第333話『音都』
エンドピーク。
エスティカ大陸の東にある国で、オートザギアの上、ウラの右側に位置する。福島県と山形県に対する宮城県のような位置関係と思えばイメージし易いだろう。
面積は丁度ウラと同じくらい。エスティカ大陸の中では最も治安が良い国で、この国を語る上で絶対に外せない話が二つある。
一つは、外交がエスティカ大陸で一番上手いということ。オートザギア等の近隣の国と良好な関係を築いているのは勿論のこと、世界が融合した後もオーストリアを始めとしたヨーロッパの国々と積極的に交流している。正式に協力関係を結んだのはオーストリアだけだが、そう遠くない内に、イギリスやフランスとも協力関係を結ぶことになるだろうと専らの噂だ。
そして二つ目。それは――
「おぉ、流石、音楽の国と呼ばれるだけのことはありますねぇ」
現地時間で一月二十日、日曜日の朝。
桃色の髪に、ムスカリ型のヘアピン、そしてライナから貰った黒いチョーカーを着けた少女……束音雅が、路上ライブをし始める人達を見て感嘆の声を上げる。
ここで路上ライブを見たのも、これで五回目だ。三十分前に港を降りて少し歩いただけでこれなのだから、こんな言葉も出よう。
エンドピークは世界各国から著名な音楽家がこぞってやって来てコンサートやライブをする程、音楽で有名な国なのである。
一方で雅と一緒に歩く、三つ編みをした長身の女性……篠田愛理は苦笑いを浮かべていた。
「しかし、何もこんな時間からやることは無いだろうに。まだ朝の八時半じゃないか。近所迷惑にはならないのか?」
言いながら、辺りに並ぶ住宅を見回す愛理。
すると、雅と愛理と手を繋ぐ、美しい白髪の少女……ラティア・ゴルドウェイブが、胸元に結わえたチェック柄のリボンを揺らしながら口を開く。
「むしろ喜ばれているみたいだよ? 目覚まし代わりになるからって」
「な、成程。もう住民の考え方から違うのだな……」
「聴いた感じ、バラードみたいな落ち着いた曲が多いですね。朝だからそこら辺は気を遣っているみたいです」
時折足を止めて聞き惚れそうになりながらも、雅達は先へと進んでいく。
さて、三人がここにいる理由。それは、先日起きた異変が関係している。
ノースベルグや世界各地で、これまで倒したはずのレイパーが、亡霊となって現れたのだ。
何故こんな異変が起こったのか。その原因が、四か月前にこのエンドピークで起こった空の異変――黒橡色の雲が渦巻き、あっという間に霧散したという現象だ――にあるかもしれないと推測した雅達は、現地を調査することにしたのである。
愛理はオートザギアの学校に留学――魔法を使えるようにするためだ――するために船に乗り、数日だけなら雅の手伝いが出来るとのことで付き合ってもらうことにした。
そういう事情で、雅達はここ、エンドピークの首都の『キャピタリーク』に来たという訳だ。
「よし、束音。これからどうする? バスター署で話を聞くか? それとも図書館辺りで本を探してみるか?」
「いえ、折角ですし、バスター署に挨拶した後、一通り街を歩いてみましょうか。観光です!」
「いや束音……それで良いのか?」
「長旅で疲れた頭で資料や本を読んだって、頭に入りませんよ。ちょっと体も動かしたいですしね! それにこう……船を降りた時から、何だか無性に街を見て回りたくて仕方ないんですよ。不思議です」
雅と愛理がそんな会話をしていると、隣からグーっと低い音が鳴る。
恥ずかしそうに目を明後日の方へ逸らすラティア。彼女のお腹が悲鳴を上げた音だった。
「ふふ、朝ごはんまだですし、何か買ってきますね。丁度屋台もあるし、女の人が店員さんですし」
最後の一言について愛理が何か突っ込むより先に、雅は足早に屋台へと向かう。
