第337話『捨鉢』
「なんだ……? 何をするつもりだ?」
「気を付けてください! 来ますよ!」
ネクロマンサー種レイパーが持つ鎌が光を帯び、第六感で危険を悟った雅と愛理。
どんな攻撃が来る――そう警戒していた、次の瞬間。
突如、レイパーの持つ鎌から、夥しい量の黒い霧が発生する。
「目晦ましっ?」
「奴はどこだっ?」
あっという間に辺りを覆いつくす霧に、雅と愛理はネクロマンサー種レイパーどころか互いの姿も見失い、戦慄の声を上げた。
その刹那、
「――っ!」
雅の脳裏に浮かぶ、モノクロのイメージ。
黒いエネルギーボールが愛理を消し炭にしてしまう、そんな光景である。
雅の『共感』で、ノルンの『未来視』が発動したのだ。
「愛理ちゃん! そこから離れて!」
「っ?」
未来の危険を教えてくれるスキル。対処しなければ、視えた未来は絶対のものとなってしまう。
言われた通りに愛理が横っ飛びした瞬間、今まで彼女がいたところを、巨大な黒いエネルギーボールが勢いよく通過する。
標的を外したエネルギーボールは近くの木に直撃し、破裂。熱こそ発生しないが、エネルギーボールが破裂した際に発生した強い衝撃波で、辺りを覆っていた霧が一気に吹き飛んだ。
霧が無くなり、姿を現したネクロマンサー種レイパーは、鎌を二人に向け、くぐもったような笑い声を上げる。
「ちぃっ! こいつ、鎌だけでなく魔法も使うのか……!」
悪態を吐きながらも、愛理は心の中で首を横に振る。見た目がネクロマンサーなら、魔法の一つも使ってくることくらいは予想してしかるべきだった。
ネクロマンサー種レイパーは再び鎌を高く掲げると――
「ま、マズい……っ!」
鎌が徐々に巨大化していき、雅と愛理は身を強張らせる。
次にどんな攻撃が飛んでくるか、容易に想像がついたから。
元の三倍以上のサイズになった巨大な鎌を、レイパーが薙ぎ払うように振ってくるのと、二人がアーツを盾にするのは同時。
しかし、
「きゃぁっ!」
「ぐぁっ!」
そのあまりにも重い一撃に、雅と愛理は呆気なく吹き飛ばされてしまう。
ゴロゴロと地面を転がっていく二人の体。
アーツを杖にし、よろよろと起き上がった雅達だが……辺りを見て、凍り付く。
そこにいたのは、大量の亡霊レイパー達だったから。
「まずい……囲まれた……?」
周囲を埋め尽くす亡霊達に、愛理の声も震えだす。
元々、ラティア達が逃げる時間を稼ぐためにネクロマンサー種レイパーと戦い始めた二人。ある程度のところで自分達も撤退しようと思っていたのだ。しかしこうなれば、逃げるどころの話ではない。
「ぅ……愛理ちゃん、落ち着きましょう! 奴ら、攻撃する瞬間しか実体がありません! 上手くいなして、何とか道を作りますよ!」
言いながらも、雅も焦っていた。もしここでセリスティアの『跳躍強化』が使えていれば、この亡霊達の包囲網から抜け出すことも可能だったのだ。
そして、一斉に襲い掛かって来る亡霊レイパー達。
ある亡霊は殴りかかり、ある亡霊はエネルギー波で攻撃してくる。
さらには少し離れたところからは、ネクロマンサー種レイパーがエネルギーボールを放ってくる始末だ。
それらを避け、攻撃を受け止め、時には防御用アーツ『命の護り手』を使いながら、必死で猛攻を凌いでいく二人。
しかし、
「ぁ……っ?」
雅の胸元を、背後から貫く鋭い針。
何と分類すればよいかも分からぬレイパー……そいつが生やしている、先端が針になっている尻尾による、死角からの一撃だった。
雅の口から零れる血液。
全身から熱が抜けていくと同時に、意識を手放す。
「束音ぇっ?」
胸を貫かれ、倒れる雅に、愛理は滅多に出せないような金切声を上げる。
しかし、伏した雅の指が動いたのを見て、すぐに思い出す。雅が浅見四葉のスキル、『超再生』を使えることを。
だが……
(ヤバい! 束音は浅見のスキルで復活出来るが、次はもう……! それに私も……!)
亡霊レイパーの数が減ったわけではない。
どんどんジリ貧になっていく状況に愛理は焦り、目の前の亡霊達の攻撃を捌くので手一杯になっていく。
背後から別の亡霊が来ていることに気が付いたとて、対処することも出来ない。
先程雅を殺した亡霊レイパーが、今度は愛理に攻撃を仕掛けた――その刹那。
「ぐっ!」
「束音っ?」
四葉の『超再生』により復活した雅が、その尻尾を剣で弾いて愛理を助ける。
まさに間一髪だ。
雅は口元の血を手の甲で拭い、口を開く。
「あ……愛理ちゃん……! 一か八か、合体です……!」
「ええい! やぶれかぶれだ!」
半ばやけっぱちに近い状態で叫ぶ二人。
敵の隙を作っていないが、状況を打開する策は無い。
雅が百花繚乱を持つ手に力を込めると刃の中心が開き、そこに愛理が朧月下の柄を差し込む。
合体した二つのアーツ。出来上がるのは、全長三メートル近くもある巨大な刀剣だ。
それを雅と愛理の二人で持つと、刀身が白い光を放つ。
その光は眩く、それまで二人を囲んでいた亡霊レイパー達が動きを硬直させる程。
それを見た雅と愛理の目が、大きく見開かれた。
「そうか! 光!」
「束音! もっと力を込めるぞ!」
頻繁に使うものではないから忘れていた。雅と愛理の合体アーツは、最大の一撃を放つ時、光を放つことを。
これに賭けるしかないと、雅と愛理はありったけの力で合体アーツの柄を握ると、刀身の発光がどんどんと激しくなっていく。
その眩さは、最初に雅達が指輪からアーツを出した時の比ではない。
散り散りに逃げていく、亡霊レイパー。
そして――
「はぁぁぁぁあっ!」
「せぁぁぁぁあっ!」
限界まで発光した合体アーツを、一気に振るう雅と愛理。
逃げていく亡霊レイパーなんて目もくれない。狙いはただ一体。
散り散りになる亡霊レイパーをコントロール出来なくなり、動揺しているネクロマンサー種レイパーだ。
その胸元に、刃が抉り込んでいく。
その一撃の衝撃にレイパーはよろめき、黒い血液が噴き上がる。
しかし、雅と愛理の顔は険しい。
……手応えが、少しおかしかったから。
その違和感を証明するかのように、レイパーから噴き上がっていた血はすぐに収まり、傷口も小さくなっていく。
直後、
「……ラガリニラミ」
ネクロマンサー種レイパーは、斬られた胸元を手で抑えながらそう呟くと、黒いローブを翻し、あっという間に去ってしまうのだった。
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