら、やっぱり光が苦手みたいです。私と愛理ちゃんのアーツを合体させると、刃が光るんですけど、亡霊達はそれで逃げていきましたし。……まぁでも、倒し方は依然として不明なのが悩みどころですけど」
困ったような声を上げると、レーゼが『気にしないの』と声を掛けてきた。
『弱点がはっきりしただけでも全然良いわ。少なくとも追っ払えるわけだし。……それより気になるのは、ネクロマンサーの奴ね。この亡霊レイパー達の出現は、こいつが直接的な原因なのかしら? ミカエル、どう思う?』
『うーん……微妙なところね。愛理ちゃんから送られてきた動画を見る限り、偶然見つけた亡霊レイパーを使役しているだけのようにも見えるし、亡霊レイパーを召喚して使役しているようにも見える。亡霊レイパーの数がやたら多いのが気になるわね。何にせよ、もう少し情報が欲しいわ』
どちらにせよ、ネクロマンサー種レイパーが亡霊レイパーを操っているのは間違いなさそうだというのは言えそうだが、確たる証拠もない。判断するには難しく、ミカエルも苦しい声を上げる。
「あ、そうだ。ミカエルさんの推理、正しかったみたいです。あいつら、殺した相手から熱のエネルギーを奪っていました。私、一度殺されたんですけど――」
『ちょ、待ちなさい! 殺された?』
一度殺されたことについてはまだ話していなかったため、レーゼが鋭い声で聞き返し、ミカエルは言葉を詰まらせる。それだけ、衝撃的な内容だった。
「えっと、実は戦いの最中に、後ろからグサっとやられちゃって。四葉ちゃんのスキルで復活出来ましたけど。あ、体ならもう平気です。お医者さんからも、大きな異常は無いって言われましたし」
『そういう問題じゃないでしょ! ミヤビ、あなた本当に体は平気なのっ?』
「え、ええ。特に違和感はないです。強いて言うなら戦闘の疲労感が残っているくらいで、ぶっちゃけいつも通りですよ」
『念のために、しばらくは毎日お医者様に診てもらった方が良いんじゃないかしら? 蘇生系のスキルなんて、前例が無いわけだし……』
『ミカエルの言う通りよ。あなた、これから毎日診療所に通いなさい。診察結果も毎日私に報告するように! それが出来ないなら、今すぐ帰って来なさい!』
「ええっ? そんな無茶な!」
「……あー、しかし、何故奴らは熱のエネルギーなんて奪うんでしょうか? 生命活動を維持するためってわけでもないと思うんですが……」
助け舟を出すように、愛理がおずおずと話題を雅の死から亡霊レイパーの件に戻す。
ULフォンの向こう側で、レーゼが何か言いたそうな雰囲気を醸し出していたが、
『存在を保つため、かしら? でもそれにしては、襲われた人の数が少なすぎるようにも思えるわね』
レーゼが何か言う前にミカエルが話し始めたことで、無事に話題が逸れる。
『亡霊レイパーがどうやって生まれたのか分からない以上、何とも言えないわ。生まれてすぐなら、存在維持の為に人を襲ったりしないでしょうし……。レイパーと同様に女性を殺すことを楽しんでいるのなら、もっと被害者がいたっておかしくないわね』
「情報が少なすぎる、ということですか……」
顎に手をやりながら、愛理は唸る。
すると、レーゼの方から、憮然としたような小さな声が上がった。
『……いずれにせよ、もう少し調査が必要ね。そっちの方で、もうちょっと調べてみて。……あとミヤビ。あなたはもっと慎重に動きなさい。復活できるから大丈夫なんて、考えが甘い』
『……そうね。自分では大丈夫だって思っているかもしれないけど、疲労やダメージが知らない間に蓄積して、気が付いたら取返しの付かないことになるかもしれないのよ? もっと自分を大事にしないと』
「……ごめんなさい。気を付けます」
『本当に、頼んだわよ。今日はもう休みなさい。いいわね』
やや厳しめの声でそう言うと、レーゼとの通信がプツンと途切れる。
雅がバツの悪そうな顔を浮かべていると、
『あー……きっと、レーゼちゃんもミヤビちゃんが心配なのよ。分かってあげて』
顔を見なくても苦笑いを浮かべているのが容易に想像できる声で、ミカエルがそう言ってきた。
『レーゼちゃんの言う通り、今日はもう休んだ方が良いわ。アイリちゃんも。まだ分からないことはたくさんあるけど、亡霊達を操っているレイパーを見つけたってだけでも大収穫なんだから。ね?』
ミカエルは『それじゃあ、おやすみなさい』と言って〆てから、通話を切る。
「あー……叱られちゃったな。まぁ、気にするな」
「……ごめんなさい。ちょっと失敗しちゃいましたね」
目を交わしているようで、実はちょっとだけ視線を逸らしながら、雅と愛理はそう会話するのだった。
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