そしてお金を払い、串焼きしたバーベキューのような見た目の食べ物を受け取ったのだが――
「あれ? ミヤビお姉ちゃん、屋台の人と話し始めちゃった。どうしたのかな?」
「はっはっは、流石というべきか何と言うか……」
女性店員と楽しそうに会話する雅に、ラティアは頭に『?』を浮かべ、愛理は尊敬と呆れの入り混じった顔になるのだった。
「それにしても、こんな時間から屋台が出ているんだな。……そうか、路上ライブの観客目当てか」
「あ、そっか。手軽に食べられるものがあると、嬉しいもんね。流石アイリお姉ちゃん、頭いい」
「褒めるな褒めるな」
そんな会話をしながら雅を待つ二人。
――しかし十分経っても戻って来ず、流石に長話が過ぎると愛理に叱られ、連れ戻されるのであった。
「全く君って奴は……。で? 何を話していたんだ?」
「例の亡霊レイパーの件と、空の異変の件ですね。何か知っていらっしゃるかなーって。今のところ、こっちでは亡霊レイパーは出ていないっぽいですよ?」
「何? 妙だな……世界各国で起きている異変だろう? まぁ、まだ一週間しか経っていないと言えばそれまでだが……」
「逆に何かありそうですよね。――まぁこんな感じで、取り敢えず観光しながら、街の人々に話を聞いてみましょう。ほら、本や資料を読み漁るよりも、まずは現場を知らないとですし」
「へぇ、だからずっとお話していたんだね! ミヤビお姉ちゃん凄ーい!」
「ラティア、騙されるなよ? どうせただ女の人とお喋りしたいだけなんだからな」
「エー? ソンナコトナイデスヨー?」
「なら目を合わせんか、目を。……まぁ、しかし効果的ではあるか。よし、じゃあ観光しよう。実は私も、この街は少し見て回りたいと思っていたし」
少し声が高揚した愛理に、雅とラティアはクスリと笑みを浮かべる。
シェスタリアに行った時もウラに行った時も、落ち着いて観光する暇なんて無かった愛理。正直なところ、こういう機会をずっと待ち望んでいた。
そして雅達は泊まる予定の宿に荷物を置き、バスター署に顔を出してから観光ついでの調査を始めるのだった。
***
そして、二時間後。
あちこち色んな名所
「ふんふんふふふふーん」
「ミヤビお姉ちゃん、なんか楽しそうだね」
「楽しそうというか、上機嫌だな。ちょっと浮足立っていて、危なっかしい気もするが……」
「だって実際、楽しいじゃないですかー! 全体的にポップというか、気分が明るくなるというか、こう……なんて言うんでしょうかね?」
自分の素直な気持ちを言葉に出来ない雅に、愛理もラティアも笑みを零す。雅の言いたいことは、何となく分かる気がした。
あちこちから聞こえてくる演奏や歌。それらが概ね、明るいものなのだ。それでいて、色々なところから聞こえてくるのに不思議とゴチャついておらず、耳当りが良いのである。何となくスキップしたくなる、そんな感じだ。
雅ほどでは無いが、愛理もラティアも気持ちが昂っていた。
しかしここで、雅は「そう言えば」と言って不思議そうな顔になる。
「偶に街の人から声を掛けられるんですよね。返事をすると、『人違いだった』って言われるんですけど」
「…………ふーん?」
「変な話だな。まぁ気にするな。――しかしこの街を見ていると、ここに亡霊のレイパーが現れないというのは何となく分かるな。全体的に明るい街だから、奴らには却って居心地が悪いに違いない」
「それだけに、この前起きた空の異変はちょっと気になりますけどね。色々尋ねて回ってますけど、もう誰も気にしていない程度の異変みたい。……さて、次はどこに行きましょうか?」
「街の中央には大きなコンサート会場があるみたいだよ。有名な観光名所にもなっているそうだから、ちょっと見てみたい」
