第335話『霊使』
「ね、ねぇ……」
「見ちゃ駄目!」
女性の死体を見て顔色を変えたユリス・コンコルモートをラティアが抱きしめ、自分の胸に顔を埋めさせる。
雅と愛理が視線でラティアに礼を言いつつ、二人揃って死体に近づいた。
「……腕や手が酷く冷たいです。まるで氷みたい」
「亡霊レイパーの仕業か……。肝心の犯人の姿がどこにも無いが……」
ミカエルの推理では、亡霊レイパーは人間から熱のエネルギーを奪って殺すとのこと。故に死体が青くなり、体が酷く冷える。この女性の死体はまさに、これに合致していた。
「……愛理ちゃん、どうします? 逃げますか?」
「一旦落ち着こう。慌てて逃げて、もし不意打ちを受けたらそれこそ全滅だ。多少危険でも、敵の正体と位置だけは把握しておきたい。恐らく亡霊レイパーがいるのは――」
そう言いながら愛理が見つめた先は――公園の奥の方。ユリスが昨日、たくさんのお化けを見たと言っていたその現場だ。
最初はユリスの話を疑っていた愛理だが、死体を発見したとなれば考えも百八十度変わる。
「分かりました。とにかく、四人で固まりましょう。ラティアちゃん、ユリスちゃん、私達から絶対離れないように」
そう言うと、雅は二人を抱き寄せる。
ヤバい状況でこそ冷静に……自分達がパニックになれば、ラティアとユリスの身が危なくなるぞと言い聞かせ、何とか心を落ち着かせる雅と愛理。
そのまま奥の方へと慎重に進んでいき――その光景を見た瞬間、雅と愛理は目を大きく見開いた。
そこにいたのは、大量の亡霊レイパー。その数、ざっと数えるだけでも三十体。
ユリスの話から敵の数が多いことは想定していたが、それを遥かに超える量に、雅も愛理も顔を青褪めさせる。
こんなにたくさんの亡霊レイパーがいて、よく被害者が一人で済んでいたものだとすら思ってしまう。
慌てて茂みの陰に身を隠す四人。雅と愛理は頬に嫌な汗を流しながらも、葉の隙間から様子を伺う。
(おい、まずいぞ? これは、バスターと連携したところで……)
(どうするにせよ、見つかる前に撤退です。物音を立てないように、ゆっくりと退きましょう)
視線だけで、そう会話する二人。
幸い、亡霊レイパー達はまだ四人には気が付いていない。
ラティアとユリスも、込み上げそうになる悲鳴を必死で押し殺してくれている。
今なら敵の隙を見て逃げることは出来そうだと、雅が周りを確認し、愛理は亡霊レイパー達の動きから目を離さずにチャンスを伺いだした。
だが、その瞬間。
「……束音」
何かに気が付いた愛理が、こっそりと雅に声を掛ける。
愛理が静かに指を差した先を見た雅は、眉を顰めた。
何かいるのだ。亡霊レイパーが集まる、その中心に。
明かに亡霊どもとは違う、禍々しい生命体。
そいつを覆う亡霊達が移動し、その顔を見た二人は息を呑む。
そこにいたのは、頭がヤギの頭蓋骨のような形状をしている、黒いローブを纏った人型の化け物だ。腕や足は骨のように細く、Tの字型の長い杖を持っている。
そいつが杖をフラリと揺らすと、それに合わせて亡霊達がゆらゆらと動いた。軍隊のような統率はとれていないものの、それでも傍目で分かるくらいには統一された動きである。
まるで操られている……そんな様子だ。死霊使いのようだと言われれば、まさにその通りだ。
分類は……『ネクロマンサー種レイパー』だろうか。
「なんだあいつは? この亡霊達の親玉……なのか?」
「見る限り、事の元凶っぽい雰囲気出してますよね。でも、なんだろう? 親玉と言うには、ちょっと様子が変な気が……」
敵を観察しながら、コソコソと話し合う二人。
すると、
「愛理ちゃん、あれを……」
今度は雅が異変に気が付き、指を差す。
愛理がそっちを見ると、そこには薄らとした靄が出ており――しばらくもしない内に靄が集まり、三つの角を持った人型の化け物の亡霊レイパーになっていく。
そしてその亡霊レイパーがフラフラとどこかへ行こうとすると、ネクロマンサー種レイパーはそいつに杖を向けた。
苦しみだしたような動きをする亡霊レイパーだが、やがてその動きも緩慢になっていき、徐々に他の亡霊レイパーと同じような動きをしだす。
(なんでしょう? あのネクロマンサーみたいなレイパーが、他の亡霊を無理矢理操っている……?)
(そんな感じ……だな)
雅と愛理は今の光景に、揃って首を傾げた。
もう少しよく観察したい……と思っていたのだが、
「…………」
ラティアに袖をクイクイと引っ張られ、雅はハッとする。突然のネクロマンサー種レイパーの登場に気を取られていたが、今は悠長に敵を観察している場合ではなかった。
「二人とも、足音を立てないように。焦らず騒がず、少しずつ、身を屈めたままゆっくりと逃げますよ……」
雅が小声でそう指示を出し、ラティアとユリスが震えながらも言う通りにし始める。
しかし、
「……ッ!」
誰も大きな音など立てていない。
だがそれでも、本当に偶然――亡霊の一体が、不意に雅達の方へと目を向けてしまった。
瞬間、その亡霊がゆらゆらと雅達の方へと近づきだし、それに釣られて他の亡霊達もやって来始める。
さらにネクロマンサー種レイパーも雅達の方を向き、杖を向けだしたのを見て、雅と愛理は顔色を変えた。
「マズい! 見つかりました!」
「逃げるぞ! ラティア、コンコルモートを連れて先に行け! 私達が時間を稼ぐ!」
そう指示を出すと同時に、雅と愛理の右手の薬指に嵌った指輪が光を放つのだった。
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