第336話『時稼』
雅や愛理達が使うアーツ……それを収納する指輪。これは、アーツの出す際に発光する仕組みになっているのだが、実は、これには二つの目的がある。
一つ目は純粋に、アーツを出したことを周囲に分かるようにすること。要は電源スイッチをONにした時にランプが付くようなものだ。アーツを出したということは、近くにレイパーがいるということなので、発光させることで周囲の人達にそのことを知らせるのである。
そしてもう一つの理由は、レイパーへの威嚇や目晦ましのためだ。強い光で敵を怯ませ、その隙に逃げるのである。
最も現代において、光程度でレイパーが怯えるようなことはなく、実質この機能は死んでいるようなものなのだが、無いよりはあった方が良いため、今も残されているのだ。
そんな発光機能だが、一応光の強さを調節できるようになっており、亡霊レイパーは強い光に弱そうだということで、雅も愛理も発光を最大に設定していた。
故に、真っ暗な公園が一瞬真昼のように明るくなり、それにより三十体を超える数の亡霊レイパー達は動きを止めた……のだが。
「くっ、やっぱりあいつは追ってきますか……!」
光をものともせずにやって来る、黒い化け物……亡霊レイパー達を操る『ネクロマンサー種レイパー』を見て、雅が顔を歪める。
雅の手には、全長ニメートル程のメカメカしい見た目の剣、剣銃両用アーツ『百花繚乱』。
愛理の手には、同じくメカメカしい見た目をした、刀型アーツ『朧月下』が握られているが、今は二人ともそれを積極的に振り回すつもりはない。
数で大幅に負けている以上、このレイパーを倒しにいくのは下策。逃げに徹し、バスター達の助けを待つのが最善の策だからだ。今アーツを出したのも、敵へのけん制や、不意打ちの際に対処できるようにするため……そして敵の狙いをラティアやユリスから離し、自分達に集中させるためという意味合いが大きい。
「ユリスちゃん! 手を離さないで!」
「う、うん……っ!」
ラティアに手を引かれ、ユリスは全力でレイパー達から逃げている。その前方に、障害はない。
二人はどんどん先へと進んで雅と愛理から距離をとっていき、ネクロマンサー種レイパーはそんな二人には目もくれず、杖の先を雅達へと向けたまま走ってきている。このままこいつをここで足止め出来れば、無事に逃げ切ることが出来そうだ。
ちらりと視線を交わす雅と愛理。
「愛理ちゃん! 亡霊達はまだ来ていません! 交戦するならここです!」
「分かった! 行くぞ束音!」
そう叫ぶと、二人は振り返り、戦闘態勢をとる。
同時にそこで立ち止まる、ネクロマンサー種レイパー。
今まで逃げていた彼女達が戦う意思を見せたことに、レイパーも手に持つ杖を空へと掲げた。
その瞬間、それは起こる。
ネクロマンサー種レイパーの持つT字型の杖。先端の両脇から、見ているだけで気を悪くしそうな禍々しい深緑色をした刃が伸びてきたのだ。
その武器はまるで――
「鎌っ? あの杖、あんな風になるんですかっ?」
「だ、だが鎌ならシスティアが使っている! 何とか凌ぐぞ!」
ライナ・システィアと何度か模擬戦をしている二人。鎌を持った相手がどんな攻撃をしてくるのか、多少は知っている。
飛び掛かって来るレイパーに、勢いよく振り下ろされる鎌。
向かう先は――雅だ。
「束音っ!」
「大丈夫っ!」
攻撃が脳天に直撃する直前、雅は自身のスキル『共感』を発動する。
仲間のスキルを一日一度だけ使用できるこのスキルで使うのは……レーゼの『衣服強化』だ。
体が鉛のように重くなる代わりに、鎧並みに頑丈になった雅の体は、鎌の切っ先を通さない。攻撃の衝撃は強いが、今までの強敵と比べれば耐えられるレベルである。
「ッ?」
今の一撃を耐えられたことに、レイパーは驚きの声を漏らしかけながらも、間髪入れずに横に一閃、鎌を振る。
しかし……雅は『衣服強化』を解除すると同時に、別のスキルを発動し、真上に跳躍した。
ジャンプの高さ、およそ十メートル。凡そ人間ではありえないジャンプ力だが、これはセリスティアのスキル『跳躍強化』のお蔭である。
そして、レイパーが攻撃を空振りした直後。
「はぁっ!」
愛理がネクロマンサー種レイパーとの距離を一気に詰め、斬撃を放つ。
雅が敵と攻防している隙を狙った、鋭い一撃だ。刃が、レイパーのボディに吸い込まれるように向かっていく。
しかし、
「くっ……!」
ガキンと音を立てた直後、よろめかされたのは愛理の方。
愛理の渾身の一撃を、レイパーが鎌で弾き飛ばしたからだ。
他のレイパーと比べてパワーは劣るとは言え、愛理一人をいなすくらい訳はない。
弾き飛ばされた愛理を、鎌で追撃しようとするレイパー。
その刹那。
「こっちです!」
跳びあがっていた雅が百花繚乱を振りかざし、レイパーの頭上に落ちてくる。
落下の勢いを乗せた、強烈な一撃。
レイパーは慌てて鎌を振り上げると、柄でその一撃を受け止め、衝撃を逸らすように鎌を操り、雅を吹っ飛ばした。
ゴロゴロと地面を転がされる雅。レイパーがそんな彼女に近づこうとした、その瞬間――背後から迫る気配に気が付き、後ろを振り返る。
そこにいたのは、
「この……っ!」
先程レイパーの鎌で弾き飛ばされた愛理だった。
振り返った時には、既に放たれていた愛理の斬撃。鎌による防御は、もう間に合わない。
それでもレイパーは寸前のところで体を反らして愛理の攻撃を回避すると、お返しと言わんばかりに鎌を振り回す。
だが――既にそこに、愛理はいなかった。
突如消えた愛理を探し、辺りを見回そうとしたその時。
「ッ?」
焼けるような痛みが、背中に走る。
そこにいたのは、愛理だ。
彼女が一瞬にして敵の背後に移動したのは、彼女が『空切之舞』のスキルを使ったからである。攻撃を外した時、敵の死角に瞬間移動出来るのだ。
「はっ! やっ! はぁぁぁあっ!」
声を張り上げる愛理に、二撃、三撃と続けざまに斬りつけられ、よろめくネクロマンサー種レイパー。
さらに、
「まだまだぁっ!」
雅も体勢を整え、愛理と反対方向から敵に斬りかかる。
二人の斬撃を同時に受け、明後日の方向に吹っ飛ばされるレイパー。
「束音! 二人はもう逃げ切ったか?」
「いえ、もうちょっと時間を稼ぎた――」
と、雅がそこまで言った、その時。
「マクフキザカ……トモトモンウデントレモ」
くぐもった声でそう呟いたネクロマンサー種レイパーが鎌をクルリと回すと、鎌全体が妖しく光を帯びるのだった。
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