「なら、そこの通りを左に曲がろう。そうすれば後は一直線――む?」
道案内をする愛理の言葉が途切れる。
遠くには大きなドーム状の建物があり、それがコンサート会場なのだが……愛理がこんな反応になったのは、別のところに理由があった。
会場の手前には、銅像が建っている。それが不思議と、目に留まったのだ。
ここには初めて来たはずなのに、あの銅像は見覚えがあるような、そんな既視感を覚えた。
「……ん?」
雅も同じ銅像を見て、目をパチクリとさせる。
「あれ? 二人とも、どうしたの?」
「え? いや、えっと……うん、行ってみましょうか!」
「……?」
何故か無性に、あの銅像が気になった雅。
心臓が、ちょっと怖いくらいに跳ね上がっている。
込み上げるこの感情に、一体どんな名前を付ければ良いのか、雅は分からなかった。
雅がどうしてこんな気持ちになるのか、愛理が既視感を覚えた理由は何故か。
その答えは――銅像の近くに来て、すぐに分かった。
「…………え?」
「うわー! 凄いねー!」
「いや、しかしこれは……」
絶句する雅に、感嘆の声を上げてはしゃぐラティア。そして像と雅を交互に見ながら、二の句が告げなくなる愛理。
何故なら――
その像は、あまりにも束音雅によく似ていたのだから。
ブロンズだから髪色は不明だが、それでもフォルムは雅っぽさがよく表れていた。ボブカットで、頭のてっぺんからはアホ毛が生えている。
勿論、細部は雅と違うところはある。まんま本人という訳では無い。特にアホ毛は癖があり過ぎて、変な感じに曲がっていた。
それでも、目元等は瓜二つだ。雅がその気になってコスプレすれば、この像の人物そのものに成りきれるのではとさえ思ってしまう。
当の雅本人も、目を丸くし、言葉の出し方を忘れてしまったかのようにポカンと口を開けていた。
街の人が声を掛けておきながら「人違いだった」と言ったのは何故か。その理由も、これを見ればよく分かる。間違えるのも、無理は無い。
「『カレン・メリアリカ』……有名なヴァイオリニストの銅像だって! 建てられたのは、十年くらい前みたいだよ?」
「ヴァイオリンか……」
ラティアの言葉を聞き、ますます驚いたような声を漏らした愛理は、ちらりと雅を見る。
何を隠そう、雅もヴァイオリンは弾ける。それも、割と上手い。
(……そう言えば束音のヴァイオリン技術は、彼女にしては珍しく天性のものだったな。……偶然か? いや、それにしては……)
「……と、取り敢えず、ちょっと建物の周りをぐるっと回りましょう。なんだろう、ちょっと恥ずかしいですねぇ……あははは」
「いや、君によく似ているが、本人という訳じゃないんだ。気にすることはないだろうに。……いや、そう思えれば苦労はないな、うん」
顔を赤らめてモゾモゾする雅に、愛理は苦笑いを浮かべる。
こうも自分そっくりな銅像が建っていては、雅の反応も仕方が無い気がしてきた。
雅の羞恥心が限界を迎える前に、そさくさとその場を離れる三人。
そして、適当に歩いていたら、あまり人気のないところにやって来た。
その時だ。
「……じゃない!」
「ん?」
誰かが怒ったような声が聞こえてきて、雅達は目を合わせる。この街には似つかわしくない声色だ。
こっそりと声のする方へと向かうと公園があり、そこにいたのは、ラティアと同じくらいの歳頃の少女達。
一人の少女が、四人の少女達に怒っているような、そんな場面だった。
穏やかではないその様子に、仲裁の必要があるか雅達が悩んでいると――
「ほんとだもん! あれ絶対、幽霊だもん!」
一人の少女が叫んだその言葉に、雅達三人は驚愕するのだった。
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